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らいらいは、金色のくしゃみ神が残していった「はなのカギ」を両手で持ち、しばらく黙っていた。
カギは小さいのに、やたらと存在感があった。
鼻の形をしている。
しかも、よく見ると左右で微妙に表情が違う。
右のふくらみはキリッとしていて、左のふくらみはなぜかちょっと眠そうだった。
「絶対まともなカギじゃないだろ……」
らいらいがそう言った瞬間、カギがぷるっと震えた。
「失礼な」
と、カギがしゃべった。
らいらいは三歩下がった。
「しゃべった!?」
「私ははなのカギ。正式名称は“超高性能・全自動・時々センチメンタル鼻孔開閉式カギ”です」
「名前が長い!」
「略してハナギ」
「雑!」
すると足元の草むらがガサガサと揺れた。
そこから現れたのは、昨日も会った変な鳥――くちばしに小さなメガネをかけた、やけに知的なハトだった。
「来たか、らいらい」
ハトは低い声で言った。
「わたしは再び現れた」
「またお前か」
「またお前とは何だ。私はハト界の賢者、ハトムネ十三世である」
「前回と言ってること違わない?」
「賢者には設定変更がつきものだ」
ハトムネ十三世は、ふっと遠くを見る目をした。
でも次の瞬間、地面に落ちていた豆を見つけて普通についばんだ。
全然賢者っぽくなかった。
「いいか、らいらい。選ばれし者だけが、そのハナギで“びっくり館の奥の扉”を開けられる」
「びっくり館?」
「この先にある。入った者の九割が、“あっ”とか“えっ”とか“うそっ”とか言いながら出てくる館だ」
「感想が全部浅いな」
「だが残る一割は――」
ハトムネ十三世は声をひそめた。
「笑いすぎて立てなくなる」
らいらいの目が少しだけ光った。
「それはちょっと気になるな」
そのとき、ハナギがまた震えた。
「注意してください、らいらい様。この先のびっくり館には、“鼻の間”を抜けた者しか入れない特別区域があります」
「鼻の間ってまだあったのかよ」
「あります。世界は思ったより鼻でできています」
「そんな世界いやだな」
風が吹いた。
森の木々がざわめき、そのざわめきの中に、たしかに館らしき影が見えた。
白い壁。
赤い屋根。
窓の形が全部ちがう。
そして入口の上には、金色の文字でこう書かれていた。
**びっくり館
本日のびっくり残量:87%**
「びっくり残量って何」
「昨日は92%でした」
とハナギが言う。
「誰かが五%ぶん消費したようです」
「びっくりって消耗品なの!?」
館の扉の前に立つと、左右に奇妙な石像があった。
片方は真顔のネコ。
もう片方は、ものすごく笑いをこらえているタヌキ。
そして中央には、鍵穴――いや、鼻の穴が二つついていた。
「絶対ふざけてるだろ、この館」
らいらいが言うと、館の中から重々しい声が響いた。
「ふざけているのではない……本気なのだ……」
扉がひとりでにギギギと開き、冷たい空気が流れ出る。
中は薄暗く、廊下の奥に青い光が見えた。
らいらいが一歩踏み出した、その瞬間。
天井から何かが落ちてきた。
ぺちょ。
らいらいの頭の上に、やわらかいものが乗った。
「……なんだこれ」
手で触る。
ぷにっ。
白い。
丸い。
しかもほんのり甘い匂いがする。
ハトムネ十三世が厳かに告げた。
「ようこそ。びっくり館へ。最初の試練は“頭上のもち”だ」
「試練がしょうもなすぎる!」
すると館の奥から、ぱちぱちと拍手が聞こえた。
青い光の中から現れたのは、長いマントを羽織った妙に気品のある男だった。
だが問題がひとつある。
顔の真ん中に、立派すぎる鼻があった。
ただ大きいだけじゃない。
堂々としていた。
もはや鼻が主役で、顔がその付属品みたいになっていた。
男は静かに礼をした。
「お待ちしておりました、らいらい殿。私はこのびっくり館の主――ノーズベルク伯爵」
「名前がもう鼻寄りなんだよ」
「あなたには二番目の扉へ進む資格がある」
「え、いきなり?」
「ですが、その前に確かめねばなりません」
伯爵はらいらいをじっと見た。
「あなたが本当に、“笑いに耐えられる者”かどうかを」
すると床がごごごと揺れ、廊下の左右の壁が開いた。
中からぞろぞろと現れたのは――
全部、らいらいそっくりの顔をした執事たちだった。
しかも全員、微妙に違う。
ひとりはヒゲがある。
ひとりはやたらキラキラしている。
ひとりは妙に眠そう。
ひとりは小声でずっと「わたしが本物です」と言っている。
「何なんだこれ!?」
ノーズベルク伯爵は言った。
「彼らは“らいらい候補者たち”です」
「候補者って何!?」
「この中に一人だけ、“いちばん今のあなたっぽいらいらい”がいます。それを当てられれば、二番目の扉は開く」
「むずかしすぎるだろ!」
すると執事たちが一斉に礼をした。
「おかえりなさいませ、らいらい様」
「いや私がらいらいです」
「本日のらいらい指数は良好です」
「お茶をいれました」
「私は昨日のらいらい寄りです」
「将来のらいらいです」
「らいらいという概念です」
「最後のやつ怖いな!?」
らいらいは頭の上のもちを取り、深呼吸した。
びっくり館。
ノーズベルク伯爵。
らいらい候補者たち。
意味はわからない。
でも、こういう時ほど大事なのはひとつだった。
勢いだ。
らいらいは一歩前に出て、執事たちを見渡した。
その時、一番すみっこにいた小さならいらい執事が、こっそりポケットから焼き芋を出して食べているのが見えた。
らいらいは目を細めた。
「あいつだ」
ノーズベルク伯爵の鼻がぴくりと動いた。
「ほう……なぜそう思うのです?」
らいらいはニヤッと笑った。
「なんとなくだ。でも、そういう“なんとなく”が、一番当たる時がある」
館の空気が変わった。
執事たちが一斉に顔を上げる。
青い光が強くなる。
そして、焼き芋を食べていた小さならいらい執事が、もぐもぐしながら言った。
「……ばれたか」
次の瞬間、その執事の体がぱあっと光り、二番目の扉がゆっくり開きはじめた。
扉の向こうから聞こえてきたのは、波の音。
それから、誰かの笑い声。
そして、どこか懐かしい、跳ねるようなリズムだった。
ノーズベルク伯爵は静かに言った。
「その先にあるのは、“笑いの海”です。落ちれば最後、しばらく真面目な顔ができなくなるでしょう」
らいらいは、にやりとした。
「いいじゃん。行こうぜ」
すると、焼き芋執事がぽんっと本来の姿に戻った。
それは執事ではなく、小さな光る案内人だった。
丸くて、ふわふわしていて、目だけやたら真剣な生き物。
「ぼくはモチモチ案内妖精の、いもすけです」
「情報量が多いな」
「二番目の扉の先では、“笑いを忘れた王冠”が待っています。気をつけてください」
「笑いを忘れた王冠?」
「はい。昔はよく笑っていたんですが、ある日“ちゃんとしなきゃ病”にかかってしまって」
「嫌すぎる病名だな……」
らいらいは扉の前に立った。
波の音が強くなる。
向こうには、新しいへんてこが待っている。
そして、らいらいは振り向かずに言った。
「次は、王冠を笑わせる番だな」
二番目の扉は、ゆっくりと全開になった。
その先には、月明かりに照らされた巨大な青い海と、海のど真ん中にぽつんと浮かぶ、逆さまの城があった。
1 笑いの海へ飛び込み、逆さまの城に向かう
2 いもすけに、笑いを忘れた王冠の過去を聞く
3 ノーズベルク伯爵に、まだ隠していることを吐かせる




