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日本の定理・下巻  作者: 泉川復跡
【『算額主義』編】第廿章。黒蛙、青蛙、白蛙
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20.2.「闇を買わず、空に仰ぎ、炎を煽り、幸せを浴びる」

「お待たせ致しました。被根橋南部風水牛カレーです」、出来立てのカレーの鍋を城木先生が卓に置いて皆に知らせた。湯気がほかほかと立っている、鍋だけでなく焼く部分や蒸す部分もから。

「こっちも出来上がりましたよ。皆来て来て。アルミ箔で包み込み海産蒸しです」、加藤君も自分の着想を叶える料理で皆を誘った。

「おい、僕達の焼き物を忘れんな。鶏肉・ピーマン・玉葱・茄子の串刺しやデザートの焼き芋だぞ」、池澤君も負けず品を紹介して見せた。

「ひひっ、懐かしんでるわ、屋台の雰囲気。もし君達にお金を払った以上、激しい販売の競争が始まっちまう」と私が言った。

「ただ屋台はこんなに狭い訳ないでしょう、雅實さん。山小屋ぐらい大きいらしいよ」、倉崎さんも側に来て言った。

「でもこっちの方が管理しやすいです」、吉岡君が応えた。その後、彼が皆を屋台の販売の時と同じ命じた。「皆順番守って。カレーと海産蒸しを掬う陶盤や串刺しを置く紙皿を今からあげる」

 降恆ちゃんが聞いた。「ちょっと失礼だけど、笠人君が平気に噛めるように緩く出来たの?」

 城木先生が返事した。「安心して。ある程度で出来たら皆が素手で触れて調べたんです。松澤先生も肉を一個取り上げ緩みを試しました」

「顎があまり動かずに溶けるぐらい煮込んでるよ。ご飯も雑炊になりそうに炊いたし」と肯定した松澤先生。

「こりゃひょっとしてお前達の青木ヶ原の旅を味わせるつもりじゃん」、廣瀬君がそっと笑って声を掛けた。「あの森の寒さと厳しさに耐える為にお前達も雑炊とか野戦風に食べてたろ」

「青木ヶ原のことはお前らに教え切ってないんだ。さっ、お腹ぺこぺこだ。飯を配って」と純彦君が促した。木下君と橘君、彼自身、日向ちゃん、私、そして智埼ちゃん達の素晴らしい披露は皆のお腹を一旦と緩め興奮の士気を一途汲み上げていた。その士気が切れたと、元の縮まりに戻したよ。まずはラッシュナトゥールの煙髪人(けむりがみじん)の石炭みたいな水牛肉を煮込んだ海軍カレー。次では、玉葱、コエンドロ、生姜と醤油に掛かってアルミ箔の風呂敷にきちんと包まれた鯛、はまぐり、海老やしらす。更に、胡麻を撒いた鶏肉の串刺しは吉岡家の紙皿に出してきた。

「頂きます」と一斉言って砂浜での夕食を始めた。被根橋の水牛肉やアルミ箔の蒸し物は必然的にこの夕食の注目を浴びた。水牛肉の石炭らしく粗い見た目の裏に隠れたのは、桃色に目立つ筋の束が誰かに結ぶ紐を解けられてのろりと曲がったかのように緩んで出汁にきらりと見られたものだ。密集な汗腺によって肉に見事な湿度が維持出来て一週間の保存でも非常に遅く乾く。カヴァリリー(Chavalily)こと樺凛(かばりり)市を初め、被根橋の南部の住民は蓋付きの壺を作り、洗浄された肉を入れ、真空まで壺の中の空気を全部摘出し、もう一層の粘土を壺に囲い込んだら涼しい部屋で保管する風習があった、と城木先生が述べた。真空を引く道具は初代産業革命の頃に子供達のストローゲームから起源してポンプに発明された。あのゲームで子供達は錦蛇ぐらい長いゴム管を吸って果物のジュースを曲がりくねる停を超えて自分の口まで流そうとするルールだった。勿論、一人でゲームをすれば窒息で死んじまうから、最低でも三人が必要だ。先の仲間を援助しに一本の短い管を付加して綱引きみたいに吸うことだ。

「あっ、忘れるところだった。橙と葡萄と西瓜のジュースを持ってきたのに」、山田(やまだ)君がふと思い出して自分の箱や澁薙君の鞄からまだ出していない四杯の一升瓶を卓に置き26個のコップに注いだ。それらのコップは男達全員が家から持って行ったのに、なんとか忘れちまった。

「お前のせいだろ。先生達も。なんて素敵な新料理を紹介してくれたとは」、吉岡君が加藤君と先生達に褒めっぽい文句を言った。

「こう褒めてくれて嬉しいわ」と快く応えた加藤君。先生達もそう微笑んで、三つの果物を絞って混ぜ合わせたジュースに好奇心を見せた。

「はい。どうぞどうぞ。うちの芸術家が披露してから出したら良かった。ちゃんと3分の1で混ぜたので甘酸っぱさや葡萄の酒っぽさが埋め合わせれると望んでます」、山田君がコップを盆に置き給仕みたいに皆に運んだ。

「んー、快適ー。山口さんの組の保健室で休んだ時と同じ、松兼さんの厨房で倒れたのち。確か、人参を混ぜたもんですね」、倉崎さんが啜ってから言った。「電解質はずっと覚えてます」

「ありゃ堺君の出来たものじゃ。調合といえば彼が自信に強い。ただあの時僕とナギちゃんのレシピを見習ってお姉さんにあげたのが珍しいことでした」と言った降恆ちゃん。

「誰でも誰かを見習うんだもん。伊波照君のことを僕が見習ってる。親父にちっちゃい頃から押し付けられた医療で何か興味を持たせる為に、僕が調合を復習してる訳だ」と言い続けた山田君。彼のお父さんは小田原中央病院の熟練者医師だから、唯一の息子に頗る期待している。

「ははっ、だったら日澤ちゃんと橘君をも見習えば?調合ならお茶とお酒を絶対見逃せないぜ。あっ、加藤君も」、木下君が揶揄いそうな声を掛けて助言をあげた。

 山田君が応えた。「そりゃ多過ぎだろ。両校の化学部の皆の名を覚えるだけで大変だ。それに絲島家の醸造も。けれど小田原では絲島家がお酒を運営するたった一つの家族じゃないっしょ」

「当たり前だ。専売権を持ったら詰まんねえ。芹ヶ谷(せりがや)家、木桁(きけた)家、磯貝(いそがい)家、山下(やました)家や宮澤(みやざわ)家だ。特に芹ヶ谷家と山下家は富士山が噴火した頃から初めに難民に米を支援して活躍し始め、米販売から米発酵に転換したんだ」と言った純彦君。

 深本さんが思い付いた。「そういえば、渡邊ちゃんの家の前にはお菓子屋ですね。宮原(みやはら)家の老けたご夫妻さんだけが司ってるらしい。もしかしてお二人の子供達が上京して新生活を?」

「はい。お爺さんとお婆さんはもう60代だから、子供は少なくとも大学を卒業したのです」、私が応えたら、詳しく説明した。長子おじさんはお菓子屋を親と四年営んでたけど、日清戦争で入隊して平壌の丘で亡くなっちまいました。おじさんを失った苦しみを五年掛かって癒した上で、一家が松本町からこの海際の田舎に引っ越しして事業を再開しました。一家のいとこは漁船造りで発達して土地を余裕に三つ購入したほどです。山地からの身内を迎えるとは最高な仕方ですね」

 倉崎さんが言った。「へー、身内の為に土地を買ったね。多分あの五年で彼らが宮原家に連絡を維持して代理人として貴方の自宅の前の土地を取り扱ってた。長子といえばもう幾つかの子供もいたでしょう」

「はい。長男を次いで次男は北京で義和團を制圧しに調達されました。お婆さんがいかに必死に反対してもやむを得ず二つ目の息子に命を懸けさせました。彼が無事に帰ってきて幸いでした。今彼は深川區に移住して結婚して時々本所區に住むお兄さんの寡に世話をしてるそうです。残りは法律を勉強して弁護士に身を投じたがる末男や、家族の複雑な製作の面倒にまだ若過ぎな末女さんです。末女さんは銀座の洋菓子店に実習して自分の家族のお菓子に新しいレシピを作ろうとしてるのです」

「末女と言われたけど、あたしの同い年ぐらいですね、彼女は。彼女のお名前は知ってますか?」と聞いた深本さん。

「祥苗(さちなえ)さんです。夏祭りの時幸苗さんは宮原家の代理で家族のお菓子を提供したり、笠人君のデザートの屋台に手伝ったりしてくれてたのです。お爺さんとお婆さんは残念ながら体調不良によって参加の招待を受け入れなかったけれど、祭に製作の進捗を保証してくれて凄かったです」

 笠人君が声を上げた。「君のお母さんと須藤(すどう)さんの助けだったじゃないか、実は。清三茅おばさんはとてもよく宮原家に訪問するし、須藤さんは宮原家の一番の助手だし、丈夫な体調でお年寄りに力を貸して効き目を高めたんだ」

「ひひっ、良い隣人がいて良かったでしょう」と私が微笑んで応えた。「宮原家が開店した後に、私とチサトちゃんとナギ君を惹きつけて毎日買いに行かせて体重が増えたほどだ。更に、2組と3組にも紹介して糖尿症を受けるところだったよ」

 智埼ちゃんが笑ったまま言った。「ったく、信州のおやき、味噌パン、栗羊羹はこの湘南の田舎に紹介されたなんて食欲を唆るに決まっとるやん。でもまー、祥苗さんが銀座に働いてから新しいレシピが出てきいひんでん。毎日毎日特有のレシピを繰り返して人が少なく買っとる」

「でも前より良くなってるんだ。夏祭りの際に祥苗さんが半月の休業を許可されて帰省して俺達の屋台に手伝っただろ。洋菓子店で働く経験で新しいレシピを考え出したよ。明日とか明後日君達試してみて良いわ」、笠人君が言った。

 私が頷いて返した。「うん、試してみる。宮原家のお菓子を買わなくて半年間だ」

 松澤先生が誇らしく言った。「僕達の引き札配りの努力だね。東京と横濱の警察に許可されてから、銀座、浅草、日本橋、東京駅、横濱駅などで君達の夏祭りを広告してて、倉崎君と祥苗さんに届けて今の結果に出来たの」

「へへっ、広告が上手く行ったというと組に文系の人が大事ですよ。森坂先生と葛城(かつらぎ)先生のお陰様です」と返した降恆ちゃん。

「んー、そうだね。国語先生がいた場合、僕達は唾をかなり節約出来る。自分が何を伝えようとするか彷徨えば何も伝えられないな」

「『んー』ってちょっと余計だぞ、宇津。国語の作文の技能を身に付けたら、貴方達は企画に迷い込まない訳ですね。日記はずっと毎日書いてます?」、城木先生が森坂先生の代理で言った。

 純彦君が答えた。「はい、毎晩毎晩。平均一時間、一時間半何かを日記に記して初めて布団に入るんです。一行とか一文しか書かないことは絶対許さないという規律を守らないといけません」

「一段落さえもあかん。一日中で沢山なことがあったのにあんな短く書くなんて可笑しくないかと整うことです」と加えた智埼ちゃん。

 城木先生が同意した。「そうそう。私の科学者仲間の間ではある言葉が伝わりました。『今日を省みない方は明日を何も考えない。昨日を惜しむ方は必ず未来を愛しむ。世界の保存則はこうして仕組める』という。何か古びたとも何か改めたとも頭で覚えるだけでなく、紙に書き出して良いところと悪いところを第三者として評価する。最初には絶対気持ち良くないでしょう、貴方達は」

「当たり前です。森坂先生は私達に『姉上』と揶揄われても構わないけど、国語授業になったと非常に厳しい先生です。以前、私達の文章レベルは中級でましだとは言え、森坂先生は上級に上達にさせるように特訓を授けてました。慣用句とか諺とか比喩とかを中毒ほどあまり使わず、日常でいつも使う言葉を使って良い文章を書くのは先生の思想です。日記で毎日を書き文章を『個人化』するのは先生の一番の教え。森先生、桶口先生、緋黄年の榊廣(さかきひろめ)先生みたい書くには派手さを控えるとも教えたのです」

 松本ちゃんが述べた。「私の文章を提出した頃、君達が『素敵な文章だよ』と褒めてたのに、受けたら62点だけだった。先生の採点に違和感な言葉、曖昧な表現と使われた慣用句、終止符と読点を付けることを注意したよ」

「一つの終止符が来るのを長く待たせて読点がばらばら散る段落は先生が嫌いだからさ。飾り立て過ぎな表現も先生が斜線を付けてしまう」と言った高橋ちゃん。

「段落は一頁も長くても良いけど、終止符が少ないとは読み手を虐待するも同然じゃ。実は国語教師なら皆がそう採点する。僕達の葛城先生は森坂先生より優しく採点するけれど、赤い字が生徒の文章にみっちり書かれてる。過ちを注意する同じところ以外、森坂先生は赤い質問を過ちの隣に書いて生徒達に自分で過ちを直させる一方、葛城先生はまともに直し方を指導するもんだ」と言った吉岡君。

「今まで君達誰もが90点に達してないのはその為だね。森坂先生自身も生徒達に凄い点とか満点とかを取って貰うのを求めない。国語を点数の為に勉強するくらいなら、むしろ数学や理科で自分の心を表現した方がましだ、と先生が述べてきた」、松澤先生が伝えた。担任の転換から森坂先生と一番話し合っているし、松澤先生は森坂先生の毎日の謎めいた笑顔を見たら分かっている。

 城木先生が言った。「ただ結局貴方達は数学と理科に自分の魂を捧げるとはね。なのに、国語を逃しては無理。私達の時代の哲学者マウリオン(Maurion)・ドログラステス(Drograstes)はこう言ってます。『宇宙には感情なんてない。万物を産み、命を齎し、そして滅ぼすのは毎日の退屈な仕事みたいな仕組みである。が皮肉に、宇宙に生まれたある生物は進化の果てに自我を持ち、思考、思想、宗教を全て創り上げた自らの歯車を。吾輩は親方様の下した命をお返しし、自らの下す命を次の世でも生き続ける、とその生物が宣うのだった』という。無感情なものに感情を加えるのは力です」

「だから繋がり合うべきですね、理科と社会は。孤独な更地で一軒の家を建てたり、一本の木を植えたりするのと同じ」と感想した澁薙君。

「でも思い返すと、あの哲学者の言葉を悪用して自分の思想を正しそうに見えるように歪める人間が多いと思ってます。『人間は最強の生物である』とか『どうせ宇宙に逆らう訳がないから、宇宙に支配されるより自分と他人の命を支配して死のう』とか『天に神がいないといったら人間は神になる』って思想を抱える過激派の人間が必ずいます。『花火團』と倉崎さんが向かい合ってるのはそういう人間なんじゃありませんか」と意見を挙げた松本ちゃん。さすが白濱の文学部の主将。

「それも私が言いたい課題です。当時ドログラステスさんの哲学は無神論、虚無主義、暴乱と不安定を提唱する視野などだと批判されてたんです。彼は弾眼球人(だんがんきゅうじん)でしたし。あの時弾眼球人は三つもの大戦争を起こしたせいに、他の種族の反感を深刻に買ってしまい、あの種族から生まれた頭の良い人の考えに良いところが見つかりませんでした。反面、ドログラステスさんは農耕にしか頼らず生きる貧乏な家族から出世し、二つの戦争で入隊し、自分の中隊が全滅されたのを目撃し、指を四本失い、戦争の残酷さを胸に銘じたんです」と返事した城木先生。

「凄えー。ってことは、彼が伝えた『宇宙』とはあの星塗れの暗闇だけでなく、戦争に飢える政権もですね」、笠人君が言った。「ある最高な目標を目指して国民を出産して教育してそして死なせるのはそういう政権がずっと執行するんだもん。感情は無駄で、邪魔なもの」

「そういうこと。無感情なものに感情を加えるのは本質的に抵抗の行為です。今日本にはある勢力は裏から黒幕として表の社会を響いてます。恐らく日本に留まらず全球にも。勿論、帝国達とか私と宇津の共同体とかを示してません」

「はい、国際的組織だとしたらとんでもなく色んなことを考慮すべきです。但し、この地球を機械みたいに好きに支配したいのは凄く多い組織が存在してます。帝国、東インド会社、西インド会社、そして秘密結社。私達は大した組織も秘密結社もではなく公に活動する団体だけど、自分の歯車を築き上げたい望みからこそ彼奴らに襲われてたのです。日本の定理はさすが解き方が難解過ぎ」

「だから定理は数学のものだ。定理は証明を要しない公理を基礎に、『もし』という問題を骨材に、様々な補題を柱にして証明される。国の定理は別に国の人が決めるから、補題の数量が凄く大きいよ。無限までもある。永遠に証明するのが出来ない恐れが」と言った松澤先生。

「私も予想出来てます、先生。人間自身が決める定理なら宇宙が決める定理に比較出来ません。法則みたいな定理は何度もの取り替えを乗り越えることで、再帰を果たします」と私が感想した。

「ったく、発明家より数学者に見えてるぞ、雅實君」と感嘆した純彦君。「とにかく俺達は公理をもう一つ手に入れただろ。『若原屋』」

 澁薙君もどたばた言い加えた。「というより最初の補題じゃん。公理とは証明を要しない表現であり、僕達の家や学校が相応しいものだ」

「そうそう。私達の二つ目の補題は青木ヶ原の旅と、皆に見せた写真集の中のゲームだ。これからは三つ目だね。明日は大学の学長先生と打ち合わせる予定なんで、まず何か新しい顔面をこの企画に」

 高橋ちゃんが考案した。「んー、『花火團』に固定的な標語を作れば?今までまだはっきりなものを持ってないでしょう」

 私がふと思い出してちょっと惜しんだ。「そ、そうだね。『楽しみを共有し、魂の道路を歩き出す』という標語は夏祭りの為に作っただけだから。もう三ヶ月以上に設立したのに標語を編み出してないなんて信じられないね」

「じゃあ標語をこの風に作ったら?俺達の六色、それとも俺達の『日本の定理に対する考え』をもとに」と声を掛けた純彦君。

「んー、私達の内部に限るなら『花火團』の本意を全部伝えない恐れがあるよ。厳密にいうと、私達六人は親友の団体だけじゃなく、両校のクラブの頭取の集まりもだ。5年2組も5年3組も私達の親友だから。夏祭りの為の町役場での会議でも皆の閲覧によって発想を修正して通過出来たのさ。私達の意思を皆に押し付ければこれまで上手く行けるか分かんない」

「じゃあ君の『再帰』という視野にしたら?」と言った長谷川ちゃん。「『再帰』っては今の日本語辞典に載ってないのに、松澤先生の授業によってよく分かってる。君達がまだ山梨県で休養してる間、先生は三匹の蛙の問題で『再帰』を紹介してくれたのだ。『蛙は色を変えるが、いかにも元に帰る』って一番覚えてる」

「ひひっ、同音語はあって良かった」と言った日向ちゃん。「この問題を今更『花火團』に教えるわ。三匹の緑の蛙は兄弟のように一家に住んで社会に順序に出る。一番目に出る奴は経験もないし社会に簡単にぶっ飛ばされ、肌に緑から黒へと化けた。二番目に出る奴は一番目から経験を見習って社会に同じぶっ飛ばされたが立ち上がって争い、肌に青に変わった。最後に出る奴は二つの先輩に一つずつ教わったので社会にもうぶっ飛ばされず穏便に暮らして平和な生活が出来、肌を真っ白くした。が要するに三匹の蛙は社会に出た故に、自分の肌の色を一回だけ変えることはなかった。互いに支えたり見習ったりし、活躍した度に肌の色が明るく、失敗した度に暗く変わる。こうして、少なくとも何度目まで三匹が全部白になるか求めなさい、という」

「やはり皆は分かってるって」、私が嬉しく反応した。「城木先生の家で赤外線眼鏡を作る間、先生達がプログラムを展開してる為休憩する私は応用数学本『再帰と輪廻』を読んでた。そういう本は原版と日本語版があったんで平気だ。『再帰とは関数を定義して関数の同等版に繰り返して問題を解く方法』というか、『仏教の輪廻と数学の再帰は基本的にループいわゆる輪をまたもう一回回す同じところ』というか、こうやってもう一つの知識を備えた」

「君は仏教徒だから、変なことに輪廻など仏教の要素が付いたら注目する」、高橋ちゃんが言った。「知ったことないものに知ったことあるものが関係すればより早く納得出来る訳だ。『カエル』って駄洒落もそういうもんだ」

 純彦君が意見を挙げた。「あのさ、あの蛙の問題にはまだ何が足りてないね。三番目の蛙は社会に出たら一生白い訳ではないんじゃない。踏み外して黒くなる可能性もある。一番目と二番目の場面も同じ。経験を持てば必ず活躍するとは限らない。先に行った奴の轍を踏むことある」

 松澤先生が指を鳴らして頷いた。「その通り。問題の内容をそのまましたら再帰の法則を見付けるどころか、確率の罠に落ちて最悪だ。先週の授業であの問題を黒板に乗せたのち、『経験』というたった一つの糸口を送った。日向君、あの日の思い付きは覚えてる?」

「えーと、活躍するか失敗するかも経験を獲得出来るという訳です。経験によって黒になる可能性を非常に下げます。緑を1、黒を0、青を2、白を3とすれば、活躍した度に明るくしたり失敗した度に暗くしたりという場面では足し算と引き算だけです」

 私が言い加えた。「そう。これから再帰の関数を展開する。三匹の蛙の色の状態を一組に入れてnを回数としたら、と付ける一般の変数だ。目的(3、3、3)に届くまでもう一歩を進む。f(H_n, n) = f(H_(n - 1), n - 1)だという。届けばnを獲得」

「うんうん。あの時先生が大事な条件を与えた。全三匹の蛙はそれぞれ黒になるたった一回を経験するように。(1、1、1)は彼奴らの元の状態とすると、 社会に出る一回目は(0、2、3)となる、問題の言う通り。三匹が互いに支えたり学んだりする故に、一番目は二つの後輩を支えたら自分に経験を得たので(2、2、3)。三番目はいつも白いとは限らないし、想定外な危機が来た時先輩の轍を踏んで(2、2、0)。二つの先輩は助けに行くけど、一番目はただ2を守り、新しい経験のない三番目はつい二番目の足を引っ張って(2、0、0)。一番目は先駆者で社会に一番ぶっ飛ばされたから、黒くなるのを二度とやらかさない。彼奴は二つの後輩を危機を渡らせて(2、2、2)。次は君の番だ」

「えっ、いきなりね。えーと、(2、2、2)だとしたら3に辿る三匹共の機会は分け合ってる。但し、経験量というと最初に社会に出た奴はきっと一番受け取る。彼奴は初めに通過して(3、2、2)。次いでは二つの後輩でとうとう(3、3、3)だ。答えは7」

 挿絵(By みてみん)

「正解」と唱えた松澤先生。「もしあの条件を与えなければ答えは3だったが、実際的には正しくない。浮きあり沈みもあり。社会は紛れが想定出来ないそういうものだし、特に井の中に住んでる蛙達にとって連続の大波と同じもんだ」

「どうりで問題は蛙を巡って私達を試しましたね」と言った高橋ちゃん。「社会に出た以上、1にもう戻れないことに。何故なら1に戻ったと蛙は社会を井の中の頃のまま見る。雅實ちゃん、標語を思い付いたの?」

「うん、これが良いかも。蛙は実は二つの読み方があって、『かえる』と『かわず』という。こうやって言葉遊びはもっと面白くなってるよ。『かわず』といったら、最初からたった『買わず』というやつは閃いた。三匹の蛙の問題に関連すると黒、青と白を中心に、まともに色を言わずに色が代表とするイメージを考えてる。黒なら暗闇、青なら空、白なら幸せ。特には、空は青ばかりではなく、太陽、月、星の明かりに照らされるし、幸せは誰でも命を和やかに楽しみに目指すものだし。スミヒコ君はどう思う?」

「んー、白は幸せの代表かね。清楚のではない。あっ、そうだ。社会の色んなことに取り組んでから心が静まる。最早白色光の原理だ」

「そう。白色光は全ての色を組み合わせる。プリズムに分散されてから虹の七色に分かる・・・これでよしと。『闇を買わず、空に仰ぎ、炎を煽り、幸せを浴びる』って、如何でしょう?」

智埼ちゃんが反応した。「へー、『闇を買わず』ってか。『自ら暗闇に駆け込んで悪さに滲てはならない』っちゅうこと?」

「うん。『買う』という動詞は人の心を示す言葉に付くこともある。こうやってあの組織のライバルという名乗りに相応しいのじゃ」

「そうだね。『信頼』、『恨み』、『反感』、『顰蹙(ひんしゅく)』などは『買う』に付いたら『自分に何か相手の感情を受ける』という意味だ」

「そういうこと、松本ちゃん。数千度の日光は地球に明かりや熱を同時に与えて、気圏がなかったら煉獄みたいだった。だから炎は最適な比喩。何かをやるならやりたい意地を持つ。鉛を黄金に練るらしい」

 降恆ちゃんが微笑んで言った。「ひひっ、黄金に練るどころか、君は十字架に縛られて火に燃えちゃうよ」

「私は魔女だぞ。お前のことを蛙に変えるんだ」、私が楽しく返し、立ち上がり一本の箸を降恆ちゃんに振って魔法使いの勢いを真似た。

 皆はすっきり笑ってきていた。綾瀬ちゃんがその時言った。「どうかにしても幸せへ帰るんじゃない?『黒蛙(くろかわず)(黒を買わず)、青蛙(あおがえる)(青に変える)、白蛙(しろかえる)(白に帰る)』というのはこれから完成だ」

「おっ、この駄洒落は好きだぜ。『青』に当たって『か』の濁音を使って良い」と感嘆した池澤君。

「どうもどうも、敏志(さとし)君。『花火團』の『卵の穴の争奪戦のゲーム』からといって、もうしばらく日常生活を数学化するつもり?」

「うん、そのつもりだ、富貴子ちゃん」と私が返した。「スミヒコ君は記者達に次の企画に師範力を試して貰うと答えた。数学大会が迫ってるんで、数学を急速に練習するには、自分の数学知識を人に伝えるより効果的な方法がない。算額は日常の現象を数学問題にする一番便利なものだ。例えば、通りの幅、自転車の車輪、鳥の飛行、石の転がりの速さ」

「じゃあ『算額主義』はこの企画の名としない?無感情なものに感情を加えるのは力。精神のない数学に算額の絵馬は一杯の精神を」、純彦君がやはり首領の意地を見せて言った。

 私が呼び出した。「そりゃ滅茶苦茶良い。何も数学問題に出来るって発言するじゃん。ねっねー、皆?」

「とても地味な『夏祭り』から、哲学らしさが一杯な『樹海の近道』と『算額主義』へと。僕達の企画は企画らしくなくて小説みたい」

「ひひっ、だから面白くなるの、降恆ちゃん。もっと面白くなるとは、日澤家、松山家と長谷川家のファッションデザイナーに改めて宜しくお願いしまーす。星空と花火模様の法被に似て素敵な制服を縫う調子を守って下さい」

「あらっ、また来たね、『熱血の女王』。あんたのことをまた印象付けるから」と自信満々返事した松山ちゃん。

「これから校長先生と相談する覚悟が出来るだろ。倉崎姉さんも企画の為に気合を入れておいて下さい」と言った笠人君。

「うん、これからも宜しくお願いします。もう白濱中学校の制服を着て貴方達と同じ同級生だと感じてますから」、倉崎さんがその懐かしい気持ちを五年ぶり掻き立てるべく返事した。

「厚喜君から聞いて、女性向け中学制度を卒業してなかったそうだね、倉崎君。だからその船乗りの制服をまだ返してたくない気が」

「はい、松澤先生。苫賀井中学4年の第二期で中退して借金返済に縫製工場で働いてましたので」

「あーやれやれー。君のことを白濱中学生にする理由は増えたな。歳が問題ではない。ただ中学4年目すら通過してない故に、入学させたら5年3組に入れない恐れがある。柳川校長との話し合いが必要だと」

「大丈夫ですよ、先生。姉さんは白濱の学生にならなくても良い。その代わりに、『若原屋』の初めての学生になります。『算額主義』は『若原屋』の新しい役割を試験する第一の企画です。今からあの契約書をちゃんと使った方が」と私が声を掛けた。

「あー、『若原屋』は今両校の財産だから。よしっ、『算額主義』は活躍出来ますように、と皆で祈願しよう」

「ひひっ、数学教師はやる気満々ですね。また緊張してますよ。『算額主義』は本当の主義になりますように」と賛同した城木先生。

 こうして私達はこの砂浜の上に全員手を拝み、目を瞑り、一斉祈願を唱えた、教団みたいに。色んなことをやらなければならない明日を楽しみにしているなー。晩餐はもう終わり、26人の歌声と歓声は共時的になって下の砂を揺らすほど共鳴しちまった。久保(くぼ)ちゃんと遠藤(えんどう)ちゃん達は可哀想だった。学級を丸ごと連れて行くのが出来ないし、代表の十人を籤引きで選んだが脱落しちまい、お家に帰ることになった。でもより楽しくて面白いことが次の日々で待っているから、惜しんだらまだ早い。

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