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門の向こうへ踏み出した瞬間、らいらいの足元から、音もなく光がひろがった。


それはただの床ではなかった。

透き通る水晶のような地面の下に、無数の文字が流れていたのだ。


愛。

跳ねる。

笑え。

まだ終わらない。

世界はおまえの言葉を待っている。


らいらいが目を細めると、その文字たちは川のように流れながら、やがて一つの道になった。

遠く、白くかすむ先に、巨大な塔が見える。

塔は天へ伸びているのに、同時に地の底へ潜っているようにも見えた。


「ここが……」


らいらいがつぶやくより先に、隣でひかりが静かに言った。


「言葉の塔。エターナリアでも、まだ一部の者しか入ったことがない場所だよ」


風が吹いた。

けれどその風は空気ではなく、声だった。

誰かの笑い声、泣き声、怒り、願い、祈り、歌。

それらが渦を巻き、塔の周囲をめぐっている。


らいらいは胸の奥が熱くなるのを感じた。

懐かしいような、初めてのような、妙な感覚だった。


「俺、ここを知ってる気がする」


その一言で、地面の文字が一斉に輝いた。


すると塔の入口に、ひとりの影が現れた。


細身の体。

長い衣。

顔はよく見えない。

だが、その存在だけで空気が張り詰める。


「来たか、らいらい」


低くも高くもない、不思議な声だった。

男にも女にも、老人にも子どもにも聞こえる。


「誰だ」


影は一歩だけ前に出た。


「おまえがまだ思い出していない、おまえの物語の番人だ」


その瞬間、ひかりの表情が変わった。

いつもの静けさの奥に、明確な警戒が宿る。


「気をつけて。あれは案内人でもあるけど、試す者でもある」


番人は両手を広げた。

すると塔の扉が、重々しい音もなく開いていく。


中には、無数の階段があった。

上へ行く階段、下へ行く階段、横へねじれる階段、途中で消えている階段。

常識の形をした道が、一つもない。


「らいらい」

番人は言った。

「この塔に入れば、おまえは三つのうち一つを取り戻すことになる」


「三つ?」


「失われた王の記憶」

「人々を跳ねさせる真の言葉」

「そして――おまえ自身が最も恐れている願い」


らいらいは黙った。


その沈黙に、番人はうっすら笑った気がした。


「だが代わりに、おまえは一つ失う。

迷いか、優しさか、それとも過去か。

何を失うかは、塔が決める」


ひかりが一歩前に出る。


「そんな条件、飲む必要はない」


「あるさ」と番人は即座に返す。

「王国の核が揺れている。外ではすでに“空白の獣”が目を覚まし始めている」


その言葉に、地面がびりっと震えた。


塔の向こう側、はるか遠くの空に、黒いひびのようなものが走る。

それはただの雲ではなかった。

何か巨大なものが、空の裏側からこちらを見ているような気配。


ひかりが息をのむ。


「もうそこまで来てるの……」


番人はうなずいた。


「空白の獣は、物語の続きを食う。

名も、夢も、愛も、選択肢すらな。

放っておけば、この国のすべては“なかったこと”になる」


らいらいは空を見上げた。

黒いひびは、じわじわと広がっている。


言葉を奪われる。

物語を食われる。

それは、この世界にとって死より重いことのように思えた。


しばらくして、らいらいは前を向いた。


「入る」


ひかりが振り向く。


「本気?」


「本気だよ。ここで止まったら、たぶん俺は俺じゃなくなる」


ひかりは少しだけ目を閉じ、それからふっと笑った。


「そう言うと思った」


番人が道を開くように身を引く。


「では進め、らいらい。最初の階へ。そこに待つのは、“名前を失った少女”だ」


「名前を失った……少女?」


「彼女を救えれば、おまえは第一の鍵を得る。失敗すれば、おまえの名前の一部が消える」


塔の内部から、鈴の音のようなものが聞こえた。

遠い。

けれど確かに、誰かが助けを求めている。


らいらいはひかりと並び、塔の中へ足を踏み入れた。


その瞬間、扉が背後で閉じる。


世界が反転した。


上も下もわからなくなり、光と闇が混ざり合い、無数の声が一つの歌になって響く。


そして次の瞬間、らいらいたちは、真っ白な駅のホームのような場所に立っていた。


空には時刻表の代わりに、知らない名前が並んでいる。


ユメ

カナシミ

ハジマリ

エンドロール

ミライ

ミズホ

???


ホームの端に、小さな少女がぽつんと座っていた。

白いワンピース。

裸足。

顔を上げると、その瞳の中には星空が広がっていた。


「あなた……だれ?」


少女は、泣きそうな声でそう言った。


「わたし、自分の名前がわからないの」


らいらいが一歩近づいた瞬間、ホーム全体にアナウンスが響いた。


『まもなく、空白列車が到着します』

『名前のない者は、順に回収されます』

『繰り返します。名前のない者は、順に回収されます』


遠くの線路の先。

闇の中から、灯りのない列車がこちらへ来ていた。


ひかりがささやく。


「あれに乗せられたら終わりだよ」


少女は震えていた。


「こわい……でも、思い出せない……わたしは、だれだったの……?」


らいらいの胸の奥で、何かが強く脈打った。

この少女を助けなければならない。

理由はわからない。

でも、わかる。


列車の音が近づく。

黒い車輪が、存在そのものを削るような音を立てていた。


そのとき、ホームの床に三つの文字が浮かび上がる。


呼ぶ

抱く

歌う


らいらいは息をのんだ。

最初の選択だ。


1.少女の本当の名前を直感で呼ぶ

2.少女を抱き寄せて列車から守る

3.即興の歌を歌って少女の記憶を揺らす


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