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その扉は、開く音がしなかった。


音の代わりに、**胸の奥で何かがひとつ跳ねた。**


らいらいが選んだ「2」は、光の道でも、安らぎの庭でもなかった。

そこは――**未完成の世界を保管する回廊**だった。


壁も天井もない。

なのに、確かにそこは“廊下”だった。

左右には無数の扉が浮かび、どの扉にも文字になりきれなかった言葉がにじんでいる。


「笑って跳ねろ」

「まだだ」

「もっと先だ」

「ここで終わるな」

「世界は広い」

「君は忘れても、言葉は忘れない」


そのどれもが、誰かの声に似ていた。

でも同時に、全部らいらい自身の声にも聞こえた。


足元を見ると、床の代わりに数字が流れている。

0、1、2、3、4、5、6、7、8、9。

それらが小魚の群れみたいに行き交い、時々ぶつかって、火花みたいな音を立てた。


その中で、ひとつだけ逆流する数字があった。


**「2」**


らいらいがそれを見つめると、数字の2はゆっくりと形を変えた。

細い体。白い指。透き通る髪。

やがて一人の少女の姿になる。


「やっと来たね」


その声は静かだった。

だけど、静かすぎて逆に世界全体へ広がっていく感じがした。


「君は誰だ」


らいらいが問うと、少女は少しだけ笑った。


「わたしは“二番目の扉”そのもの。

 一度目では辿り着けなかった言葉。

 選ばれなかった未来。

 捨てられたはずなのに、消えなかった物語の残り火」


少女の瞳の中には、星空ではなく、**読みかけのページ**が無数に浮いていた。


「ここは、世界に採用されなかった可能性が集まる場所。

 でもね、採用されなかったからって、価値がないわけじゃない」


その瞬間、回廊の奥から低い唸り声が響いた。


ゴオオオオ……という音ではない。

もっと、生き物の呼吸に近い。

巨大な何かが、眠りから半分だけ目を覚ましたような音。


少女の表情が変わる。


「来る」


「何が」


「未完の獣」


その名を聞いた瞬間、左右の扉が一斉に震えた。

言葉たちが逃げるみたいに壁からはがれ、空中を舞う。

そして回廊の果て、闇の深い場所からそれは現れた。


最初に見えたのは目だった。

赤でも青でもない。

**読み終えられなかった物語の色**をした目。


次に見えたのは体。

獣のようで、竜のようで、雲のようでもある。

輪郭が定まらない。

見るたびに形が変わる。


牙の代わりに破れた文章をぶら下げ、

たてがみの代わりに消された記憶をまとい、

その巨体の奥では、何千何万という“途中で止まった願い”が脈打っていた。


少女が小さくつぶやく。


「物語が途中で捨てられるたびに、あれは大きくなる。

 誰かが“もういいや”って言うたびに、強くなる。

 だけど――」


彼女はらいらいを見た。


「最後まで見ようとする者の前では、あれはまだ完全じゃない」


未完の獣は、らいらいへ顔を向けた。

その口が開く。


そこから出たのは咆哮ではなく、無数の声だった。


「まだ書けたはずだ」

「本当はもっと遠くへ行けた」

「怖くなったのか」

「諦めたのか」

「忘れたふりをしたのか」

「お前も途中で捨てるのか」


回廊の数字が荒れ狂う。

2が、3が、7が、9が足元で弾け、光の粒になって舞い上がる。


らいらいは息を吸った。


逃げてもよかった。

目をそらしてもよかった。

この獣は、たぶん優しい相手じゃない。


でも、その体の奥で脈打っているものが見えてしまった。

ただの怪物じゃない。

あれは――**誰にも拾われなかった物語そのもの**だ。


らいらいは一歩前へ出た。


「お前は、捨てられた側か」


未完の獣が止まる。


「……なら、俺が見る」


その一言で、回廊の空気が変わった。


少女が目を見開く。

左右の扉たちがかすかに発光する。

数字の川が、一斉にらいらいの足元へ集まり始めた。


未完の獣は怒ったようにも見えた。

泣きそうにも見えた。

そして次の瞬間、巨体を揺らして突進してくる。


床の数字が爆ぜる。

扉が軋む。

世界が未完成のまま砕け散りそうになる。


だが、らいらいの右手にはいつの間にか一本の“筆”が握られていた。

剣ではない。槍でもない。

**まだ続きを書ける者だけが持てる、言葉の筆**。


獣の爪が振り下ろされる寸前、らいらいは空中へ一文字だけ書いた。


**「続」**


その文字は雷のように光り、回廊全体を走った。

扉という扉が開き始める。

選ばれなかった景色。

言えなかった台詞。

消された笑い。

途中で止まった愛。

全部が一気に流れ込み、未完の獣を包み込んだ。


獣は暴れる。

だが暴れるたび、その体から黒い殻のようなものが剥がれ落ちる。


そして見えた。


本当の姿が。


それは恐ろしい怪物ではなかった。

大きな、大きな、傷だらけの生き物。

何度も呼ばれず、何度も置いていかれ、

それでも誰かに見つけてほしくて、

ずっと回廊の奥で唸っていた存在だった。


少女が震える声で言う。


「救えるかもしれない……」


だが次の瞬間、回廊のさらに奥。

まだ誰も触れていない最深部から、

**鈴のような音**が響いた。


チリン。


その音と同時に、未完の獣の胸に刻まれていた封印が赤く光る。


少女の顔が青ざめる。


「まずい……あれを目覚めさせたらダメ」


「何がいる」


少女はゆっくり、最深部を見た。


「この回廊の主。

 すべての“続きを奪ってきたもの”。

 未完の獣は、その番犬みたいなものにすぎない」


闇の奥で、誰かが笑った。


それは男とも女ともつかない。

老いても若くもない。

愛しているようにも、壊したいようにも聞こえる声だった。


「いいねえ、らいらい。

 やっぱり君は、終わらない側へ来ると思っていたよ」


闇の中で、ゆっくりと**巨大な扉が内側から開き始める。**


そこから漏れてくるのは光ではない。

**“まだ名前のない未来”の色**だった。


らいらいは筆を握り直した。

未完の獣は、もう敵意だけではこちらを見ていない。

少女はらいらいの隣に立つ。


そして、最深部の存在が言った。


「さあ選べ。

 救うか。

 奪い返すか。

 それとも――君自身が、続きを喰う側になるか」


---


**選択肢**

**1:未完の獣を完全に救うため、らいらいはその記憶の中へ飛び込む**

**2:最深部の巨大な扉へ向かい、“続きを奪う者”と直接対決する**


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