25
門の前に浮かんだ金色の細道は、近くで見ると道というより「誰かがうっかり落としていった夕焼け」みたいだった。
らいらいが一歩踏み出すたび、足元で小さく音が鳴る。
ぽん。
ぴこん。
ぱちり。
まるで道そのものが、歩かれるのを待っていたみたいに喜んでいた。
白髪の少女は門の前から動かず、少しだけ目を細めた。
「そっちを選ぶんだね。未読の街じゃなくて、名もなき森を」
らいらいは振り返らずに言った。
「名前がないなら、まだ何にでもなれるってことだろ」
少女は少し驚いたように、でも嬉しそうに笑った。
「……そう言った人は、君で七人目」
「多いのか少ないのか分かりにくい数字だな」
「この森では、分かりにくいことの方が本物なんだよ」
その言葉を背に、らいらいは金色の細道を進んだ。
やがて門の光は遠ざかり、代わりに奇妙な森が現れる。
木々には葉の代わりに、言いかけてやめた言葉が実っていた。
「また今度」
「別にいいけど」
「いや、なんでもない」
「ちょっと違う」
「本当はさ」
枝が揺れるたび、それらがささやく。
風景としてはかなり綺麗なのに、会話の後味だけが妙にリアルで、らいらいは思わず眉をひそめた。
「嫌な森だな。気まずいLINEの履歴だけで出来てるみたいだ」
すると、すぐ横の茂みがガサッと揺れた。
飛び出してきたのは、鹿でも狼でもなく――
小さな丸い生き物だった。
白くてふわふわで、目だけがやたら真剣。
しかも頭の上に木の葉を三枚のせている。
「止まれ!」
体は小さいのに、声だけ無駄に威厳があった。
「ここは名もなき森の入口! 旅人は名を名乗れ!」
らいらいは少し黙ってから答えた。
「それを聞くなら、まずそっちが名乗れよ」
ふわふわの生き物は固まった。
「…………」
「…………」
「実は、ない!」
「ないのかよ!」
「ここ、名もなき森だから!」
たしかに筋は通っていた。悔しいが。
その生き物は胸を張った。胸らしい胸はなかったが、雰囲気で張っていた。
「私はこの森の案内係! 仮に“モフ仮面三号”と呼ばれている!」
「仮すぎるだろ」
「一号と二号は昨日、自分探しの旅に出た!」
「お前ら全員ふわっと生きてるな」
モフ仮面三号は、らいらいの足元をぐるぐる回ると、急に真顔になった。
「君、この森に入ったってことは、“まだ名前のついていない気持ち”を探しに来たんでしょ」
その言葉で、森の空気が変わった。
さっきまでただ奇妙だった木々のざわめきが、急に意味を帯びる。
「まだ怒りじゃない」
「まだ恋じゃない」
「まだ希望とも言い切れない」
「でも、たしかにある」
見えない感情たちが、森の奥で呼吸しているようだった。
らいらいはゆっくり答える。
「探しに来た、のかもしれない。あるいは――置いてきたものを、見つけに来たのかもな」
モフ仮面三号はこくりと頷いた。
「なら急いだ方がいい。この森では、気持ちは放っておくと勝手に別の名前になっちゃうから」
「厄介すぎるだろ」
「昨日も“ちょっと寂しい”が“世界の終わり”になってた」
「規模がでかすぎる」
「その前は“なんかムカつく”が“千年呪詛”になってた」
「森の管理が雑なんだよ!」
思わずツッコんだ瞬間、森の奥で鈴の音が鳴った。
ちりん。
ちりん。
その音に、木々の囁きが一斉に止まる。
モフ仮面三号の葉っぱが、ぴんと立った。
「まずい。『名付けの魔女』が起きた」
「いや急に強そうなの出てきたな」
「強いよ。めちゃくちゃ強い。見つけた感情になんでも名前をつけちゃうんだ」
「それの何がまずい?」
モフ仮面三号は、震える声で言った。
「本当は“伝えたいことが伝えきれないほどある”だけの気持ちに、『永遠に届かない呪い』とか重すぎる名前をつけたりする」
らいらいの足が止まる。
森の奥、金色の霧の向こうに、古い塔のような影が見えた。
その頂上で、誰かがこちらを見ている。
長い髪。
細い影。
手には、巨大な羽ペン。
「……つまりあいつに先に名前をつけられる前に、俺が見つけなきゃいけないんだな」
モフ仮面三号は大きく頷いた。
「そう。そして君が探してるものは、たぶんもう森のどこかで逃げ回ってる」
「感情が逃げ回るなよ」
「この森では走るよ。ときどき木にも登る」
「面倒な世界観してるな……!」
するとその時、らいらいの胸元がかすかに光った。
いつの間にか、門の向こうで少女が見せた「まだ開いていない日記」が、手の中に現れていた。
表紙にはまだ何も書かれていない。
だが、最初のページだけが勝手に開く。
そこに浮かんだ文字は、たった一行。
**『名前を与える前に、耳を澄ませ』**
次の瞬間。
森の奥から、誰かの声がした。
「――たすけて」
それは人の声にも聞こえたし、
言葉になりそこねた感情そのものの声にも聞こえた。
モフ仮面三号が叫ぶ。
「選んで! もう時間がない!」
**選択肢**
1. 声のした方へ走り、助けを求める存在を追う
2. 日記を開いたまま、その場で森の声に耳を澄ませる
3. 名付けの魔女がいる塔へ向かい、先に正体を確かめる




