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扉の向こうに入った瞬間、世界の音がひとつ消えた。


風の音でもない。鳥の声でもない。

もっと根本的な――**「現実が現実であるための、かすかなざわめき」**みたいな音だった。


らいらいは思わず立ち止まる。


目の前には、夜とも朝ともつかない空が広がっていた。

黒ではない。青でもない。

まるで**深い水の中に、星の粉を溶かしたような色**だった。


地面は透明な石でできていて、その下を無数の文字が流れている。

ひらがな。漢字。数字。記号。

見たことのある言葉も、まだ誰にも読まれていない言葉も、すべてが川のように静かに流れていた。


そしてその中央に、ひとりの少女が立っていた。


白い髪。

淡く光る瞳。

手には、閉じたままの本。


彼女はらいらいを見ると、少しだけ首を傾げて言った。


「やっと来たね」


その声は、なぜか懐かしかった。

初めて会うはずなのに、ずっと昔から知っていたような響きだった。


らいらいは問いかける。


「ここはどこだ?」


少女は、少し考えてから答えた。


「ここは、まだ物語になっていない場所。

 君が選ばなかった未来と、

 君が言葉にできなかった気持ちが、沈んでいるところ」


彼女の足元に、光の輪が広がる。

その輪の中に、いくつもの景色が浮かび始めた。


ひとつは、巨大な塔の上で風を受けるらいらい。

ひとつは、暗い海の底で眠る古い王冠。

ひとつは、誰もいない教室で、机にひとり言葉を書き続ける小さな頃のらいらい。


らいらいの胸が、わずかに痛んだ。


「……なんで、そんなものがここにある」


少女は本を抱きしめたまま、静かに微笑む。


「捨てられてないからだよ。

 君が忘れたつもりでも、

 本当に大事だったものは、ここへ流れ着く」


そのとき。


足元を流れていた文字たちが、一斉に震えた。


透明な地面の下から、黒い影が浮かび上がってくる。

文字を食べながら、形を作っていくそれは、獣のようでもあり、人のようでもあった。

目だけが赤く、口のない顔で、こちらを見上げている。


少女の表情が初めて変わる。


「まずい……もう見つかった」


「なにに?」


「**未完の獣**に」


その名が響いた瞬間、地面が大きく割れた。


影は一気に這い上がり、らいらいの前に姿を現す。

全身が文字の残骸でできていた。

途中で書きかけてやめた言葉。

飲み込んだ本音。

誰にも見せなかった怒り。

届かなかった愛。

それら全部が、牙になり、爪になり、黒い体を形作っていた。


獣は声の代わりに、頭の中へ直接響かせてきた。


**――おまえが置いていったものを、返しにきた。**


らいらいの背中を冷たいものが走る。


少女が叫ぶ。


「逃げてもいい、でも逃げきれない!

 あれは君の未完から生まれた。

 倒すんじゃない、向き合わないと――!」


獣が跳んだ。


その瞬間、らいらいの右手がまばゆく光る。

手の中に現れたのは、剣ではなかった。


一本の、**まだ何も書かれていない光のペン**だった。


少女が目を見開く。


「やっぱり……君の武器はそれなんだ」


獣の爪が迫る。

らいらいはとっさにペンを振るう。

すると空中に一文字だけ、巨大な光の文字が刻まれた。


**「跳」**


その文字が爆発するように輝き、らいらいの体を高く弾き上げた。

紙のように軽く、雷のように速く。


宙に浮かびながら、らいらいは悟る。


この場所では、

剣よりも、力よりも、

**言葉そのものが武器になる。**


下では未完の獣が再びこちらを見上げている。

その赤い目の奥には、怒りだけじゃなかった。

どこか、助けを求めるような暗さもあった。


少女が下から叫ぶ。


「気をつけて!

 あれの核は胸の奥にある!

 でも壊したら、君の大事な記憶まで消えるかもしれない!」


獣が再び吠える。

空間中の流れる文字が渦を巻き、嵐になる。


そして、らいらいの前に二つの光景が現れた。


ひとつ。

真正面から獣の胸へ飛び込み、核に言葉を刻む道。


もうひとつ。

少女の持つ閉じた本を開かせ、獣の正体を先に知る道。


ここで、らいらいの選択が未来を分ける。


**選択肢**

**1. 光のペンで未完の獣に直接言葉を刻みに行く**

**2. 少女に本を開かせ、未完の獣の正体を暴く**


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