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日本の定理・下巻  作者: 泉川復跡
【『算額主義』編】第廿章。黒蛙、青蛙、白蛙
10/16

20.1. 泡沫、並木に住む小人、緋黄年藝團

「同(おな)じく言葉(ことば)を伺(うかが)うとは幾度(いくど)もでございますわ。親方(おやかた)はお酒(さけ)に夢中(むちゅう)、あたしは踊(おど)りに酩酊(めいてい)」、木下君が女らしく作り声をし、歌舞伎の女形みたいに動きをゆっくり操っていた。

 橘君も素早く酔っ払ったような姿に変わり、応答の句を唄った。「儂(わし)の誠(まこと)なお心(こころ)はご信頼(しんらい)なさらぬか?神酒(みき)は如何(いか)に儂(わし)の喉(のど)を温(あたた)めたらも、貴方(あなた)の舞(ま)う姿(すがた)は、儂(わし)の魂(たま)を慰(なぐさ)めておるんだ」

「それは、あたしが身(み)を控(ひか)えずに済(す)ませぬ。八方美人(はっぽうびじん)故(ゆえ)に、誰(た)が為(ため)に舞(ま)い続(つづ)けては駄目(だめ)です。あたしは招(まね)き猫(ねこ)でございません。今宵(こよい)を最後(さいご)まで踊(おど)りまほし」、木下君が舞妓さんの優しい拒否を再現し、体を最初にうずくまり、そして咲く花のように引っ張り、一周回転して見せた。

 八田蜜組は全員詰襟を脱ぎ白いシャツの裾をズボンに入れたままの格好だ。もうただの踊りではなく、歌舞伎らしい寸劇にはっきりと見えた。堤防の階段を下りて自転車を運ぶ間、純彦君が監督と澁薙君が演奏者を担当する小さな出演を倉崎さんと深本さんと一緒に見ていた。わざと大声で唄っているとは自分の場所を白濱組に教えようとしたらしい。私達の自転車が砂の平面にまだ触っていない限り、誰もいないふりをして舞妓さんの役が倒れる動きまで踊り続けたよ。

「お腹痛いじゃ。坊主頭の二人共が舞妓様とお客様を演じるなんて。面白ーい」、皆の大爆笑で私が拍手しながら声を掛けた。

「勝(まさる)君がもう扇子を持ったら完璧だったじゃん。今度は鬘(かつら)被ってきな」と日向ちゃんが木下君に感想した。

 澁薙君が立ち上がってギターを片手で持ちながら返事した。「なら此奴の顔を真っ白にして唇を梅干しみたいに赤めるだろう。振袖を着たら男だと誰も気付かないに決まってる。期待してるよ、物理部の木下勝」

 木下君が喜ばしく笑って応えた。「はははっ、どうもどうも。女方を担うおじさん達にまだまだ勉強しなくてはならんぞ。声を真似るとは喉頭の振動を整理するも同然だろ」

 私も喉頭に当たる首の部分に指を押して男の声を作ろうとした。「論理的にはそうだけど、 男の声は瞬間的に女の声に変化したら誰かに股を蹴られた後みたいじゃない?声真似は女の方が有利だ」

「だから練習の時間を費やすのは男の方だ」と即返事した木下君。「あっ、あのな、三年前の交流会への稽古はまだ覚えてるね」

 そのとんでもないことを木下君が思い出させたとは私が笑いを抑えながら言った。「あの事故は滅茶苦茶だったでしょう。もう少し強く振ったら病院に連れて行かれたどころか、あれがもう使えず中國の宦官みたいになっちまったの」

 倉崎さんが好奇に聞いた。「へっ?まさか途中で刀を彼の股に」

「刀じゃなくて木刀でした。あの時は八田蜜と白濱の交流会に準備してたし、両校のクラブは放課後から夜中もまで互いにお目に掛かってたのです。交流会前の一ヶ月でしたっけ。男と女の居合道部が八田蜜の体育館で稽古をしてたところに事故がありました。木下君の攻めを上手く抑えたけれど、回転による慣性に勝たなくて勘に木刀を振って彼の股にぶつけちまいました」

「その直後に入院され一週間稽古を止めたんです。交流会の居合道の殺陣で僕は見学するしかありませんでした。八田蜜のエースなのに」

「ひひっ、多分あの事故によって女の声が出来てますわ」、倉崎さんが微笑みながらちょっと冗談した。

「はっは、実は歌舞伎と踊りは僕のお気に入りだからです。なんとか並外れたことをやって印象を焼き付けないといけません。もうあの交流会を思い出させてるね。さっ、皆、どうぞどうぞ」、木下君が白濱組をこの砂浜の交流会に入らせた。八田蜜組はベルトを外し裾を出さずにしっかり制服を整え私達を迎えた。

「こーら、美人が来たぞ。恥ずかしがるな」、まだ振り向いていないたった池澤君を純彦君が促した。

 廣瀬君が笑って声を掛けた。「ったく、男は女にならそんな弱い心を出すんじゃねえ。もしかして倉崎さんに好意が?」

 池澤君がちょっと躊躇って返事した。「しょ、しょうがないんじゃない?笠人君の屋台で倉崎さんが俺の料理が好きで、しかも美し過ぎて、料理組でみんなも俺と同じ感じがあったよ」

「あれーれー、そんな感じが俺にはないらしい。俺の記憶は間違いじゃないとしたら、倉崎姉さんはお前の傍でたまに調理したりとかしてて、お前がそれほど惚れてるみたいだ。あの時の厨房にもう一人の女がいたの忘れんな」と揶揄った笠人君。

 綾瀬ちゃんがよく頷いた。「そうそう。私のことに惚れた人もいた訳だね。料理組に参加したのは松兼君の腕を慕ってる為でしょう」

 その言葉を綾瀬ちゃんが言って男達を示すのではなく、自分自身が笠人君にどんな気持ちを持っているのか私達が分かっている。笠人君が冷静に受け入れて応えた。「うん。もう慕ったら俺達を手伝ってくれ、綾瀬君。倉崎さんも、深本さんもお願いします」

「あたしも手伝うわ」、慌ただしそうに智埼ちゃんが綾瀬ちゃんの先に現場に入りギターの鞄を置き焼き物と炒め物に補助した。綾瀬ちゃんもびっくりして彼女とまるで競っていたようだ。次々と、深本さんと倉崎さんはごゆっくり。笑って堪らないよ。

「ねっ、スミヒコ君。詰襟は結構多いのね。重なっててもう十二枚ぐらい。もしかしてもう仲間がいた?」

「うん。八田蜜組は白濱組と同じ十二人を連れてってる。八人が砂浜に。残りの四人はまだお買い物に行ってるんだ。篠崎(しのざき)君、小林(こばやし)君、勇海(いさみ)君と加藤(かとう)君だ。松澤先生と城木先生も来るかもしれないから、材料をもっと買った方が良い」

「彼らに電話を渡した?」と私が聞いて純彦君が親指を立てただけだ。「先生達を連れて行ってないのが分かってるね。お二人は何処からも出て来られるさ」

「へへっ、その箱はお前も持って来たのかい?箱が勝手に開いて光を放って人があの光から登場する場面は、木下君達が楽しみにしてんだ」

 一方、笠人君が何かを求めた。「あの、倉崎姉さん、良かったらその写真集を俺達に見せて貰えますか?今保ってますね」

 倉崎さんが直ぐに応えた。「あっ、うん、雅實さんの鞄に入れたそうで。雅實さん、ちょっと鞄を貸して」

「あーはい」と私が応えて鞄の紐を肩から外した。「皆、鞄は詰襟の重ねの隣に配置して。食事中に企画についてちょっとお話があるんで」

 綾瀬ちゃんと野菜を下処理している池澤君が言った。「その前に、一曲を弾いて欲しい。出し物は砂に布を敷いてから始めるとする。純彦も強い風に勝てるようにバイオリンの曲を弾いて」

「分かりますー。澁薙君がもう三味線を弾いたし、どうせバイオリンを弾く」、純彦君が返事したら、バイオリンの鞄からごく厚い楽譜本を出し曲を選んだ。「じゃあ、シューベルトさんのセレナーデはどうだ。ニ短調は哀調を帯びたが希望的で荒波に勝てるらしい音調を持ってるよ」

「バイオリンといえば、純彦君は八田蜜の星だったら、縁幸ちゃんも白濱の星だ。縁幸ちゃん、曲を一つ選んで」、高橋ちゃんが早速5年3組の副委員長を称えて純彦君と競わせた。

「父上の知り合いや他の地方の官僚をもてなす時にいつもこのバイオリンで会合を盛り上げてる経験で、私がベートーヴェンさんの交響曲大六番を。『田園』と名乗って、田舎である小田原の雰囲気を齎すんだ」と応えた日向ちゃん。

「私ならギターだから弾き語りを決める。音楽家姫岡如(ひめおかごとし)先生の『泡沫』ならこの海の雰囲気に合わせる訳だ」

「あー、『緋黄年藝團(ひきどしげいだん)』の姫岡先生だね。マルちゃんの憧れの人だし、いつも彼の歌を口遊む習慣となってる」と言った深本さん。

「その後私に紹介してくれたからですよ。先輩のお陰で日本に突破的な考えを込めて芸術を作るそういう団体がいたと気付きたました。音楽だけでなく絵画、文章、劇も作ってるの。ルネサンス風の団体みたいです」

「もしかして東京大学の早川と小林先輩もあの団体に触発されてるね」と予想した澁薙君。

「うん、『深情荒波(しんじょうあらなみ)』をもう一度聞いたら間違いない。じゃ、ギター引き出して弾いていきまーす」と私が言って、好きな曲を記録した帳面をも鞄から出し、歌詞を忘れた場合そっと一見していられる。一般的に、楽器を持って来た皆は少なくとも一曲を披露しなくてはならない。慣れていないであろうと智埼ちゃんもギター弾きをどんな程度まで届けるか披露したがった。松山ちゃんのフルートは主旋律を担当して智埼ちゃんのギター伴奏を支えてくれるから。

 シューベルト殿のセレナーデのしんみりでワルツの舞踏会を込める旋律、田圃を渡って虫と鳥とはしゃぐ気持ちを掻き立てる『田園』交響曲のリズムが奏でられたのち、海に弾き語りする出番が来た。


 何度(なんど)も出会(であ)って気付(きづ)いたことも   貴方(あなた)の温(あたた)かい微笑(ほほえ)みだと

 懐(なつ)かしきあの若(わか)い頃(ころ)にはしゃぐ   泡沫(うたかた)の音(おと)がずっと鳴(な)っていく

 青春(せいしゅん)を取(と)り戻(もど)せば無理(むり)かな     友達(ともだち)はもう戦場(せんじょう)に駆(か)けて魂(たましい)は

 いつか空(そら)に連(つ)れて行(い)かれたい    泡沫(うたかた)如(ごと)き浮(う)き上(あ)がりたい (第一節)


 でも、貴方(あなた)に声(こえ)を叫(さけ)んで      貴方(あなた)の声(こえ)も聞(き)こえると信(しん)じている

 それだって貴方(あなた)とたなごころを   繋(つな)ぎ応(こた)え合(あ)わせれるよ

 泉(いずみ)と川(かわ)、湖(みずうみ)と海(うみ)、同(おな)じく泡沫(うたかた)をぶっ放(ぱな)そう、貴方(あなた)と笑(わら)ってご覧(らん)

 服(ふく)濡(ぬ)らして、何(なに)も捨(す)てて、堪(たま)らずすっきり体(からだ)を水(みず)に浸(ひた)して

 いつの間(ま)にか、もう一度(いちど)貴方(あなた)と出会(であ)ったら、もう泡沫(うたかた)に溶(と)けよう (第一サビ)


 眩(まぶ)しき太陽(たいよう)を遮(さえぎ)りながら歩(ある)いて   ありし河川敷(かせんじき)、浜辺(はまべ)、土手(どて)

 一緒(いっしょ)に席(せき)を、草(くさ)を、砂(すな)を争奪戦(そうだつせん)   特訓(とっくん)に出来(でき)るまで躰(からだ)が輾転(てんてん)

 あの思(おも)い出(で)は消(き)え失(う)せる訳(わけ)か?   それとも燕(つばめ)如(ごと)き遠回(とおまわ)り屋(や)?

 なんだろうと、答(こた)えを求(もと)めたい   何年(なんねん)経(た)っても、頭(あたま)を外(はず)れない (第二節)


 冷(つめ)たい宿命(しゅくめい)は冷(つめ)たい泡沫(うたかた)と違(ちが)う   熱(あつ)い微笑(ほほ)みも熱(あつ)い煙(けむり)じゃない

 なのに何故(なぜ) 人魚姫(にんぎょひめ)は冷(つめ)たい海(うみ)に姿(すがた)を消(け)してしまった?嫌(いや)だ・・・

 浜(はま)と島(しま)から、原(はら)と山(やま)まで、同(おな)じ幸(うしあわ)せを握(にぎ)ろう、貴方(あなた)と味(あじ)わってご覧(らん)

 服(ふく)濡(ぬ)らして、何(なに)も捨(す)てて、堪(たま)らずこの世界(せかい)に悲鳴(ひめい)を上(あ)げて

 いつの間(ま)にか、もう一度(いちど)貴方(あなた)と出会(であ)ったら、もう泡沫(うたかた)と舞(ま)い上(あ)がろう (第二サビ)


 四本の指で弦を最後に揺らして歌を終わらせたら、皆、特に澁薙君と倉崎さんから熱心な拍手喝采を貰った。いつも通り姫岡先生は自分の芸名の独特さを作った『如(にょ)』という漢字を歌詞に付加している。比喩派の信者だからね。この歌には『如』だけでなく『姫』も出てきて人魚姫の泡沫に溶ける結末を言及した。厚喜さんから姫岡先生を初めて知った時、御伽話やら姫様やらのことを常に歌詞に入れて「絶対女性だ」と勘違いしたこともあったが、彼の歌詞をよく読んだと、『何の為に生きるか迷い込んでいる人を癒す』という理想が心に沁みられた。彼の書いた『戦場』というものは血塗れの戦だけでなく、人も苦戦して自分を見失うほどな世界も示そうとしていたよ。

「『貴方』ちゅうのは『恋人』だって戦から生き残った兵士の心情を表現すると思ったやん。でも『恋人』じゃあらへんで『ただの匿名相手』とか『神様』とかを示してもええで」と言った智埼ちゃん。

「うん。『行方不明の仲間』とか、『無沙汰の旧友』とか、しかも『自我』とかを意味しても構わない。歌詞を読んで歌ってみる誰もが最初から『泡沫は脆い命の比喩なので自害するなどの行為を励ますかな』と思ってたけど、最後に読んでからでないと全然違うと気付いたよ」

「『泡沫と舞い上がろう』って命を最後まで楽しもうと意味するんじゃない?」と声を掛けた日向ちゃん。「人魚姫を述べて『嫌だ』とその直後に叫んでるなんて自分の人生を変える欲望が強く見えたでしょう」

私が頷いた。「そう。でも、君みたいに誰もそう考える訳じゃないし、それに二つの戦の間に発行してたし、随分遣らずもがな批判を浴びて彼が制限せずにいられなかった」

「だってよ。この時代で創作は大変さ。戦争を開始して帝国の権威を高めてる我が国は絶対高評価せず『民衆の士気を萎縮させる憂鬱な種類』と決め付けちゃったな。そういう音楽で収監されず、ただ罰金を取って奇跡的だったんじゃない」と橘君が言った。

「確か12圓の罰金と二年の執行猶予だったっけ、新聞によって」と返事した桐谷ちゃん。「起訴された時、藝團は姫岡先生の弁護士を強く補助して判事達を自分の創作指向や良い影響で説得して先生を減刑させたそうだ。榊(さかき)先生の口のお陰じゃなきゃ二年囚われたの」

「軍閥の頭は許可しない、絶対。過激派ならもうとんでもない。『泡沫』は二年前の九月で発行された。露國との戦争はそれから五ヶ月後。あの裁判は去年の三月。姫岡先生を訴えるには何か口実が必要だったろ」、廣瀬君も言葉を加えた。

「彼らと関わった経験の家族の息子さんはさすが言葉が重みに聞こえてる。だからお前をあの関わりから解ける為にでかい祭で学校全体を団結させたとは」と感嘆した笠人君。廣瀬君はただ軽く笑って頭を掻いて応えた。

 倉崎さんも声を掛けた。「君達は本当に『緋黄年』の作品に印象が凄いね。夏祭りで披露したほぼの曲も『緋黄年』の作品だったといって感動しました。丸端君と那月ちゃんの団体に参加してた頃、殆どあたしが団体の歌手となって皆を娯楽させてきました。音楽が苦手な工(たくみ)君、或いは音楽に厳しい縁(ゆかり)ちゃんも課題の圧力に大部耐えられたのです」

 倉崎さんの言葉が全てを組み立ててきた。「やはりですね。先輩達は皆親友で同じ団体のメンバー。『花火團』と全然違ってはいません」

「そういうこと、雅實さん。夏祭りに潜入して君達に近寄った時、丸端君達とまた出会ったと思ってませんでした。勿論、丸端君は闇の契約を結んであたしを社会に戻そうとしたのも知らなかったの。なんて縁が強過ぎたでしょう」

「私達と出会ったのも強い縁なんですね」、遂に参ってきた、後ろから刑事っぽい声が。城木先生の声に決まっている。

「冷てえっ。先生、手が氷に浸してるじゃありませんか」、調理中の池澤君が城木先生に手を背中に当てられてびっくりした。

「冷凍物を運ぶので勿論冷たいです、手は」と返した城木先生。彼と松澤先生は教師の洋服を着たまま背中をさっぱり隠す箱を背負っていた。篠崎君達は先生達を自転車に乗せてきたね、確かに。「篠崎さん達は小田原の海産物、私達は故国被根橋(ひねばし)のお土産を冷凍して梱包したんです。宇津(うつ)、箱を下ろして良いよ」

「了解、兄貴」、松澤先生が箱を布に下ろし、砕いた氷が囲んだ緋色の肉で私達の注目を浴びた。さしが少なくて別々の海を区切るみたいだった。私達は皆牛肉だと思っていた。

 5尺7寸ぐらい高い小林君に私と長谷川ちゃんが直ぐに手を振った。そして次々と篠崎君達に。「ハロー(Hello)、ゴールキーパー小林」

「オラ(Holá)、ミッドフィルダー渡邊と右ウィング長谷川。三人だけがチームになれんぞ」

 笠人君が立ち上がり皆の箱を下ろそうと助けた。「城木先生、これは被根橋の特産の牛肉ですか?」

「近いよ。牛のではなく水牛のです。被根橋は熱帯国なので水牛の方が盛んに生きてました。草原と森が国を主に掛けることで水牛が平気に運動したり食べたりして脂肪が随分少ないけど、汗が逆に大変大量で臭いし、屠る前に毛と肌を全部剥がして二回も洗わなければなりません。一回目は水、二回目はレモンや橙のジュースで」

「わー、肉はきらきら。先生、これは水牛の何の肉ですか?」と質問した綾瀬ちゃん。

「んー、肩と肋の肉は私が運んだ。城木先生は腰に当たるサーロインと前脚に近いブリスケットだ」と松澤先生が答えた。

 池澤君が意見を挙げた。「先生、酸性のものに浸したら、胡椒や大蒜など香辛料を漬け込んで良いじゃないかしら。こうやって不快な酸っぱさに耐えられると思ってます」

「私達の伝統的な取り扱い方は半端に乾燥し白胡麻を付け『回転焼き』することです。ロティサリーと同じ。被根橋の南部の地方は別に蜂蜜とレモングラスを付けて煮込むこともあったんです」

「レモングラスでも煮込めますか?普段に炒めることが多いしね」と言った池澤君。

「レモングラスは悪臭を掻き消して薄荷っぽい香りを作るんだ。海軍のカレーも使い始めてる、値段がちょっと高いけど」と返した笠人君。

「それじゃあ、焚き火の雰囲気に合わせるよう、水牛カレーを作ってみない?味は絶対忘れない」と松澤先生が勧めた。

「そりゃちょっと困ります、先生」と声を掛けた綾瀬ちゃん。「富貴子ちゃんが鶏肉、茄子やピーマンを串刺しに焼き掛けてるし、カレーが出来上がるなら最低でも30分掛かるし、しかも篠崎君達の持ってきた海産物もだし、間に合わない恐れが」

 篠崎君が返事した。「確か松澤先生は電気を使う『携帯焜炉』を用意しましたね。さもなければ、先ほど調理してるものに空間がもっと狭まってきます。金網にもう混んでますから」

 降恆ちゃんも言った。「そりゃ助かりますよ、先生。少なくとも二つの火口が必要なので」

「心配しないの。私が携えたのは四つの火口があるのだ。それに大勢の人にカレーを作るには海軍標準の鍋を要するし。加藤君、君の背中有難うね」、加藤君に背負って貰った野営用の鞄を松澤先生が下ろしファスナーを開けたら、そこから相応に高い鍋と倍大きい焜炉を引き出して『花火團』以外の皆の顎を閉めなくならせた。ラッシュナトゥール人のまたの先進な道具だし、もう驚かないわ。

「じゃあ、魚、たこ、海老と貝を出すぞ」と篠崎君が自分の箱を開け、レモンの匂いが生臭さを圧倒して放った。「自分で獲ったのは自分で取り扱う。笠人君はそのまま座って戒めて良いよ」

「私も手伝うよ。歌の披露もやったし。先生のお二人は聞いてないといえば、食事中に別の歌を披露しますからね」と私が言った。

「うん、物理系の女でも家庭のことを逃せない。先生達の道具があったのでちょっと気が変わったな。焼きと炒めはちょっと詰まらないから、葱と生姜と蒸してアルミ箔で包んだら最高だ。城木先生、アルミ箔お願いします」、加藤君が私達の唾液腺を強く刺激する意見を挙げた。

 城木先生が鞄から出し褒めてきた。「はい、アルミ箔を初めて見たのに用い方はよく知って偉い。アルミニウムの保温が分かりましたね」

「うちの夏祭りの化学組で橘はんと実験屋台の担当者でしたよ、加藤はんは。ケミカルの貯蔵はあたしに割と負けへんやさかい」、智埼ちゃんがギター弾きを練習しながらも言った。「魔法使いの姿を装った時の二人共は子供達を怖がらせたこともありました」

「彼奴らを危険なケミカルから離れる為にそうやらなきゃ」と応えた橘君。「おっと、練習時間はそろそろ終わり。智埼ちゃん、勢津子ちゃん、そして『5年3組の雲雀』火友希(ひゆき)ちゃん、砂浜を歩きながら練習した後に準備が良いかい?」

「ええかもや。ナギ君に先から指導して貰っとるし、本番に出るしかあらへん」、智埼ちゃんが一気に返した、自信があまり足りていなくても。右手が弦を揺らしたり左手がフレットの弦の部分を押したりト長調を奏でてもう三度後、溜め息をして覚悟が出来た。

「こりゃ奏楽堂での公演じゃなく、焚き火の夜だけや。平気に披露しな」、松山ちゃんが励まして智埼ちゃんに自信を取り戻させた。

「うん。では姫岡先生の好敵手である田宮越生(たみやこしお)先生の曲を決めとります。御伽話の人物の姿を借りて様々な仕事を務める労働者の皆に代表とすると意味する、『並木道に住む小人』です。是非お聞き下さい」と智埼ちゃんが丁寧に紹介した。わー、『緋黄年藝團』と競争する大阪人の一匹狼の田宮先生の音楽を選んだとは素晴らしいことだったよ。

「はいよっ、待ってました。化学部の三魔女」、小林君が熱心に叫んで拍手を誘導した。智埼ちゃんが和音の順番を覚え、松山ちゃんが一回深呼吸をし、桐谷ちゃんが歌詞を最後に呟きお腹まで空気を吸った。


 ハイホー、ハイホー、ハイホー、ハイホー・・・

 焼(や)け焦(こ)がす昼(ひる)の下(した)  我々(われわれ)働(はたら)き汗(あせ)まぶれた

 鉱山(こうざん)に斧(よき)カキーンカキーン  散(ち)る石(いし)に下駄(げた)カランコロン

 生(う)まれ育(そだ)ちの暮(く)らしである  未来(みらい)は現在(げんざい)の二重(ふたえ)となる

 きらりの宝石(ほうせき)を麻袋(あさぶくろ)  並木縦断(なまきじゅうだん)の線路(せんろ)に乗(の)せお家(うち)へと(第一節)

 真(ま)っ暗(くら)のうろを燦々(さんさん)と  家庭(かてい)をまざまざと  自(みずか)ら空(そら)を創造(そうぞう)

 茂(しげ)みに芽生(めば)える蕾(つぼみ)如(ごと)き  毎日(まいにち)どんな定(さだ)めにもどよめき

 平気平気(へいきへいき)よ  大丈夫(だいじょうぶ)でしょう  どうせ壁(かべ)に斧(よき)を振(ふ)り翳(かざ)そう(第一サビ)

 ハイホー、ハイホー、ハイホー、ハイホー・・・

 向(む)こう側(がわ)は我々(われわれ)の仲間(なかま)      同(おな)じ日々(ひび)を過(す)ごした

 巨人(きょじん)たちの世界(せかい)に離(はな)され     そっと踏(ふ)み出(だ)せばきっと踏(ふ)み潰(つぶ)され

 乾(かわ)いた地面上(じめんじょう)になんて大(おお)きな海(うみ)  なのに波(なみ)なき、酷暑(こくしょ)ばかり

 お互(たが)いに佇(たたず)んでとろめく目線(めせん)   まるで船(ふね)の消(き)える水平線(すいへいせん)(第二節)

 巨人(きょじん)よ君(きみ)の生(い)きる空間(くうかん)  君(きみ)の貪欲(どんよく)は充満(じゅうまん)?  不満(ふまん)なら如何(いかん)?

 決(け)して我(わ)が家(や)を粉砕(ふんさい)するな  我(わ)が家(や)はかつての君(きみ)が家(や)

 仲間(なかま)と再会(さいかい)したらいつだ?  我々(われわれ)を放(ほう)っとくか?

 それとも、我々(われわれ)と君(きみ)は一緒(いっしょ)に生(い)きていこうか?(第二サビ)

 ハイホー、ハイホー、ハイホー、ハイホー・・・・


 歌は展開しているに連れ、『化学部の三魔女』は段々席を退き、ギターのラテンっぽい音調とフルートの東アジアっぽいリズムに乗って料理をしない誰でも体を揺させていた。智埼ちゃんの指は一つのフレットにずれちまったが、松山ちゃんの指はフルートの正しい穴を押して援助した。桐谷ちゃんは別に髭がぼうぼうな小人の鉱夫の声を模倣する女子となり、ラテンからの風を吹くギターの下で、彼女がまるで誰かスペイン人の男とフラメンコを踊ったり、或いは和の風を煽り扇ぐフルートの下で、土佐出身の男と阿波踊りを披露したりしていたようだ。智埼ちゃんは多分あの架空のスペイン人の男。一方、松山ちゃんはああいう四国のパイドパイパーなんじゃないかと。泡沫は脆い命だというと、並木に住む小人達は巨大な世界に無力な気持ちを夜宴に悦楽な気持ちに変える。西洋の御伽話の小人達は働きながら歌ったり、宴で酒を何杯飲んでも満足しなかったりするその為だね。

 挿絵(By みてみん)

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