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第20話「衝突」

朝になり、俺はドルガ邸を尋ねた。

ジャネスが出迎えてくれ、淹れてくれた紅茶を啜る。

フィジオとアーネスは既に客間で待っていてくれ、アーネスが予め報告してくれていたのだろう、直ぐに済ませることが出来た。


「昨夜出くわした例の茶髪の男ですが、アーネスの言うとおりツェドの一味で間違いないでしょう。」

羊髑髏なんて、冗談でも掘る奴は居ないんだそうだ。

ツェドの一味においてその刺青はある程度の立場の者が入れるそうで、ファッションで入れて本物に見つかった者達は漏れず凄惨な最期を迎えたという。


「ある程度の地位の者が部下も連れず夜の街に出るとなると、なにか理由があるのでしょうな。」

理由、なんだろう…あ、娼婦(ニナ)を買いにきてたのか?

「娼婦を買いに来たのは口実でしょうね、そんなものは下っ端にさせればいい。」

「最悪、戦闘になったとしても生存し、情報を持ち帰る事が出来る可能性が高い人物を偵察に向かわせたのかも。」

アーネスが口を開く、耳がピンと伸びている、辺りを警戒しているのだろうか。


「シデン殿、失礼ですがこの街に来てから目立った行動を取られたことは?」

ジャネスが空のカップに紅茶を入れなおしてくれる。

目立った行動…ねぇ、なにかしたっけなぁ…。

ポリアに来てからも、街の周辺の怪異を倒して日銭を稼いで、街のチンピラに絡まれて殴ったのが悪かったか?

酔っ払って気分が良くなって、その辺のねーちゃんに酒を奢ったのがまずかったか?


「シデン殿、町外れの倉庫を燃やした時、青白い煙が上がっていましたね。」

フィジオがポツリと、そして思い出したように言う。

「あれは、見る者が見れば、この街に竜狩りが居るとわかるのでは?」

確かに、その時の俺は後に巻き込まれるとも知らず竜狩りとして怪異防止の為に倉庫に火を放った。

ツェドの側にわかるものが居れば『ドルガ家に竜狩りが付いた』とわかるわけだ。


もし、昨晩出くわしたあの男がある程度目算を付けて酒場に居た場合、俺かアーネスどちらかが竜狩りだと絞り込めただろう。

さらにアーネスはニナとの喧嘩で昔から街に居た者と判明している。

つまり、一緒に居た俺が竜狩りだと定められたわけだ。もし向こうに竜狩りに詳しい奴が居ればな。


「これからは奴らに顔が割れていると思って行動するべきでしょうな。」

ドルガ家の面々の面持ちは深刻だ。

アーネスの耳がピンと伸びる、客間の扉の向こうからドタドタと駆けてくる音、慌ただしく扉がノックされる。

アーネスが扉を開け、使用人を窘めようとするが黒髪のメガネをかけた女の使用人は一礼した後こう告げた。

「バリエルの邸宅が何者かに襲撃されました!」

「なんと…!」ジャネスが珍しく狼狽えている。


バリエル家

古くからドルガ家との親交があり、フィジオの両親もバリエル夫妻と仲が良かった。

フィジオもバリエル家の子供達とも幼なじみで、よく互いの家を行き来していたのだという。

フィジオは中でもバリエル家の長男を兄の様に慕い、彼もまたフィジオを気にかけてくれていたと、バリエル邸へ向かう途中に語ってくれたジャネス。

その表情は見るからに焦慮している。



バリエル邸

ポリオの街中、迷路のような狭い路地を通って行き、辿り着いた先には素朴な作りだがしっかりとした門と、真っ白な石造りの大きな邸宅があった。

門扉は壊され、邸宅の扉も同様だ。

中の様子は思いの外落ち着いている、というより既に用件が済んで、中にはバリエル家の者しかいない。しかし、何か違和感がある。

エントランスの壁にもたれているのは警護の者だろうか、ジャネスが声をかける。


「大丈夫か、バリエル様はどちらに?」

「うぅ…、バリエル様は、2階の私室に…、坊っちゃんやお嬢様もそこにいます…」

「わたしは…、なんとか立てます、早く…バリエル様を。」


バリエル邸2階、当主の私室の扉を開ける。

そこにはベッドに腰掛け、項垂れる男と、彼の隣に座り慰めるように肩を撫でる女性。

三人の子供たちは寄り添って川の字になって寝息を立てている。


窓から差す陽光の影がバリエルの表情を隠し、更に憔悴しきって見える。

フィジオは彼らの身を案じ、ゆっくりと近づいていく。

「ダントおじさん、怪我は?」

おそるおそる、確かめるように声をかけた。


バリエル家当主、バリエル・ダント。

栗毛の髪を横分けにし、口ひげをハの字に生やした気の良さそうな中年男性だ。

細かな古傷が顔や手に垣間見える。

「フィジオか…、ご覧の有様だ、と言っても何も壊されず、誰も殺されては居ないんだが。」

何があった、と誰よりも早く聞いたのは、誰でもなく俺だった。


ジャネスは俺を簡単に説明し、味方であると紹介してくれた。

「フードを被った剣士…、あいつが突然来たんだ…」

「まだ太陽も登りきってない、白みがかった空だったと思う。」


バリエル・ダントは脳裏に焼き付いた何かを振り払おうとしながら、ゆっくり話し出す。


早朝、外からの怒号と共に目を覚ます、少しもしないうちに、寝室のドアが開くと

灰色のマントとフードを被った剣士がそこに居た。

剣士とわかったのは、剣を持っていたからで、その刀身は血の様に真っ赤だった。

私だって武に心得がないわけではなく、寝室に置かれていた斧を取り、構えた。

その時、私は相手は動いていないと思った、ここからどう戦うか、それを考えた。

しかし、それは動いたのがわからないほどの速さだったのだ。

視界にあるものが何か理解するまでに一拍置く。呆けていたわけじゃない。


奴の剣だった、真っ直ぐ伸びた真っ赤な切っ先は私の瞳のほんの僅かな先にあった。

「動くな、少しでも動けば目を()り抜く。」奴はそう言った。

フードの奥から覗くあいつの眼光は、殺意の塊だった。

私の身体を一瞬で包み、恐怖に支配された。

「ドルガ家と縁を切れ、従わなければお前の仲間、仲間の家族を狙う、その一族を狙う、そしてお前の家族を狙う」


私だっていろいろな死線を潜り抜けてきた、息子や娘にはおおよそ語れないこともしてきた。

自負していた、自信があった、並大抵のことでは脅しになど屈服しないと。

あの剣士のそれは、人間のものじゃない、そう思わせる程の眼だった。



…言い終えたダントは、小刻みに身体を震わせる。奥方なのだろう、隣りに座る女性が彼の肩を抱く。


かねてより街の裏社会を取り仕切るドルガ家と親交の深いバリエル家、それはもう血なまぐさい事もしてきたのだと見受けられる。

顔の傷や腕や手を見るに彼の言うとおり、数々の死地を潜り、筆舌に尽くしがたい事をしてきたのだろう。


「バリエル殿、よければその剣士の背格好など、もう少し詳しく教えてほしい。」

疲れきった顔をしているのにこんなことを頼むのは心苦しいが。

ダントは気を取り直すように何度か頷き、承諾してくれた。

「子供たちが寝ている、外で話そう」

一番小さな女の子の頬には、涙の跡がうっすら残っている。

怖くて泣いたのか、今は安心して眠っているようだが。


バリエル家に仕える使用人が警護の者達の手当をするのを横目に玄関を出る。

フィジオとジャネスも手当を手伝い、アーネスは俺とダントの少し後ろを付いて来ている。

「子供達にも怖い思いをさせてしまった、何しろあの子達にはこんな争いとは無縁に生活を送ってもらっていたからな。」

重たい溜息だ、色々と思うことがあるのだろう、隠してきた事が露呈した部分もあるだろうし。


さて、例の剣士の話だが…、そう言いかけた途端、聞き慣れない声。

「オや?玄関で立ち話デすか?これはラッキーでスね」

向けた視線の向こうに、羊髑髏が掘られた腕。

昨晩の優男が、不敵な笑みを浮かべて立っている。

俺とアーネスを交互に見ると「あナた達は…昨日の。」と笑顔がより一層気味の悪さを増す。


ジリ、と地を蹴る音と共に優男が消える。狙いはダントか、させねぇ。

抜刀し、ダントの前に立つ、眼前に石つぶて。目眩ましか。視界の端を優男が抜けていく。アーネスの後ろ、彼女もろともダントを串刺しにしようと構えている。

雷身により速度を増した俺は再び奴の目の前へ、そして鋭い突きを弾く


「へェ…。」

奴は呆けた声で感心しているようだ。元いた位置に戻る。

「ふむふむ、やりまスねぇ、シデンさん」

…なんで名前まで知ってんだコイツ。曲刀を構え直し、何やら満足気だ。意味ありげなにやけ顔が気に入らないな。


「アーネス、ダントさんを中へ。」

はい、と残しダントを連れていく、その様子をヘラヘラと笑みを消さずに見ているようだ。

「オお、逃げらレてしまイました。」

わざとらしく悔しがりやがって。

「てっきりまた斬りかかってくるかと思ったぜ。」

「いえイえ、私は準備がいいので、大丈夫デす。」

呆けた口調が癇にさわるが、これはブラフか?本当のことか?ま、なんにしても、中にはドルガ家の守護者が二人居るんだ、曲者に関しては任せるとしよう。


思い出したように手を打ち、奴は話しだす。

「シデンさん、ダント殿の四番目の坊っちゃんを私達で預かっていマす。」

「あなたがそこをどいてくださレば、居場所をお教えします。」

何だ急に、拍子抜けるな。あの女の子の下にもう一人いるのか。

「お前を動けなくして居場所を吐かせりゃ、ここをどく必要がねぇな。」


奴はまた不気味に笑い、続ける。

「ふふ、嘘デすよ、ダント殿には三人のお子様がいます。」

「ダント殿とはあまり面識がないようだ、とすれば予め救援ヲ求められたワけではなさそうですネ…。」

「さて、アナタは私が来ることをどうやって知っタのでしょうか。」

俺がアホなのかもしれないが…こいつ、本当に警戒しなきゃな。

隙だらけに考え込んでいるが、これは誘ってんだろうな。


「フぅん。」

何か思考を巡らしているようだが、次には奴の身体を闘気が覆う。

「さて、さっさと片付けちゃいまショう」


おもしれーなコイツ、怪異とはまた違ったややこしさだ。

「お前、名前は?」

思わず聞いてしまったが、ヤツは両手を広げ、迎えるような仕草をしながらヤツは応える。

「ヴァオス・ヴォル・リーと申シます。よロしく、シデンさん。」


地を蹴ると共に轟音を残し、リーは上段からの高速の斬撫を繰り出す。

迎撃、交差する剣撃。


-アーネス視点-

彼を心配して外に出た、既に戦闘は始まっていて、そして一瞬で終わった。

シデンが何をしたのか、一瞬わからなかった。

あの男の速度に対応して剣を振りぬいたのだと思う。戦猫(ウォーキャット)のワタシでさえ辛うじて見ることができるくらい。

シデンが剣を振りぬいた跡は爆発でもしたように土煙が舞った。

乾いた音を立てて四方八方に散ったのは、剣の破片。


リーと名乗る男は砕かれた剣をものともせず、剣を振りぬく勢いのまま宙で身を返し、蹴りを浴びせるが、シデンは難なく受けきった。

「制御術式四号開放」

シデンはぽつりとそう残し、蹴りを受けた手に持つ剣を払う。

リーはそれよりももう少し早く後ろに飛び、斬撃を躱した。


シデンの持つ剣の刀身は紫色の文字が淡く発行し浮かび上がっている。

すかさずリーを追うシデンの動きは、私とドルガ家庭園で戦った時とはまるで違う。

シデンの追撃は、完全にリーを捉えられたと、確信できた。

リーを仕留めるための一撃を見舞ったはずだった。

目の前には真っ赤な刀身、灰色のフードの人物。ソイツはシデンの一撃を受け、鍔迫り合い、重なった刃がギリギリと音を立てる。


2対1、私を含めれば同じ数だ。

しかも今の動きにリーをかばうように割って入る事が出来るくらいの実力。

リーも武器破壊もものともせず攻撃を続け、状況を察して行動できてる。

ダント様はジャネス様に任せるとして、あとはシデンとの連携がうまくいくかどうか。


シデンが間合いを取り、私の隣へ来ると彼は問う。

「アーネス、やれるか」

すかさず答える。

「当然です。」

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