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扉をくぐった瞬間、らいらいは思った。
やばい。
これはたぶん、**「入ってはいけない感じの部屋」**だ。
空気が違う。
冷たいとか熱いとかではない。
もっとこう、**学校の倉庫にこっそり入った時の“先生に見つかったら終わる感”**に近い。
目の前には、やたら長い回廊が続いていた。
床は黒いガラスみたいに光り、天井には星みたいな文字が浮かんでいる。
しかも、その文字はただ光っているだけじゃない。
**笑っていた。**
「文字が笑うなよ……」
らいらいが小声でつぶやくと、右上のあたりに浮かんでいた「ラ」という文字が、ぴくっと震えた。
『聞こえてるぞ』
「うわっ、しゃべった!」
『聞こえてるぞ、を二回言わせるな。地味に傷つく』
「文字にもプライドあるんだ……」
回廊の先から、コツ、コツ、と足音がした。
現れたのは、白い仮面をつけた小柄な番人だった。
マントはやけに立派なのに、身長は妙にちいさい。
威厳を出そうとしているのに、ちょっとだけ裾を踏んでいる。
「来たな、旅人らいらい」
番人は低い声を作って言った。
でも途中で少し裏返った。
「来たけど……大丈夫?」
「大丈夫とは何だ」
「いや、なんか今、“来たな”の“な”がかすれてたから」
「気のせいだ」
「裾も踏んでるよ」
番人は一瞬だけ固まった。
それから無言で裾をなおした。
「……見なかったことにしろ」
「了解」
「では改めて言おう。ここは**言霊封庫・第一層**。選ばれた言葉だけが眠る場所。そして、お前が選んだ道――“進む”という選択の先だ」
らいらいは静かに息をのんだ。
回廊の奥には、巨大な扉があった。
表面にはびっしりと言葉が刻まれている。
愛。
笑い。
怒り。
跳ねる。
ロック。
夢。
虚無。
チョコレート。
なぜか**焼きそば**。
「焼きそば混ざってるの何?」
「重要語だ」
「ほんとに?」
「少なくとも昨日までは重要だった」
「昨日だけの重要語じゃないか」
番人は咳払いをした。
「この先に進むには、三つの封印を解かなければならない」
「おお、急に王道っぽくなった」
「第一の封印は“本音”。第二の封印は“笑い”。第三の封印は――」
そこまで言いかけた時だった。
回廊の床がぶるっと揺れた。
「え?」
「まさか……!」
扉の文字たちが、ざわざわと動き始める。
愛が赤く燃え、夢が青白く揺れ、焼きそばが無駄に湯気を出した。
そして扉の中央から、ぬるっと何かが這い出してきた。
それは巨大な顔だった。
文字でできた顔。
目の部分には「無」、口の部分には「理」、額にはでかでかと「急」。
つまり全体として、**“無理急顔”**みたいな、とんでもなく嫌な見た目をしている。
「なんだこいつ!」
番人が叫ぶ。
「封印の守護者――**急に難しくしてくるやつ**だ!」
「名前がそのまんま!」
守護者は重々しい声で言った。
『汝、先へ進みたくば答えよ。宇宙の真理とは何か』
らいらいは眉をひそめた。
「うわ、出た。急にでかい問い」
『答えられねば、永遠にここで哲学をさせる』
「地味に一番きつい罰!」
番人が小声で言う。
「気をつけろ。こいつは、人に“深そうなこと”を言わせて満足するタイプだ」
「厄介すぎるだろ」
守護者の目が光った。
『さあ答えよ。宇宙の真理とは何か』
回廊が静まり返る。
文字たちも固唾をのんで見守っている。
焼きそばだけちょっといい匂いを出している。
らいらいは少しだけ考えて、それから口を開いた。
「宇宙の真理は――」
守護者が身を乗り出す。
「**たぶん、難しいことを言いすぎるとだいたい失敗する**、だ」
一瞬、沈黙。
番人が「えっ」という顔をした。
文字たちがざわついた。
焼きそばがちょっと揺れた。
守護者は低くうなった。
『……ふざけているのか』
「わりと本気だよ。だって、難しい顔して偉そうにしてるやつほど、案外ころびやすいし。逆に笑えるやつの方が強かったりするだろ」
『…………』
「それに、愛とか夢とか虚無とか、そういうの全部大事かもしれないけどさ。結局、最後に前へ進ませるのって、“ちょっと笑える気持ち”だったりするじゃん」
番人が目を見開いた。
回廊の文字たちが、ふっと光を強める。
守護者の額の「急」が、ぴしっとひび割れた。
『ば、ばかな……“それっぽい難解ワード”ではなく、“本当に前へ進むための言葉”だと……!?』
「いや知らないけど、たぶんそう」
『そんな、シンプルな答えに……この私が……!』
守護者はぐらぐら揺れた。
そして最後に叫んだ。
『たしかに私は、急に難しくしてくるだけで、話を前に進めたことがなかったァァァ!!』
大爆発した。
ただし火薬ではなく、**大量のメモ帳**になって。
ばさばさばさっ、と無数の紙が降ってくる。
その一枚をらいらいが拾うと、そこにはこう書かれていた。
**「第三の封印は、お前自身の“ほんとうに欲しいもの”だ」**
番人が息をのむ。
「守護者が……ヒントを残した……」
「爆発の仕方が親切すぎるな」
その時、巨大な扉が、ぎぎぎ……と少しだけ開いた。
中から、金でも銀でもない、不思議な音があふれてくる。
それは音楽のようで、
笑い声のようで、
遠い記憶のようでもあった。
そして扉の隙間から、ひとつの影が現れた。
長い髪。
夜空みたいな衣。
瞳の中で、いくつもの文字が生まれては消えていく。
その少女は、らいらいを見て、静かに微笑んだ。
「やっと来たね」
らいらいは思わず立ち尽くす。
「君は……誰だ?」
少女は一歩だけ前に出る。
すると回廊の文字たちが、一斉にひざまずくみたいに低く沈んだ。
「私は、この封庫の奥でずっと待っていた言葉」
「あなたが忘れたくなくて、それでも何度もこぼしてしまったもの」
彼女は胸に手を当て、はっきりと言った。
「私の名前は――**未完**」
その瞬間、扉が大きく開き、
まばゆい光の中から、無数の声がらいらいを呼んだ。
次に進む道は、もう見えている。
けれどその先で待つのは、救いか、混沌か、それとも爆笑か。
らいらいは、未完の少女に向かって、一歩踏み出した。




