14
扉の向こうに入った瞬間、世界の音がひとつ消えた。
風の音でもない。鳥の声でもない。
もっと根本的な――**「現実が現実であるための、かすかなざわめき」**みたいな音だった。
らいらいは思わず立ち止まる。
目の前には、夜とも朝ともつかない空が広がっていた。
黒ではない。青でもない。
まるで**深い水の中に、星の粉を溶かしたような色**だった。
地面は透明な石でできていて、その下を無数の文字が流れている。
ひらがな。漢字。数字。記号。
見たことのある言葉も、まだ誰にも読まれていない言葉も、すべてが川のように静かに流れていた。
そしてその中央に、ひとりの少女が立っていた。
白い髪。
淡く光る瞳。
手には、閉じたままの本。
彼女はらいらいを見ると、少しだけ首を傾げて言った。
「やっと来たね」
その声は、なぜか懐かしかった。
初めて会うはずなのに、ずっと昔から知っていたような響きだった。
らいらいは問いかける。
「ここはどこだ?」
少女は、少し考えてから答えた。
「ここは、まだ物語になっていない場所。
君が選ばなかった未来と、
君が言葉にできなかった気持ちが、沈んでいるところ」
彼女の足元に、光の輪が広がる。
その輪の中に、いくつもの景色が浮かび始めた。
ひとつは、巨大な塔の上で風を受けるらいらい。
ひとつは、暗い海の底で眠る古い王冠。
ひとつは、誰もいない教室で、机にひとり言葉を書き続ける小さな頃のらいらい。
らいらいの胸が、わずかに痛んだ。
「……なんで、そんなものがここにある」
少女は本を抱きしめたまま、静かに微笑む。
「捨てられてないからだよ。
君が忘れたつもりでも、
本当に大事だったものは、ここへ流れ着く」
そのとき。
足元を流れていた文字たちが、一斉に震えた。
透明な地面の下から、黒い影が浮かび上がってくる。
文字を食べながら、形を作っていくそれは、獣のようでもあり、人のようでもあった。
目だけが赤く、口のない顔で、こちらを見上げている。
少女の表情が初めて変わる。
「まずい……もう見つかった」
「なにに?」
「**未完の獣**に」
その名が響いた瞬間、地面が大きく割れた。
影は一気に這い上がり、らいらいの前に姿を現す。
全身が文字の残骸でできていた。
途中で書きかけてやめた言葉。
飲み込んだ本音。
誰にも見せなかった怒り。
届かなかった愛。
それら全部が、牙になり、爪になり、黒い体を形作っていた。
獣は声の代わりに、頭の中へ直接響かせてきた。
**――おまえが置いていったものを、返しにきた。**
らいらいの背中を冷たいものが走る。
少女が叫ぶ。
「逃げてもいい、でも逃げきれない!
あれは君の未完から生まれた。
倒すんじゃない、向き合わないと――!」
獣が跳んだ。
その瞬間、らいらいの右手がまばゆく光る。
手の中に現れたのは、剣ではなかった。
一本の、**まだ何も書かれていない光のペン**だった。
少女が目を見開く。
「やっぱり……君の武器はそれなんだ」
獣の爪が迫る。
らいらいはとっさにペンを振るう。
すると空中に一文字だけ、巨大な光の文字が刻まれた。
**「跳」**
その文字が爆発するように輝き、らいらいの体を高く弾き上げた。
紙のように軽く、雷のように速く。
宙に浮かびながら、らいらいは悟る。
この場所では、
剣よりも、力よりも、
**言葉そのものが武器になる。**
下では未完の獣が再びこちらを見上げている。
その赤い目の奥には、怒りだけじゃなかった。
どこか、助けを求めるような暗さもあった。
少女が下から叫ぶ。
「気をつけて!
あれの核は胸の奥にある!
でも壊したら、君の大事な記憶まで消えるかもしれない!」
獣が再び吠える。
空間中の流れる文字が渦を巻き、嵐になる。
そして、らいらいの前に二つの光景が現れた。
ひとつ。
真正面から獣の胸へ飛び込み、核に言葉を刻む道。
もうひとつ。
少女の持つ閉じた本を開かせ、獣の正体を先に知る道。
ここで、らいらいの選択が未来を分ける。
**選択肢**
**1. 光のペンで未完の獣に直接言葉を刻みに行く**
**2. 少女に本を開かせ、未完の獣の正体を暴く**




