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らいらいは、くしゃみ神から受け取った金色のハンカチを、そっと胸ポケットにしまった。
すると――
ぽよん。
胸ポケットのあたりが、なぜか一回だけ跳ねた。
「今、跳ねたよね?」
らいらいが服を見下ろすと、ポケットの中から小さな声がした。
「跳ねました。正式には“希望の予備動作”です」
「しゃべった!?」
らいらいがあわててハンカチを取り出すと、その布の中央に、まるで寝起きの目のような丸い模様がふたつ開いていた。しかも妙に眠そうだ。
「おはようございます。私はハンカチです」
「見れば分かる」
「失礼しました。私はただのハンカチではありません。“はなみず外交官”です」
「肩書きがいやすぎる」
その瞬間、くしゃみ神殿の奥から、どごごごご……という重たい音が響いた。
白い大扉が、ゆっくりと開いていく。
中から現れたのは、鼻の穴の形をした巨大な石門。そして門の上には、きらきらした文字でこう書かれていた。
**「すすり泣きの回廊」**
「名前がちょっと嫌だな……」
「安心してください」とハンカチ外交官が言った。
「全然安心できる感じしないけど」
「大丈夫です。この先にいるのは、泣いている者たちではありません。すすっている者たちです」
「違いが細かい!」
だが、選択肢1を選んだらいらいに、もう引き返すという概念は薄かった。もともとそんなに濃くもなかった。
らいらいが回廊へ足を踏み入れると、空気が少し冷たくなる。壁一面には、昔この神殿を訪れた者たちの“くしゃみの記録”が彫られていた。
「ハックション」
「ぶえっくし」
「へぷち」
「くちゅん」
「最後のだけ、ちょっとかわいこぶってない?」
「時代です」と外交官。
「くしゃみに時代あるの?」
さらに奥へ進むと、長い回廊の真ん中に、ぽつんと一台の机が置かれていた。
その机の向こうに座っていたのは、真っ白なスーツを着た細身の男だった。髪は後ろになでつけられ、鼻だけがやたらと立派だった。異様に立派だった。顔全体の主張を八割くらい鼻が担当していた。
男は静かに立ち上がり、一礼した。
「お待ちしておりました。私は“鼻先案内人”」
「うわ、出た。なんか嫌な予感しかしない肩書き」
「あなたは試されます」
「やっぱり!」
「この回廊で」
「うん」
「もっとも尊いものを」
「うん」
「差し出せるかどうかを」
「うん……え?」
「鼻に」
「鼻に!?」
鼻先案内人は、机の上に三つの箱を並べた。
ひとつめは、虹色に光る小箱。
ふたつめは、やけに高そうな黒い箱。
みっつめは、なぜかスーパーの総菜コーナーの匂いがする半透明の箱。
「この中からひとつ選び、鼻の門に捧げなさい」
「その説明だけで、どれも選びたくないんだけど」
「選ばねば、門は開かぬ」
「ちなみに中身は?」
「言えません」
「最悪」
「ただし、ひとつだけヒントを差し上げましょう」
「おっ」
「正解は、だいたい変です」
「ヒントになってない!」
するとハンカチ外交官が、らいらいの耳元でささやいた。
「お気をつけください。この神殿では、立派そうなものほど外れで、どうでもよさそうなものほど核心だったりします」
「人生みたいなこと言うなあ」
らいらいは三つの箱をじっと見つめた。
虹色の箱は、いかにも奇跡が入っていそうだ。
黒い箱は、秘密とか運命とか、そういう重たい言葉が好きそうだ。
半透明の箱は、なんかもう、煮物が入っていても驚かない。
その時。
鼻の穴の形をした石門の奥から、かすかに声がした。
「たすけて……」
「え?」
らいらいが顔を上げる。
また声がした。今度はもう少しはっきりと。
「だれか……この中で……鼻声になってる……」
鼻先案内人の表情がぴくりと動いた。
「聞こえてはいけない声です」
「いや、完全に聞こえたけど!?」
「気のせいです」
「気のせいにしては鼻づまり感が強い!」
石門が、わずかに震えた。
その隙間から、白いもやが、ふしゅう……と漏れ出してくる。
ハンカチ外交官が小さく震える。
「まずいです。門の向こうに封じられているのは……」
「何?」
「“元・くしゃみ神候補”かもしれません」
「候補って何!? オーディションでもあったの!?」
「昔、くしゃみ神の座を争った者たちです。敗れた者は、だいたい鼻声になります」
「敗北の副作用が独特すぎる!」
どごん、と石門が大きく揺れた。
隙間が少し開き、そこから青白い指先のようなものがにゅっと伸びてきた。
「ティッシュを……だれかティッシュを……」
らいらいは思わず一歩下がる。
だがその時、胸ポケットの内側から、金色のハンカチが熱を帯びた。
まるで「ここだ」と訴えるように。
鼻先案内人が鋭い声を上げる。
「急いで選びなさい! 箱か! 門か!」
「急に二択増やすな!」
らいらいの前には三つの箱。
その先には、助けを求める鼻声の存在。
そして胸元には、熱を持ち始めた金色のハンカチ。
回廊の空気がぴんと張りつめる。
らいらいは、息を吸い込んだ。
さて、どうする?
1.三つ目の半透明の箱を開ける
2.金色のハンカチを石門にかざす
3.「まずティッシュ!」と叫んで周囲を探す




