贈り物
「まさかお召しになったものまで寄付してくるなんて…」
さながら青年のようなザイラが屋敷に入ると、優秀な侍女も呆れ顔を隠せていなかった。
馬車の中で、ザイラは特殊な熱に魘されながらも、フォーサイス子爵家の面々を思い浮かべてマタイ総合病院に連れて行かれたらどうしよう、マタイ総合病院だけはどうか……と祈っていたが、いつの間にか馬車はフェルゲインの屋敷の前に着いていた。
レディ
聞き違いだろうと思い込みたかったが、その後の挨拶を見るに、確実に自身が誰なのかバレていた。どこの誰かも、全て含めて。ということは、やはりあの男はエルメレの第二皇子の側近に違いない。
考えだすとまた余計な熱に浮かされてどこか遠くに逃げ出したくなるので考えないようにした。
「正確には……もう、マダムだけど……」
フェルゲインの屋敷に着くまで、ザイラは自分の立場を忘れていた。それ程、羽を伸ばせていたのかもしれない——
屋敷に入るなり、アンナは大変驚いていたが、アンナがザイラを熱心な慈善家だと勘違いしてくれたら、それはそれでザイラも都合も良い。
だが代わりに履いていた紳士用の細めのパンツを見て、だからと言ってなぜこれを身につけようと思ったのですかとやんわりアンナからザイラは叱責された。
ザイラの目は泳いだが、なんとか誤魔化せたので良しとしたい。
あれからザイラはアイヴァンとは顔を合わせていなかった。もしかしたら、と万が一を仄かに期待してちらちらと便りを確認していたが、手紙は遂に一つも来なかった。帰ってくるのか来ないのか、その程度の連絡さえ来なかった。
あの2人があの後どうなったのか、ザイラも詮索する気も無い。あの2人はあの2人だけが築いた世界や過ごした時間がある。
ザイラにはそういったものがないので、何をどうするべきか、アイヴァンが何を考えているのか予想も出来ない。これからどうするのかは分からないが、ミア嬢はアイヴァンと別れる気はさらさら無いのはよく分かった。
ヒロインの相手なのだから、その恋人の椅子はさぞ夢心地だろう。だが永遠の愛を誓いたかったであろう愛し合う2人からすれば、現実は障害ばかりだ。
障害があるからこそ……——余計に盛り上がるのかもしれないが——
ザイラは銀のトレーに載った手紙の束を、一通り確認し終えた。
妾にするのか、愛人のままにするのか、妻にそれは決められない——
かつて、ザイラはもうアイヴァンは自分には関係が無い存在だと思っていた。だがアレシアがクレイグと結ばれた以上幸せになって欲しいとは思っていた。アレシアと同じように——
だが皮肉にもザイラと結婚させられて、その幸せは茨の道になってしまった。
最近ではほんの少し、アイヴァンとの距離が縮まったのかとザイラは思っていた。だが、それもただの希望的観測、この場合だと勘違いともとれる。もしくはただ幼い頃の関係故かもしれない。
結婚したからには、最低限の信頼関係は築いておきたいとザイラは考えていた。結婚を望んで無かったのはザイラも同じなのだ。その点は2人の共通点といえる。であれば、友人位にはなれたら良い、と僅かな希望を持っている。だとしても、あの二人の関係にザイラは何の力添えも出来ない。
愛して欲しい、と烏滸がましく願った事は無い。ただ一度だけ、初めて夕食を共にした夜、もし愛してくれたら——アイヴァンがどんな風に自分を愛してくれるのか、を考えてしまった時があった。
目尻を下げ、柔らかく微笑む彼が自分だけを見る——
考えなくてもそんなの簡単なのに——
アイヴァンは、ヒロインの相手なのだから。
唯、1人を思い続けるだろう——
小説でもそうだったのだから。その相手がザイラでは無い——ただ、それだけだ。
それはそうと、名ばかりだが屋敷の主人にも面子はある。妻らしい責務は全うしてないが、このままだと使用人に示しもつかない。向こうからの連絡を待ってたら、それこそザイラは老婆になってしまう——
老婆になる前に、なんとか自然な理由を付けて、アイヴァンに手紙を送ろうと思ったが、理由など探してる時点でペンは進まず目の前の便箋は真っ白なままだ。
こんな風に悶々と白い紙を見つめ続けるなら、もうこのまま絵に描いたような政略結婚のお飾り、立場の無い見捨てられた妻、でも良いような気がしてきた。
アイヴァンとミア嬢のことを考え始めると、元を辿ればなぜローリー伯爵家と政略結婚したのか、といつもそこに戻ってしまう。アイヴァンとフェルゲイン侯爵の関係は知らないが、今の現実から予想するに侯爵に真っ向から逆らえるタイプの息子では無いが、かなり頑固者だろう。
婚約指輪の件や屋敷に寄り付かないのはせめてもの結婚への抗議、反抗にザイラには見える。そしてそれは抗えない立場であるアイヴァンの恋人への誠意なのかもしれない。
ザイラとしても、なぜ自分と結婚したかは知りたかった。でなければいつまでも喉に引っかかっているようで、気持ちが悪い。
ローリー伯爵に聞いても仕方ないとして……コナー叔父さん?フィニアス?まさかフェルゲイン侯爵に聞ける訳がない。
ああ、そうか——
いるじゃ無いか——
同じような気持ち悪さを感じてる人が……
トントンと部屋の扉を叩く音がする。
どうぞ、とザイラが言うと、アンナは両手いっぱいの花束を持って部屋に入ってきた。
「奥様、お届け物とお手紙です」
花瓶をお持ちしますね、とアンナは言ったが、両手いっぱいに花束を持った別の使用人達が次から次へと部屋へ入ってくる。
部屋一面が色とりどりの美しい花畑のように彩られ、爽やかな香りが辺り一面に立ちこめたが、ここまで大量だとザイラはうっとりするより呆気に取られた。
大体の花束を花瓶へ移したアンナが2通の手紙を載せたサルヴァを差し出す。アンナの顔は綻んでなんだかとても嬉しそうだ。
これだけの花を見れば、笑みも溢れるのが女心だろうか。
アンナとは正反対にむっすりとした顔のベロニカは、自身と同じ背丈程の、サテンのリボンが掛けられた立派な長方形の箱を持っていた。
手紙の差出人を見ると、1通目はなんとアイヴァンからだった。これで白い紙を見ながら憂鬱とした時間を消費する必要がなくなると思うとザイラは安堵した。
共に食事をしよう、というシンプルな内容だったが、アイヴァンは面子を気にしてザイラを老婆になるまで待たせるような野暮では無かったらしい——
もう1通の手紙に差出人の名前は無い。だが、緑がかった紺色に、金細工のような緻密な模様が描かれた封筒には同じく金の封蝋がしてある。なぜかその手紙は、異国のデザインのようにザイラには思えた。
一瞬戸惑いながらも、封を開ける
〝感謝と新しい思い出に〝
ただそれだけ記してある手紙と、大きな長方形の箱に掛かった同じく緑がかった紺色のサテンのリボンをザイラが解く……そこにはエリス・オグマンのタグが付いたドレスがあった。
真珠やサファイヤが施された煌びやかな白いドレスは、透け模様の織物で出来ている。誰から贈られたかは分からないが、どこの国の人から贈られたかは分かる品物だった。
ザイラは部屋に突如出現した花畑と、絢爛豪華なドレスに圧倒され目を見開いて口を開ける事しか出来ない。
アンナはなんだかとても機嫌が良い。
恐らく彼女は勘違いしている。
最近の彼女の勘は、よく外れる。




