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音に囚われる街  作者: TOMMY


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10/11

決着

「累、もう一度、空き地を調査する。支度しろ!

礼子はここでこの街の古文書をあたれ。

何かあればすぐに連絡しろ」


「はい!」っと礼子と私は背筋を伸ばした。


その瞬間先輩は、風のように消えた。


礼子はキーボードを叩いた。


「もう大丈夫なのか?」


礼子は画面から目を離さず、タタンッとキーボードで返事をした。

思わず口角が上がる。


私は、床に散らばる御札を病室のテーブルに並べ、部屋のドアを開けた。


すると礼子は、急に顔を上げる。


「ありがとうございました。

──ところで累さんって、いつ寝てるんですか?」


その言葉が、妙に引っかかった。


……最後に眠ったのは、いつだったか。


思い出せない。


私は首を振り、その思考を無理やり押し込めた。


腹部を擦る。

もうそこに、痛みはなかった。


──空き地に足を踏み入る。

そこは以前より、地面が妙に柔らかい気がした。


音が吸い込まれるように消えていく。


視線の先には先輩が地面をそっと眺めて立っていた。

その足元には大きなスコップがひとつ置いてある。


「累。ここを掘れ」


先輩はあごで私に指示するとスコップに視線を落とした。


先輩には、頼み方やねぎらいを勉強してもらいたいものだ。

私はスコップを手に砂利をめくった。


カツン。


しばらく掘りすすめるとスコップは何かにぶつかった。


周囲を掘りすすめると土に紛れた焦げ茶色が姿を現した。


それは、巨大な木の根だ。


表面は木のはずなのに、どこか湿って見えた。

まるで脈打っているかのように。


御神木。

それはここに埋まっていた。


「それが核だ」


先輩は空き地に何かを描いていた。


「……こっちの相手は、俺が引き受けてやる」


視線を上げると、いつの間にか黒い染みが周囲に滲んでいた。


先輩は手首に数珠をはめた。


カチ、カチ、と乾いた音が鳴る。

珠同士がぶつかり合い、わずかに空気が震えた。


「掘る手を止めるな」


先輩は一歩前に出る。


黒い染みが、じわりと足元へ滲んできた。


「こいつらは“形”を持たない。

だが、境界を与えれば縛れる」


先輩は指で数珠を弾いた。


チン、と澄んだ音が響く。


その瞬間、地面に赤く円が浮かび上がる。


「音は、輪になる。

輪は、内と外を分ける」


黒い染みが円の外側で蠢く。


侵入できない。


「つまり──」


先輩は小さく息を吐いた。


「ここは、もう“内側”だ」


黒い染みが一斉に膨れ上がった。


御神木の根は少しずつ顕になっていく。

ザクッと掘るたびに薄い木片がこぼれ落ちる。


それはまるで、鱗のように見えた。


掘る音に混じって、先輩の低い声が、一定の間隔で空気を打つ。

ふと、どこかの記憶が脳裏をよぎる。


「──ここはもうだめだ!お前は先に行け」


先輩が私を追いやる記憶。

それは背中を熱くさせた。

忘れていた記憶。けれどそれがいつのことなのかを、思い出せなかった。


「……くっ」


先輩の声が途切れる。

ぶわりとした寒気が襲い掛かる。


でも、決して振り返らない。

それが、先輩との約束。

そう心の奥底に刻まれていた。


ガリッ。

突如として御神木の根は硬くなった。


スコップが跳ね返される。

何度突いても効果がない。

まるで、これ以上触れるなとでも言うように。


急に凍てつく風が喉を締め付けた。

スコップを握る手に力が入らなくなっていく。

まだ昼間だというのに、薄っすらと影が地面に落ちた。


リンッと先輩の数珠の音が鳴った。

そのとき、御神木からほのかに温もりを感じた気がした。


私はスコップを振り上げた。


「先輩!鳴らせてください」


じり、と先輩の足が地面を蹴った。


私もそれに合わせて跳躍する。


カツーン!

リーン!


白い光が、散る。


御神木は、

応えた。


視界が白に染まった。


──空を泳ぐ焦げ茶色の大きな魚。

その魚は空から街を見下ろし、ときより心地よい音を降らせた。


ボーン。ボーン。


その音は闇を照らし、人々は柔らかく微笑む。


その魚は、荘厳にそびえ立つ御神木の周りを、美しく泳いだ。


──その光景を見上げる男がひとり。

赤い鳥居と重厚な社。

その狭間で魚を見つめている。


その顔は先輩に、似ていた。


どこからか太鼓の音が空を打つ。

横笛の音色が流れ込む。


その男は人差し指と中指を顔の前にかざし、目に力を込めた。


すると、ふわりと複数の人が現れた。

ある者は太鼓を叩き、ある者は横笛を吹く。

そして、ある者は音に合わせて、舞った。


社の床を足袋で踏み、心地よい音を立てる。

木の音色を彩るように、優雅にステップを踏んでいた。


空を泳ぐ魚は、じっとその光景を見つめていた。

そして、尾びれを空に立てると、

──その足に沈んだ。


白が剥がれる。

視界が現実へと引き戻される。


そこは真っ暗な闇。

黒い染みは群がり、空を閉ざしている。


「累。御神木を鳴らせ!」


先輩の声が闇の中にこだまする。


私は、あの音を思い出す。


ボーン。

あの、街を包んでいた音。


そして──革靴を、御神木に乗せた。


──カツン!


その瞬間、白い光が周囲を解き放った。


黒い染みは、音にほどけるように崩れていく。


その中心に、少年は立っていた。


「やっとだ」


少年は、ゆっくりと笑った。


「あはは。ずっと待ってたんだよ。

音が戻るのを」


ぶわり、と。

少年の足元から黒い染みが溢れ出す。


空の光が歪む。


「……これでまた、遊べる」


私は一歩踏み出した。


「お前の作った黒い染みは、もう祓った。

お前に何ができる?」


少年は首を傾げ、くすりと笑う。


「あはは。やっぱり鈍いなあ」


その瞬間。


黒い染みが、空から街へと降り注いだ。


「……なに」


崩したはずの闇が、また満ちていく。


少年はくるりと回り、両手を広げた。


「ねえ、なんで地縛霊がここにいるか、考えたことある?」


私は睨みつける。

人の未練がそこにあるからか……いや。


先輩の口から言葉が漏れた。


「……御神木、だな」


少年の頬が緩む。


先輩は続けた。


「縛ってたんじゃない。

天に逝くまえに“叶えたかった”んだ」


静寂。


そして──


少年は、楽しそうに肩を震わせた。


「はは……ははははは!」


顔を上げる。


その目は、どこか冷えていた。


「そう。正解」


少年は足元を軽く叩いた。


「この街、全部“根っこ”で繋がってるんだよ」


黒い染みが、じわりと地面を這う。


「願いをさ、叶えなくちゃ護ってるって言えないでしょ?」


一歩、こちらに近づく。


「だから”まだ”の人間を、逃さないようにしてるんだ」


指先がかすかに震えた。


「ずっとここにいられるように。

願いが、いつか叶うように。


僕はその人たちと、もっと遊びたいんだよ」


私は歯を食いしばる。


「街の外に連れて行くつもりか……」


少年は一瞬だけ、表情が消えた。


「あなたたちがやらなかったら、誰も外に出られなかったんだ」


風が止まる。

その顔に、笑みが戻る。

黒い染みが、再び少年の元に集まっていく。


「そのために、あなた達に力をあげたんだ。

動けるように、壊せるように」


空を見上げる。


「この街だけじゃ、もう飽きちゃったからね」


私は息をのんだ。


祓ったはずの地縛霊たち。

溶かしたはずの黒い染み。


──違う。


「……外に出しただけか」


少年は嬉しそうに笑った。


「そういうこと」


そして、静かに言う。


「叶わないまま終わるくらいなら、

終わらない方が優しいでしょ?」


言葉が、一瞬だけ胸に刺さる。


「それは……」


否定しきれなかった。


その隙を、先輩は見逃さない。

暴風のように踏み込み、拳を突き出す。


「甘い!

人を殺めることを、誰も望んでなどいない」


拳が触れた瞬間──

音が、消えた。


先輩の手が、黒く染まる。


「あはははは。

当たり前のことを言わないでください。笑っちゃいますよ」


先輩の拳は、まったく通らない。

黒い染みが、すべてを受け止めている。


ポコン。

スマホが鳴った。

礼子からのチャット。


私はそれを見て──理解した。


画面には、短くこう書かれていた。


『“外”に見せてください。

観測されれば、“意味”が変わります。

そこ、見えてます!』


……そうか。


恐怖は、閉じた中で膨らむ。

だが──見られた瞬間、それは“演出”になる。


私は小さく息を吐いた。


「先輩!無駄だとわかっていても、手を止めないでください。

それが、この場を“明るくする”」


礼子。

あとは頼んだ。

こっちは本気になれば、それでいい。


カツン!


革靴を鳴らす。

乾いた音が、空き地に広がる。


先輩は、少年に向けて何度も拳を打ち出す。

しかし、そのすべては弾かれる。


「先輩、まだ舞えます」


私はわざと、響くように言った。


一瞬。


先輩の肩が、ぴくりと動く。


──乗った。


「累!鳴らせ」

その声に、迷いはなかった。

私が応えると知っている声だった。


カツン!

カツーン!


私はリズムを刻む。


音を、広げる。


少年は笑った。


「効かないことがわからないのですか?

無駄ですよ。僕は“みんな”に守られているのです」


先輩は手にはめた数珠を鳴らす。


リーン!


それに合わせて革靴を踏み鳴らす。


カツン!


私のもとにも黒い染みは襲い掛かる。


舞うように避ける。

それだけでいい。

そのたびに音は鳴る。


「改心するつもりはないのか?」


少年は眠たそうに答える。


「何を言っているのですか?

これからが、楽しいところですよ」


私は無理やり口角を上げて、ニッと微笑んだ。


「もう少し君と遊びたかったよ」


黒い染みは身体に付着する。

そのたびに身体は重くなる。


カツン!

リン!


いくら音を奏でても、何も変わらない。


先輩は黒い染みの猛攻を避ける。

指を立て、言葉を重ねる。


「この街は、お前には渡さない」


先輩の拳は少年に届かない。

何度やっても、弾かれていく。


「先輩、今のいい感じにダサいですよ」


私は波立つ黒い染みにハイキックを入れた。

案の定、身体中に黒い染みが広がった。


「お前こそ!」


先輩と私は黒に染まっていく。


もう少しで……


黒い染みが泡立ち、先輩を打ち据える。


先輩は地面に叩きつけられた。


「くっ。やはり子供には、かなわないか」


……下手くそ。


一拍。


だが、それでいい。


私は、空を見上げた。

彼方のレンズが光る。


──配信は、繋がっている。


「この黒さが、この街の本質だ。

この街の未来は”明るいな!”」


私の声が、淡々と響く。


黒い染みは先輩と私をどぷんと飲み込んだ。


少年の笑い声がこだまする。


「あははは。なに意味のわからないことを。

あなたたち、真っ黒じゃないですか!」


少年の声は、急に小さくなった。


「……あれ、僕いま、ツッコんでる!?」


一瞬の沈黙。

黒い染みが、わずかに揺らぐ。


その瞬間。

三本の光が、空を裂いた。


病院。

学校。

寺。


それぞれの場所から、光がこの空き地へと差し込む。


「……いや、違う。違う違う」


首を振る。


「……僕はそっちじゃない。

違う。僕は、追いかける側だ」


白い光は少年の身体を、貫いた。

少年の声が、初めて揺らぐ。


「なぜだ……

なぜ、“明るい”……」


身体に付着した黒い染みは、ゆっくりと霧散していく。

私は、スマホを掲げる。


そこには、配信画面。

この街のお天気カメラは、この場所を捉えていた。

温かいコメントが、幾重にも流れる。


──笑い声。

──茶化し。

──冗談。

──軽口。

そしてツッコミ。


恐怖は、そこになかった。

礼子はスマホ越しに告げる。


「子供に勝てない大人。

そんな動画が、この街に“笑い”を生んだんです!」


その声は力強かった。


黒い染みは意味で性質が変わる。

怖がれば怪物、でも、笑えばただの現象になる。


少年の目が、見開かれる。


「なんで……

怖がってよ……逃げてよ……」


その声は、震えていた。

先輩は立ち上がり、穏やかな眼差しを向けた。


「恐怖はな──」


一歩、踏み出す。


「笑われた瞬間に、終わるんだよ」


黒い染みが、揺らぐ。

崩れる。

意味を失っていく。


「だから君は──」


私は少年をまっすぐ見た。


靴を踏み鳴らす。


カツン!


「もう、“鬼”にはなれない」


沈黙。


少年の顔から、笑みが消えた。


ポケットの中の骨が熱を持った。

これは、木魚の骨なのだろう。


周囲に白い装束を身にまとう、人々が見えた。

御神木を守るように、祈りを捧げているように見えた。


……違う。見えているのではない。

思い出している。


足袋の感触。

拍子を揃える呼吸。

音を外さないように、張り詰めた指先。


私はその輪の中に、いた。


その中で、少年だけが歪んだ表情をしていた。


「ほら、終わりだ」


軽く頭に触れる。


「もう、鬼ごっこはおしまい」


少年の声は、かすれていた。


「怖がらないなら……逃げないなら……

それ、遊びにならないじゃないか……」


少年の声は、かすれていた。


「……ずっと、待ってたのに」


小さくこぼれたその言葉は、

誰にも届かないまま、風にほどけた。


温かい風が街全体を覆った。


白い光は柱となり、

かつてそこにあった御神木の“形”を、

空に浮かび上がらせた。


ボーン。


街に、やわらかな音が広がった。

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