21.2. どうして算額問題はお名前を付けなければならない?
二日後、小さな原料を運ぶ手押し車と、大きな原料を担ぐ台車は列になって『若原屋』の坂に集合した。草原を出来る限り擦ったり剥がしたりしないように、作業員達は材木、コンクリートとセメントの俵、数貫の石を重ねる籠を担ぎ、鳥居をくぐり続けた、夏祭りの建設と全然違いなく。広場に、虚ろの屋台、舞台、電灯と観客の空間はありのまま。いつもの平日に黄昏が来てから私達が現場に着いた。その時、『若原屋』の間取り図は両校の数学科が描き上げ、校長と日向町長に承認して頂いた上で、施工に運用された。『若原屋』は対称性建築に再建されることで、広場の裏に芸術クラブの部分は対称軸として、南側の自然科学の部分と北側の社会科学の部分と釣り合うことになった。上から見ると、両目が張ってじっと見たり鼻と口が開いたりするという顔面の男に似ていて面白くて堪らなかった。
各部分では三階建ての母屋と、連関の活動向け二軒の『付帯屋』が互いに渡り廊下で繋いで図案される。『付帯屋』というと、実験、収納、保存、稽古、予備の為に使われるでしょう。自然部分は括弧型で母屋を右上と付帯屋を左下に配置し、渡殿を長方形の残りの隅として二つの括弧を組む。社会部分は母屋が真中の横に、付帯屋が母屋の半分ぐらい左上と右下に配置したら、渡殿が縦に部分を分け合い母屋を貫通し二つの付帯屋を繋ぐ。そこで左下と右上に木の列をなすと卍に出来る。文学部と歴史部の介入は分かりやすい。芸術部分も劣りたがらず、自分の母屋を二等分にして二軒の付帯屋と四つ子となり菱型を作る。芸術なら母屋も何処でも勉強したり披露したりするね。その菱形の中身は芸術クラブの披露空間となる。括弧型、卍型、菱型を思い付いたのはまさに数学科の人ではなく、美術部部長の久保ちゃんだよ。
久保ちゃんの着想から、『若原屋』にスポーツクラブの為の運動空間は自然と社会部分の外で作る必要もあった。三階建ての体育館は芸術部分の後ろに同じ対称軸に位置付ける。但し、スポーツは体育館に限るなら窮屈だし、野外の試合を催しに体育館の周りに蹴球、野球、庭球、相撲、武術、剣術の会場を開くことにした。段々学校の姿が見えている。学校の姿をもっと見せてくるように垣と門を立てるかないか、私達が30分ほど討論していた。立てないと確認。鳥居はずっと『若原屋』の門だし、草原の特徴によって垣は芝生を壊したり窮屈感を齎したりするし、9月10月の襲撃を省みると敵はもっともっと狡猾な手口を使って伝統的な盾を安い展示品として弄ぶし、掲揚台を上げ部分の名を刻むまでは良い。
「結局屋台の枠解体しいひんな。ただ独自さを取り消して同等な14据で維持したって」と言った智埼ちゃん。
「以後まだ使えるもん。どうせ広場やさかい、食物とか飲み物とかおもちゃとかを販売する所あったらええや」
「でもトイレの方は解体されるやろ。芸術部分は処理機へ真っ直ぐに向いてもうたらあかん。それに、三つの部分にも配分しいひんと」
「うん。部分ごとを垣と門で囲まないと賛成したからやらないといけない。更にこっちもトイレが必要だけど数が減る。問題は処理機をどう置いといた方が良いかまだ迷っとる」
「んー、一軒に仕込んで全部分のトイレを繋ぐつもりな。そりゃ一番ええかもやけど、下水管を芝生上やのう地下に入れるのは大したもん」
「だってよ。いずれ地に人の身長ぐらい深く掘り下げて一本道を引いて大きい下水管を入れるわ。そして処理機は排水を濾過して酒匂に流す。酒匂への排水はどれほど潔く濾過されるか、三つ目の問題になるのだ」
「小田原の一番大事な川汚したないやろう、うち達は。でも大丈夫。これから施工を再開したばかりだし、まず枠を形作って初めて地に掘るのを気になるの。最低でも二週間未満や。取り敢えず『算額主義』を集中しとく」
「うん。掲揚台はまだ出来上がってないからね。広場の床は土手まで及んでるし、その部分を切り捨てて岩の台を入れてコンクリートで貼り付けるわ。貼り付けは終わったら、旗竿は岩の中の基礎に差し込んで滑車を仕込んで日の丸、『働き蜂旗』と『茹で卵旗』を翻すよ」
「へへっ、次々はうち達の変な旗だちゅうか。学校を独特に紹介する旗だけは型破りに十分やで。今度はクラブのもの、そして企画のもの。やることを数歩ほど乗せるやないな」
「やることをやりたいなら型破りなどやる。勿体ぶらない限り。降恆ちゃんはまだ笠人君の具合を調べてるんでここに出席しなかった。最善のものが出るまで猶予してるらしい・・・倉崎姉さんに見せるもう一つあるでしょう」
「うん、当たり前や。城木先生の家に訪問するのはもう二十日間ぶりじゃ」
こうして、智埼ちゃんとの小話は私達の倉崎さんへの最高の秘密を明らかにすることを期待していた。10月22日の日曜日、篠崎家の熟練な棟梁さん達は5間の竿を差し込み上げ、丈夫さをみっちり検査した上で、あの日の午後掲揚式は緒方さんと黒岩さんが代表である六名の士官が行った。日の丸、八つの田圃が中心で橙色と黒の縞模様が互い違いな八田蜜校旗、茹で卵の卵白の色の背景に夜明けの景色を映す楕円の窓が中心な白濱校旗は、三本の竿の紐にぎゅっと結ばれ、『君が代』、八田蜜の校歌『我が命は蜂蜜の甘味』、白濱の校歌『夜明け浴びの裾』の歌詞に沿ってのんびりとゆっくりと上げられた。
あの日曜日に私達はどんな格好を付けたのか?いつもの学ランと船乗り服?いや。私達58人は袴を着用した。女達は髪を纏め、男達は自分の家から持ってきた羽織を伴い、まるで剣術の道場に集合したり、大きな大会に出場したり、成人式とか卒業式とかに参加したりするみたいに丁寧な雰囲気を醸し出した。企画の主任としての私と純彦君は別に伝統的な白い上着と黒い袴を姿にした。一方、倉崎さん、深本さん、高橋ちゃんと吉岡君達は56枚の着物を貰っていった。56枚には藤の花を上着の模様にし、赤・紫・黄・紺・橙・緑・桃・褐といった八色から三色を抽選して塗り、企画の紋章を左胸に刺繍した。一つは紋の色、一つは袴の色、残りは上着の色とされた。8から3の組み合わせは56変種を果たすね。それに、紋章は『内接正六角形、その中に中点で接する正六角形、またの中に上と下の四辺の中点で接する長方形、その長方形の上と下に二つの円形』と図案されたよ。
松山ちゃんは智埼ちゃんと一日中そういう図案を考え出し、静代おばさんの縫製所に次の二日間で作って貰った。倉崎さんも学長先生との会議後に日澤家の縫製所に働くと希望した。息が苦しく多忙な都の縫製工場に倒れるほど勤めていた経験者として、彼女は木曜日の朝の面接で自分の腕があまりにも下がっていないと見せて智埼ちゃんと静代おばさんに雇用を認めて貰った。だから、私達が着ているのは倉崎さんの力の部分があったよ。『算額主義』の制服を着た倉崎さんも自分の製品にとって一番深い気持ちを汲んだ訳だ。
「もう居合道着に間違えたところだわ。盾と刀を備えたら双子に見える」と私が感想して日曜日の会議を開始した。水曜日と同じ席の配置、同じ黒板、同じU字、同じ先生達。何も移動されてはいない。
「大会に入るみたいな雰囲気を作れるもん。木曜日お二人言ったね、まず一人に二問の数学問題を作って貰うって」と返した勢津子ちゃん。
「うん、そう言った。112問の数学問題は日常現象を図形に変換して作ること。たった三日間で112問を集合することは無理ではないけれど、数学苦手とか数学問題を作る経験がないとか故に、来週の木曜日まで延長すれば宜しい。出題するのは難しくない。難しいのはその問題を満足させる解答の方。それは皆の同じお困りでありますね」と言った純彦君。
「だから数学部はどんな凄かったの分かり過ぎるじゃん。ルーレットの輪に百問を考え出したり折り紙と切り紙の見本を展示したりしたという、夏祭りで」と憧れる声で話した池澤君。「今度こそ純彦君と雅實ちゃん意外に数学部は初めに出し上げたでしょう」
「私達の入部の第一条件だからです。数学部に入る前に一つの問題を解答付き出すのが出来るかを小試験にして貰う通例がありますので、入った以上は誰もが出題と解決の技能を持ってます」と返した日向ちゃん。
「ひひっ、こういう風に話したら私はよそ者と違ってないでしょう」と私が言って皆からそっと笑いが聞こえた。
「だから何故純彦君は縁幸ちゃんじゃなくて雅實ちゃんを数学大会への相棒として選んだのか、よく討論してるんじゃない。縁幸ちゃんと仲良しではなきゃ雅實ちゃんは確実によそ者だと思われたんだ」と言った澁薙君。
「仲良しになる前に私達も激しく張り合う期間を過ごした、降恆ちゃんと同じ。スミヒコ君との勝負より激しいとは大袈裟じゃなかったよ。たまに縁幸ちゃんに『なんで数学部じゃなくて物理部に入ったの?』って問われ続け、そんな数学好きの女の子に『そろばんと黒板に張り付くより運動が常に出来るが危機がある仕事をやった方が良い』と答えたら受け入れて貰える訳?」
「だってよ。『数学を嘗めるつもり?』とあの時ずっと思ってた。君の初めの製品が見えて初めて気が変わったんだ。栗鼠や鼠が走る回し車みたいな発電機のことって」
「この30キログラムの鉄箱を持ってきた為だよ」と私が言って純彦君と『栗鼠輪檻』を机の下から持ち上げた。机に『ドーン』ってでかい音がした。そして、ガラス付き鉄の外殻のねじを緩め、その回し車の形の回転子と周囲に接触する固定子のコイルらを見せた。「物理部を除いたら、この内観を皆は初めて拝見してますね。交流電流を生成する仕組みは以降の物理企画に置いといて、皆もよく気付いたでしょう、球体の回転子は12個の円柱のコイルに接すると。もし充電器とか電線を構わずこの箱を縮んでこのコイルの輪にそっと触れるほどだったら、幾何学によくある円形と四角形の接触関係は図に出来るのです。物理をやっても数学を忘れてはならない訳さ」
「皆目を閉じてその縮みをちゃんと想像していけば気付きになれますよ。算額を作る人は早速図形を描いて大きさを付けておく訳ではなく、まずその図形がどう付き合うかを想像し、そして絵に出来るように整え、自分に法則を作るんです。日常現象に基づくのはただ加点だと思っております」と言った松山先生。「貴方達に算額の作り方をもっと理解して貰えるよう、ちなみに絲島君と渡邊君の四つの算額問題を教えさせて頂きます。栗園神社と荻秀寺から二人の絵馬を借りてはならないので、紙に描き直すしかありませんでした。松澤先生、お願いします」
「分かりました」、松澤先生が私と純彦君が9月の初期から提出した四つの算額問題を描いた四枚の紙を黒板に磁石で固定した。「全国少年数学大会の第二段は幾何学向けによって、算数向けの第一段を抜けた出場者は第二段に参る二ヶ月前、算額問題を地方の神社と寺院で作り奉納することは規則されてます。和算で一番似合う幾何学は算額でしかありませんね。但し、こっちの方の『鹿威しの平手』、『羽根付きの試合』、『竹に降り立つ雀』や『満杯し得ぬお風呂』と名付けた問題は古典的な算額に似てないと皆も気付きましたね」
「算額問題は別のお名前を付けたり運動を示したり滅多にしない、というもんですね。普段、単純な図形の絵、短い問題、奉納する場所の名、本人のお名前だけを」と声を掛けた倉崎さん。
「その通り。昔の人は単純さを大切にしてました。社会地位を分別する格式は人を束縛させるのはもう十分だし、和算と算額は逆にあんな扱いを徹底的に消してしまい、『相手に挑んだり、神様に自分の身に付けたものを見せたり』と決まったことです。然し、江戸幕府は崩壊され日本は産業革命に参加し帝国になった時、どうして和算と算額は衰退になってしまったのか?もしかして算木を縦か横かに並べるのは分かりにく過ぎてより遥かに分かりやすい洋算に劣ったでしょう?」
「んー、そうかもしれません、先生。洋算はアラビア数字とユークリッド幾何学をもとに数学を標準化して誰でも勉強出来るようになります。数字が増えるに従って画が増えたり形が変わったりする規則の代わりに、たった一画を曲げて数字に出来るんです」と挙げた廣瀬君。
「うん、それに演算もはっきり記号を付け左辺と右辺を分け一見だけでどちらの演算か分かりますね。一方、算額もユークリッドと同じ幾何学、変数をx、y、zに似てる『子』、『乙』、『丙』で使うのに、まだ衰えるのは何故だ」、松澤先生に次いで中心の質問に集中した松山先生。
「もしかして時代に追い付けないということですか?」、深本さんが挙げた。
「もっと明らかにして貰えますか、深本さん?どうして時代に追い付けないのですか?」と問い続けた松山先生。
「算額は江戸時代にだけ人気を博しましたね。あの時鎖国によって外国への貿易は非常に制限的になったし、西洋から産業革命の波は割と強く荒れてなかったし、随分平和な時代だったので、数学は一日を穏便に過ごすのに使われることだとあどけなく思われてて、算額を書いてたんです。明治時代は始まった時、西洋からの嵐に対応する為に数学と科学は富国強兵を目指して実用的に、標準的に、機械的にされました。一方、和算と算額は江戸時代の影に頼ったまま、洋算の機動的さに対して自分を更新せず、最近の若者達にもう注目されず、衰えがちは分かります」
松山先生が頷いた。「そういうことです。産業革命に参加した以上、学校で教える知識は機械を発展させに使われ、人を連鎖にする仕方ありません。機械の連鎖にならないように個性的にすることに。でもその個性は時代の流れに合わせるべきです。国々の数学は西洋の数学に勿論色褪せないところを持ってるんですけれど、西洋の簡単化や圧倒的な侵略に平気に勝てません。中國とインドは異議なしで数千年の壮大さ。日本は関隆和さんを初め和算。越南は梁世榮さんを初めより控え目。ただ暇を潰したり人を朝臣に昇進させたりする数学は巨大な機械を仕組む数学の相手ではない、という現実を受け入れて初めて、その個性が探せるんです」
大村教授が意見を挙げた。「実はね、我が国の教育は学歴を重んじてるんです。どうせ東亜の国ですし儒教の思想に深く影響されてしょうがありません、どんな時代に沿って発達しても。昔は朝廷や幕府に奉仕する人を選ぶ為、今は帝国政府に貢献する人を選ぶ為で本質的に同じです。だがこの時代の政府は西洋からの荒波に乗って日本を舵取り出来たことで、時代に追い付く証なんですね」
「でも代償は財閥に経済を支配され、血塗れの憲法改正を一回乗り越え、戦争を海外で引き起こし続けたことです」と返した常陸教授。
「九年前の憲法改正は出来なければ、全国数学大会とか『若原屋』とか色々な学術団体とかも存在しなかったからです。民衆の自力と自由を苦しいほど制御し捲るなら民衆を感情のない機械にしか変えません。人は機械ではないでしょう。人は皆同じ考案を絶賛する訳ありません。別々にお名前、視野を付け、意見を挙げると、社会と呼ばれるものになるんです」と松澤先生が言った。
「はい、先生方、算額のことにお戻りお願いします」と私が求めた。「要するに、算額は衰退の旅路から逃げ出す為に生き物みたいにお名前を身に付けないといけません。その名前は一つの算額問題の中の背景、事物、事象、そして短い物語をも紹介し、内接と外接関係など場面を繰り返してばかりではなくて動き出すように見えるぐらい描く。今年の数学大会の主催者はそう述べたのです。算額は絵馬の絵の一つであり、絵なら生々しくて独自で作家の根性を語るものだと思っております」
「ひひ、それは私の台詞だね」と揶揄って反応した久保ちゃん。「これまでは『算額主義』の意味は明らかにしてくれるでしょう」
「んー、そうかなー。『主義』と聞くと早速何か哲学のものを思い出しますね。英語にすれば『ism』という接尾語を中心の語に付けるだけで何かの思想論を表現出来る。人の名前にも付けることあります。そうすれば、『算額主義』は何を表現しますか?三つの選択肢を挙げます」、私が城木先生からの紙を黒板に付け、その紙の選択肢を読み上げた。「一、精神を満たすものは物質を満たすものに負けないよう、物質を果たせるものに変化して精神を最高に満たす本体になること。二、人の知恵は展示物みたいに溜め込まれるのではなく、植物の代謝如き外から学習を通して吸収され、外へと考案を通して放出されること。三、数学と科学は人間の認識に知識として纏められる故、時代の流れに進化するという人間の特徴を構わず本質が一定に保たれること。では皆、どっちは一番良いかお選び下さい」
これは私達と城木先生が夕べ三時間掛かって考え出した選択式問題だ。城木先生からの認識論の本を通して、私達は知識にとっての視野をどうか新たに客観的に変えた。「知識は世界への人間の認識の本質を持つ」という命題は初めに少し疑っていたが、澁薙君の言葉によって認めた。「人間は自分の生きる時代で進化を突破した唯一の生物で、人間が知ったものは全て人間の頭脳と感覚で感じて本に記入されたが、本当に人間が感じた通りかどうか問題がある」って。和算と算額自身も数学への認識の表現の一つで、時代に合わせに更新するかないかも数学を変える訳がないし、それで彼らも別のものに化けるなどない。認識は基本的に論理的に間違えてこそもう認識ではない。和算と算額はそんな間違えなんてないから認識らしさを保つのだ。それは三つ目の選択肢が述べるつもりだね。
然し、『算額主義』の本意でしょうか、確かに違う。先ほど知識の一側面をある新しい哲学の目線で考察して和算と算額は含まれるとしたよ。まだ算額に注目していないし、これは問題の罠に過ぎない。算額は認識の具体化はさておき、幾何学が環境から人の感覚に引き込まれ人の作品や文化として環境へ返されることの代表もである。建築、彫刻、折り紙、切り紙などと並んでも良い。絵馬を書くだけで文化的で美術的に十分だが、もう一歩進化して貰おうと私達が考えていた。富士河口湖での『攻撃・防御交替』ゲームを受け継ぎ、絵馬に描く数学問題を現実世界で動き出すように見える為になんとか『処理』すると。二つ目の選択肢は三つ目と一つ目を含むのが見えて、正解となる。
「お見事お見事、瑞江ちゃん。やはり数学と文学部の両方の星じゃないか」、私が若林ちゃんに褒めて堪らなかった。彼女は遠藤ちゃんと一緒に夏祭りの時折り紙の半分ぐらいを作り上げ、『紙芝居』や紙製の舞台を図案してきたのだ。
「有難う、雅實ちゃん。とにかくあたし達の考えによってその数学的文化を守って仕方ない。あの『卵の争奪戦』ゲームは松澤先生からの算額問題をもとに思い付いたそうだね。ということは、算額問題を現実世界に再生するのはこの企画の道標?」
「ひひっ、そりゃ御伽噺みたいに面白いね。『絵馬から飛べ!』という呪文聞こえたと、鳥肌立つほど奇妙な場面が見られるのは皆が唆ると分かっております。けれど、私達は蓄えておきます。町役場で引き札を描く頃に戻り、一枚のみならず数枚も描いたら如何でしょう?」
「もしかして問題に登場する場面の動きを一枚ずつ描き切るつもり?」と聞いた松本ちゃん。
「いいえ、それなら一問題毎に八枚、十枚、そして以上も描く恐れがあって勿体無いですよ。むしろ、四枚を描くことに致します。一枚毎に一役を担当して貰います」と純彦君が応え、黒板にその四つの役を書き上げた。初めに描くのは『背景絵』、第二は『仮設絵』、第三は『活動絵』、最後に第四は『期待絵』。「以上の四枚の絵は算額問題の四状態を表示します。背景は問題に登場する対象を紹介し、『何をする気か?』を描く。仮設は問題の包括的な行為を再現。活動は問題が述べた最後までの行為を再現して分析。更に、期待は問題が正解を求める場面を」
「つまり問題を登場事物ずつ分析して紙に描くの?」、長谷川ちゃんが聞いた。
「そう見れば良いかも。問題を出す前にまずどんな問題を出したいか、どんな事物を現そうとするか、どんな状況を選ぶか考えます。それぞれを考えて描いてみてから組み立てると『背景絵』になります。次に、問題が重要にした行為を『仮設』いわゆる『提案状況』にして描きます。羽根付きの試合なら羽根付き。鹿威しなら徐々に両方の筒を通って水を汲み上げる。大体じゃ。主行為はあったといったら、問題の内容の最後までどう変化したのかを図形に表します。物体の大きさや物体らの定量的関係は活動の調子を保つことに」
篠崎君が手を挙げた。「っていうことは、活動のやつは純粋図形版を通過しても宜しい?」
「宜しいぞ。活動の様子毎に図を描くのもより効率良く、解答を探すのも速く。その解答は『期待絵』へと導きます。つまり、『期待絵』が出来る前に出題人は先に答えを出さなければいけません」
「なるほど。算額は問題と解答を同時に絵馬に持つんですね。解き方に集中するなら『仮設』から『結論』へとの過程を一番注意しますと」
「その通りです、和久井教授。だからうちの仲間に一人二問を任せた訳ですし。算額と付き合うのは簡単じゃないことなので、本日より次の五日は真面目な試練ですよ。では、皆は質問がまだあります?」
若林ちゃんが質問した。「純彦君、こうやったらゲームにする可能ですか?もし大勢の人に普及したら、紙は絵馬を引き換えるかどうか?」
「そうですね。算額は宗教以外に、娯楽の為に作られますし、誰かの頭脳を試すべく遊びにしたら期待出来るんですよ。でもこの四枚の紙をどうやって遊びにして数学を気に入らない人にも届けるでしょうか?皆のご意見を聞きたい」
桐谷ちゃんが挙げた。「算額の選集を製本したら?112問を手に入れて古典的な算額を追加して、算額の古典版と革新版を区別して、その後、塗料と筆を道具組に纏めれば良いと思うの。選集と道具組を販売していく」
「んー、一つの良い意見ですね。他のご意見は?」
吉岡君が挙げた。「ゲームの作り方の本を添付したらどうだ?欲しい人にその道具組が届いたら、彼らが考案した算額問題から派生し、ルールを作り、一貫性を守り、彼らに自分の仲間を誘って一緒に遊んで貰うというもんだ」
「そりゃちょっと理想的だけどとても良いぞ。遊びというと、なんか大規模の活動とか暇潰しの活動を思い出す常識があるけれど、日常生活の行為も、動物の本能的な行為も、何かに取り組む行為も、ゲーム思考がある限り面白い遊びになります。買う人にゲーム会場やルールを予め見せるのは経済的に物流的に不可能なので、彼ら自身に案内に沿って考えて貰った方がましです。例えば、正月に餅を突くといえば、一時間以内でどっちが先に50個出来上がるかを勝負していくのは遊びです」
「わー、滅茶苦茶良いじゃん。古典的な算額とすれば、多分球を互いに渡したり問題の図形に配陣したりするんだね」、日向ちゃんが言った。
「その通り。算額は古典的も革新的も同じゲーム思考を巡るんです。では、本日の討論会は終わり。皆はまだ苦悩があったら私達と数学部にご相談下さい。智埼君と久保君、塗料と筆を用意して。稔君、紙の複数生産頼むぞ」
智埼ちゃん、久保ちゃんと吉岡君が一斉「了解」と応えた。そのうち、智埼ちゃんも言った。「ムラマサちゃん、純彦君、 あんた達もちゃんとゲーム思考の指南書を編纂してね。そりゃ大事な部分や」




