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音に囚われる街  作者: TOMMY


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9/11

計画

──ピッ、ピッと規則正しい音が鳴る。

心臓は、止まってはいない。


そんな当たり前のことに安堵する。

しかし、意識はいっこうに戻らない。


医師は、異常が見当たらないと言う。

けれど、身体は酷く衰弱していた。


私は、理解していた。


黒い染み。

それが礼子を蝕んでいる。


革靴の音も、木魚の音も、効果がなかった。

身体の内側に入り込んだ黒。

それを取り除く術を誰も知らなかった。


先輩は事務所と契約している寺を訪ねまわった。

風になって、ものすごい速度で。


ただ、どれも効果はなかった。


──時間だけが、過ぎていく。


礼子の顔は青白い。

私は、冷たくなっていくその手を温めることしかできなかった。


ピッ……ピッ……

鼓動の音が小さくなる。


部屋には寺からもらってきた御札や宝具が並んでいる。


もう、祈ることしかできなかった。


ピッ…………ピッ…………

自分の無力さが憎い。

今まで何をしてきたのだろうか。

私は目の前の一人を、救うことすらできない。


ピー──


「礼子!?だめだっ!逝くな!」


そのときだった。


「どきな!そんな祈りが届くと思っているのかい!?」


腰の曲がった年配の女性は、テーブルの上に甘い香りが漂う小さな容器を置いた。

その香りはどこか懐かしかった。


紫の洋服を着こなすその女性は、礼子の口にコップを押し当て、緑の液体を流し込んだ。

その液体からも、甘い香りが立ち込める。


「なにを……」っと女性の肩に手をかけようとした瞬間、その女性は真剣な眼差しでコップを傾けながら口を開く。


「お前さんは、そこで見てな!何もできやしないんだろう」


その通りだった。

ここでこの女性を止めても、礼子を救う手段など、私は持っていない。

私は空中で止まったままの手を身体に引き寄せた。

そして静かに立ち上がり、腰を深く曲げた。


「お願いします!礼子を助けてください。

これが私にできる最善の行動です」


年配の女性は、小さく頷く。


「抹茶はね。古くから災いを清めるもんだ。

黒を緑で上書きするのさ」


礼子の唇は、少しだけ赤みを取り戻した。


「とっとと、テーブルの上のプリンをよこしな!」


私は、小さな容器に入ったプリンを慎重に手渡した。


その容器には名前が入っていた。


喫茶店「ポマード」


思い出した。

私は以前その店に、訪れたことがある。


年配の女性は、プリンをスプーンですくうと礼子の口に流し込んだ。


「うちの商品はね。黒を溶かすほど美味いんだよ」


スプーンの上のプリンは礼子の口に吸い込まれるように消えていく。


「ほれ!起きな!お嬢ちゃん。

わたしゃ霊には売らないんだよ。まったく」


ピッ…………ピッ…………

礼子の鼓動がわずかに戻った。


「美味しすぎて……死にそう……

いや、もう死んでも、いい」


礼子は小さく目を開いた。


──医師の診察が始まると、年配の女性は「お嬢ちゃんに、今回はツケだと言っといてくれ」と言って病室を出ていった。


私は深く頭を下げた。


「必ず、お礼に伺います」


年配の女性は鼻で笑った。


「ふん。来れれば、だがね」


その言葉だけが、妙に引っかかった。


医師はもう心配ないと告げ、部屋を後にする。

私は礼子の傍らに立ち、静かに息を吐いた。


朝の日差しが、カーテンの隙間から差し込む。

穏やかな時間だった。


──そのとき。


ふわりと、風が吹いた。


掛け布団がかすかに揺れる。


「先輩……もう少し、静かにできないんですか……」


礼子は目を細めた。


気づけば、床一面に御札が散らばっていた。


先輩が立っている。

息を切らしながら、何も言わずにこちらを見ていた。


違う寺のものだと一目でわかる、ばらばらの文字。

無理やり集めてきたのだろう。


先輩はゆっくりと近づき、礼子の肩に手を置いた。


「遅くなって──悪かった」


礼子は力なく笑う。


「助けていただき、ありがとうございます。

謝っていただけるなら、幻のレモンティーを──」


その言葉を遮るように、先輩はポケットから何かを取り出し、ベッドの上に置いた。


乾いた音が、小さく鳴る。

骨のようなものだった。


「これは、何の木でできている?」


礼子は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐにノートパソコンを開いた。


カシャ、と写真を撮る。

カタカタとキーボードの音が、静かな病室に広がった。


数秒。


礼子の手が止まる。


「……木じゃないですね、これ」


先輩の目が細くなる。


「どういうことだ?」


礼子は画面を見つめたまま答える。


「繊維構造がありません。

それに、この反応……」


わずかに息を飲む音。


「生き物に近いです」


一瞬、部屋の空気が冷えた。


礼子は顔を上げる。


「これって、累さんが持っているものと同じでは?」


私はポケットに手を入れた。

取り出す。

二つの、同じような“骨”。


ひとつは、あの少年が置いていったもの。

もうひとつは、真希が消えたあとに現れたもの。


先輩の視線が鋭くなる。


「これは、廃寺で見つけた。

どこでそれを?」


私は、これまでの経緯を簡潔に伝えた。


話し終えると、しばし沈黙が落ちる。


礼子は骨を見比べて、小さく呟いた。


「……同じ、ですね」


先輩は窓の外を見つめながら礼子に言った。


「真希の情報を、調べてくれ」


礼子は目を見開いた。

そして、何かを察したようにキーボードを叩く。


「なんで……」


礼子の目は泳ぐ。


「情報が、ありません。

いや、消されてる、気がします」


画面には役所のデータが映っていた。

住所も、両親の名前さえも空白だった。


「でも、一枚だけ画像がありました。

これは──おそらく書道で賞を取ったときの画像ですね」


そこには、幼い頃の真希が整った文字の「風」と書いた和紙と大きな賞状を持っていた。

そして、その画像には赤い鳥居が映っていた。


ふと、ある違和感が胸をよぎる。

私は窓の外に目を向けた。


街並み。

見慣れた風景。


けれど──


「……なあ」


誰に向けたともなく、口を開く。


「この街に、神社なんてあったっけ?」


礼子はきょとんとした顔をする。


「え?」


先輩は答えなかった。

ただ、静かに目を細める。


私は思い出そうとする。

寺はある。いくつもある。

だが──


「……ひとつも、ない」


その言葉が、やけに重く響いた。


先輩は指で骨を転がしていた。

情報が頭の中で繋がっていく気配があった。


すると礼子はキーボードを叩いた。


「これ、神社に祀られていたもの、じゃないですか?

そうよ、真希ちゃんは神主の娘だったとか」


「……筋は通るな」


それを聞いて私の中でも何かが繋がる。


「この骨の音に、何度も助けられてる」


乾いた音。中空に響く、内側を叩くような音。


先輩は、床に散らばっていた御札をめくっていく。


「あった」


先輩は一枚の御札をベッドの上に置いた。

そこには、ぷっくりと太った丸い魚が描かれていた。

その魚の口は左右に大きく空いている。


まるで、何かを“鳴らす器”のように。


「廃寺の焼け焦げた古文書に、似たような記述があった。

神社の御神木。

あれに“何か”が宿るってだ」


礼子が顔を上げる。


「宿る……?」


「木じゃない。けど、木として扱われてるものだ」


三人の視線が御札の魚と三つの骨に集まる。


ポンッと小さな音が響いた。


「これはどう見ても──

木魚だろ」


病室に、温かな風が吹いた。

けれどその奥に、まだ消えきらない“ざらつき”が残っていた。


先輩はしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。


「……見えてきたな」


私は息を飲む。


「やつの目的は、おそらく──

この街を黒い染みで埋め尽くすことだ」


礼子はキーボードを叩きながら頷く。


「けれど、霊たちはこの画像の神社の御神木に護られていた」


私は思考を繋ぐ。


「じゃあ……神社の周りを黒い染みで囲んで、

御神木を焼いた……?」


先輩は、ゆっくりと首を横に振った。


「いや……違う」


一拍。


「神社は、壊されたんじゃない」


その言葉に、空気が張り詰める。


「役所のデータが、きれいに消えていた。

あれは“隠した”んじゃない」


先輩は静かに言い切る。


「最初から、“無かったことにした”んだ」


礼子の手が止まる。


「……そんなこと、できるんですか」


先輩は窓の外を見た。


「病院、学校、寺……

全部、この街に必要な施設だ」


そして、ゆっくりと続ける。


「──“神社が邪魔になるように”配置されている」


囲い、孤立させ、最後に意味ごと消すために。


背筋が冷えた。


「壊したのは、あの少年じゃない」


先輩の声は低かった。


「悪意を持って“作られた”この街そのものだ」

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