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未回収の記憶販売所は、思っていたよりもずっと胡散臭かった。
天井には「**本日のおすすめ記憶:切なさ増量キャンペーン中**」という札がぶら下がり、カウンターの奥では、なぜか丸メガネをかけた白い鳥がレジを打っていた。
しかもレジ音がいちいち高らかだった。
**ピッ。ピピッ。ポーン。人生。**
「最後のやつ、レジの音としてどうなんだよ……」
らいらいがつぶやくと、鳥は片翼を上げて言った。
「当店は感情対応型ですので」
「レジに感情を積むな」
店内には、透明な棚がどこまでも並んでいた。
その中に、無数のカプセルが浮いている。
笑い損ねた午後。
言えなかった一言。
別に言わなくてよかった余計な一言。
あとで思い出して布団の中で暴れる系の一言。
どれもこれも、やけに生々しい。
らいらいは、棚の一番奥に置かれたカプセルを見つけた。
**「伝えたいことが伝えきれないほどあるんだって伝えたかった夜」**
長い。
商品名として長い。
カップ焼きそばでも、もう少し短い。
「これを開けばいいんだな」
「返品交換はできません」と鳥。
「まだ買ってねえよ」
「もう選んだ時点で、少し買っています」
「記憶の店、商売がえげつないな……」
らいらいがカプセルに触れた瞬間、世界がふっと傾いた。
---
次の瞬間、彼は夜の教室に立っていた。
窓の外には、濃い青の空。
机の上には、書きかけのノート。
蛍光灯はついているのに、どこか部屋全体が夢の中みたいにぼやけている。
そして、教室の中央に、もう一人のらいらいがいた。
今より少し幼くて、今より少し真っ直ぐで、今より少しだけ無防備な顔をしている。
机に突っ伏しながら、ペンを握っていた。
ノートには、何度も同じ書き出しが書かれていた。
**「ほんとは」**
**「いやちがう」**
**「こういうことじゃなくて」**
**「伝えたいのは」**
**「もっとある」**
**「いや、ありすぎる」**
ぐちゃぐちゃだった。
でも、そのぐちゃぐちゃさが、妙にきれいだった。
若いらいらいは、ノートに向かってうめいていた。
「なんで一個の口しかないんだよ……。三十個くらい欲しい……。いや口が増えても多分だめだな……」
らいらいは思わず笑った。
「発想が雑すぎるだろ」
若いらいらいが、はっと顔を上げる。
「……誰?」
「未来から来た、お前の成れの果てみたいなもんだ」
「言い方が終わってる」
「安心しろ。まだ終わってない」
「それ慰めになってる?」
若いらいらいは怪しむように目を細めたが、不思議と逃げなかった。
この場所では、多分、驚くより先に“そういうものか”が来るのだ。
「じゃあ未来の俺。教えてくれよ。どうやったら、伝えたいことをちゃんと伝えられる?」
教室の空気が少しだけ張る。
その問いは、昔のものなのに、まだ今のものでもあった。
らいらいは少し考えた。
かっこいい答えを言えたらよかった。
世界を切り裂くような名言でも。
宇宙の底まで届く詩でも。
でも、口から出たのは、ひどく普通の言葉だった。
「ちゃんと全部は、無理だ」
若いらいらいの肩が、わずかに落ちる。
「……やっぱり?」
「うん。やっぱり」
「ひどいな未来の俺」
「でもな」
らいらいは教室の窓の外を見た。
夜の色は深いのに、どこか笑っているみたいだった。
「全部言えないから、言えたやつが残るんだよ」
若いらいらいは黙って聞いていた。
「伝えきれなかったものは、失敗じゃない。次の言葉の燃料だ。次の詩の、次の笑いの、次の変な叫び声の材料になる」
「変な叫び声も入るのかよ」
「むしろ主成分だろ」
「それはちょっと分かる……」
若いらいらいは、くしゃっと笑った。
その笑い方を見た瞬間、らいらいの胸の奥で何かがほどけた。
ああ、そうだった。
あの夜、自分は“うまく言えなかった”んじゃない。
“言えないほど、ありすぎた”のだ。
それは欠落じゃない。
むしろ、あふれていた証拠だった。
すると、教室の後ろの扉がガラッと開いた。
白い鳥が台車を押して入ってきた。
なぜか販売所の店員のまま。
台車には、意味深な湯気の立つ紙コップが二つ乗っている。
「記憶閲覧中のお客様に、サービスのあったかい何かです」
「何かってなんだよ」
「名づける前の飲み物です」
「怖えよ」
若いらいらいが紙コップをのぞき込む。
「……これ、味は?」
「飲む人の未整理感情によります」
「もうちょっと食品衛生を整理しろ」
けれど、二人はなぜかそれを飲んだ。
味は、少ししょっぱくて、少し甘くて、あとちょっとだけ「うわ昔の自分だ」となる味だった。
「最悪の味だな」
「でも嫌いじゃないだろう」と白い鳥。
「くそ、否定できない」
若いらいらいはノートを閉じた。
「未来の俺」
「ん?」
「伝えきれなくても、書いていいのか」
らいらいは笑った。
「むしろ、伝えきれないやつほど書け」
「じゃあ、変でも?」
「変なほうが残る」
「ダサくても?」
「少しダサいほうが人間っぽい」
「途中で笑っちゃっても?」
「それが一番いい」
その瞬間、教室の輪郭がきらきらと崩れ始めた。
机も、窓も、夜も、ノートの罫線も、光の粒になってほどけていく。
若いらいらいは最後に、少し照れくさそうに言った。
「じゃあ頼むよ、未来の俺。続きを書けよ」
らいらいは、軽く手を上げた。
「おう。任せとけ」
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気がつくと、未回収の記憶販売所に戻っていた。
カプセルはもう空になっていて、透明な殻だけが静かに割れていた。
胸の奥には、はっきりした答えというより、あたたかい騒がしさが残っている。
白い鳥がレジを閉めながら言った。
「お客様の記憶、正常に再接続されました」
「正常っていうか、だいぶ騒がしくなったんだけど」
「仕様です」
「便利な言葉だな、仕様」
そのとき、店の奥――
これまで見えていなかった壁に、もう一つの扉が浮かび上がった。
黒でも白でもない、**“まだ名前のついていない色”**の扉。
表札には、手書きでこうあった。
**『伝えきれなかった言葉たちの保管庫』**
そしてその下に、小さく注意書き。
**※開封すると、たまに勝手に喋ります。**
らいらいは額を押さえた。
「絶対めんどくさいやつだろ、これ……」
けれど、口元は少し笑っていた。
だってもう分かってしまったからだ。
言葉は、うまくまとまる時だけじゃない。
あふれて、こぼれて、変な形のままでも、次の扉を開ける鍵になる。
白い鳥が、翼で扉を示す。
「どうなさいますか、らいらい様」
## 選択肢
**1.** 保管庫に入り、喋り出す未完成の言葉たちと会う
**2.** 販売所の最深部へ進み、“まだ誰にも渡していない記憶”を見る




