32
らいらいは、きのこ型の郵便受けに手を突っ込んだ。
すると中から出てきたのは、手紙ではなく、妙にあったかい**白いまんじゅう**だった。
「なんでだよ」
らいらいが思わずつぶやくと、郵便受けがボフッとふくらみ、眠そうな声で言った。
「それは手紙まんじゅうです。読むと食べられ、食べると読めます」
「説明が一周してるよ」
けれど、まんじゅうの表面にはたしかに文字が浮かんでいた。
**『びっくり館の地下に、笑いを忘れた鏡がある。早く来てください。館長代理・半分だけ透明な犬より』**
「館長代理が犬なのも気になるし、半分だけ透明って何」
らいらいが顔を上げると、目の前の道が、さっきまでなかった方向へ**ぬるっと一本だけ増えていた。**
道ばたの草はザワザワ揺れ、
石ころは小声で
「行け」「行け」「たぶん大丈夫」「九割は」
と無責任な応援をしてくる。
らいらいはため息をついた。
「その一割が嫌なんだよなあ」
それでも歩き出すと、空が少しずつ低くなり、雲が建物みたいな形に固まりはじめた。やがて道の先に現れたのは、見上げるほど大きな屋敷――
**びっくり館**だった。
屋根はなぜか何枚も重なっていて、
窓は全部ちがう方向を向き、
玄関のドアには大きくこう書いてある。
**『ようこそ。たぶん入口です』**
「不安しかない」
らいらいがドアノブに触れた瞬間、ドアは自分からパカッと開いた。
中には、赤いじゅうたん。
左右にはずらりと並ぶ肖像画。
そして正面には、ぴしっと蝶ネクタイを締めた**半分だけ透明な犬**が立っていた。
下半身だけが透明だった。
「そこなんだ」
犬はぺこりと頭を下げた。
「お待ちしておりました、らいらい様。私はびっくり館の館長代理、ワンペラと申します」
「ワンペラ」
「はい。由緒ある名前です。祖父はワンダフル、父はワンパク、母はペロリンチョです」
「最後だけ方向性が違うな」
ワンペラは真顔でうなずいた。
「緊急事態なのです」
「笑いを忘れた鏡のこと?」
「そうです。地下の**爆笑の間**に置かれていた“ゲラゲラの鏡”が、三日前から一度も笑っていません」
「鏡が笑う世界なんだ……」
「本来あの鏡は、前に立った人の一番おもしろい可能性を映し出します。変な歩き方、妙な言い間違い、人生で一度もやっていない謎のドヤ顔――そういうものを見せて館全体に活気を与えていたのですが」
「だいぶ迷惑な鏡だな」
「ですが今は、誰が立っても無表情です。それどころか時々、低い声で『……別に』と言います」
「急に反抗期だな」
ワンペラが耳をしょんぼりさせる。
「このままでは館のびっくり力が落ちてしまいます。すでに二階の“くしゃみの廊下”はただの廊下になり、三階の“うっかり転ばない階段”は本当に安全になってしまいました」
「いいことじゃない?」
「びっくり館としては致命的です」
それはまあ、そうかもしれない。
らいらいは少し考えてから言った。
「つまり、その鏡を元に戻せばいいんだな」
「はい。ただし地下へ行くには、館の三つの試練を越えなければなりません」
「やっぱりそうなるか」
ワンペラが前足でパチンと鳴らすと、壁の肖像画たちが一斉に目を開けた。
そのうちの一枚――鼻だけ妙に立派な紳士の絵が、もったいぶった声で告げる。
「第一の試練は、**笑わない執事たちの間**」
次の絵――口だけ大きい貴婦人が続ける。
「第二の試練は、**逆さことばの食堂**」
最後に、なぜか大根の絵が重々しく言った。
「第三の試練は、**ほんのり怒っているピアノの間**」
「最後だけ情報量が多いな」
ワンペラは小さくうなずいた。
「特にピアノは、最近ずっと機嫌が悪いです。理由は“誰も自分の長所をほめてくれないから”とのことです」
「繊細だなあ」
そのとき、館の奥から
ボォン……
と低い音が響いた。
床がわずかに揺れ、
天井のシャンデリアがカタカタ鳴る。
ワンペラの顔色が変わった。
「いけません。鏡の無表情化が進んでいます。地下の気配が、どんどん重く……」
すると、玄関ホールの大鏡が突然黒くにじみ、
その表面に文字が浮かんだ。
**『おもしろいって、なんだっけ』**
館の空気がしんと冷える。
さっきまでひそひそ喋っていた肖像画たちも黙り込み、
遠くで誰かが小さくしゃっくりした。
らいらいはその文字を見つめた。
ふざけた館なのに、
その言葉だけは、妙にさびしそうだった。
「……そうか」
らいらいは一歩前に出る。
「ただ笑わせればいいって話じゃないのかもしれないな」
ワンペラが目を丸くする。
「らいらい様……?」
「その鏡、たぶん疲れてるんだよ。ずっと誰かを笑わせる役ばっかりで、自分が何で楽しかったのか、わからなくなったんじゃないか」
しばらく沈黙が落ちたあと、
大根の絵がぼそっと言った。
「深いな」
「大根が深いこと言うな」
すると館のどこかで、かすかに
**くすっ**
と笑うような音がした。
ワンペラが顔を上げる。
「今の音……!」
らいらいはにやっとした。
「よし。行こう。まずは第一の試練だ」
ワンペラが前足を高く上げる。
「はい! 笑わない執事たちの間へ!」
赤いじゅうたんの先、
重たい扉がひとりでにギギギと開く。
その向こうには、
ずらりと並んだ黒服の執事たち。
全員、背筋を伸ばし、無表情。
そして中央の執事が静かに告げた。
「ようこそ。ここを通りたければ――**私たちの誰か一人でも笑わせてください**」
らいらいは執事たちを見回した。
すると一番左の執事だけ、
鼻の下に**うっすらクリーム**がついていた。
しかも本人は、まったく気づいていない。
らいらいは思った。
(……勝てるかもしれない)
**選択肢**
**1.** クリームのことを真正面から指摘する
**2.** あえて何も言わず、もっと変な空気を作る




