間話「冴えない男の懊悩」
俺の心臓が体の内側から外側を打ち付けるように鼓動する。
乾いていない赤髪はその色を濃くさせ艶やかに演出している。
貸した俺の上着は彼女の体には不釣り合いで、非対称に折られた袖口から覗く腕、
白い肌。
宝石のような茶色い瞳は真っすぐに俺を映し、濡れている。
彼女はゆっくり床に座り、先ほどの一件を気にしているのだろうか、溜息を吐く
そう、少し遡ると、アーネスと俺は俺が滞在している宿へ戻った。
ヴェスが用意してくれた部屋には風呂がついていて、ニナとの取っ組み合いや一日の活動で疲れた体を癒してもらった。
当然彼女はお先にどうぞと言ってくれたが、ここではアーネスがお客様ということで、何度か譲り合ったが結局折れてくれる。
彼女が風呂場の戸を閉めた途端、ふと冷静になった俺は気づいた。
女の子、部屋に、連れ込んでる。と。
後頭部から吹き出る妄想、膨らむ桃源郷に意識を奪われる。
だめだ、そんなことじゃいけない、紳士に、いやそうなると決まったわけじゃないし
アーネスかわいいし、違う、いけんじゃね?違う。
そうじゃないんだ、ただの客人、俺は竜狩り、あの子ドルガ家、オーケー?
仕事上の関係、そう、仕事上の関係だから。
なのになんで俺は…ちょっとだけベッドの皺とか伸ばしてるんだ…!
と、そうこうしてるうちにアーネスが入浴を終え今に至る。
その間に筋トレをしたのは内緒である。
「シデンは、入らないのですか?」
彼女の質問に上の空に答え、俺はぎこちなく風呂へ向かう。
戸を開け、こじんまりした脱衣場で服を脱ぎ、風呂場へ入室する。
湯あみしたために床は濡れ、浴槽は湯気が上る、現代の風呂のような便利なお風呂グッズはないが、やはり風呂はいい…いい匂い…ん?
これ…、女の子が入った後のお湯じゃん…?
この世界へ来る前のこじらせた28歳の男性の感覚、そしてこの世界で抑圧された感情が理性の堤防を破って溢れ出す。
太鼓や笛を鳴らして盛大に陽気に感情に身を任せるように差し向けてくる。
シデン、行け、シデン、ゴー。
女の子が入ったお湯ぞ、飛び込まないで他にすることがあるのか?
飲む気か?この変態め、いい案だな、と。
唇を噛み、いくら否定しても、内なる感情は止まらない。
怪異が…、内なる怪異がぁ…!
続く自問自答を何とか抑え、俺はいたって普通に入浴を済ませた。
シデン会議は専らこの風呂の戸を開けた後の行動が議題だ
白シデンはこう言う。
「シデン考えてみろ。何もないんだ、彼女とはあくまで仕事上の問題だ、不埒な考えで現在おかれている立場を混乱させるわけにはいかない。」
黒シデン曰く。
「何を言っている、彼女は今日一日でかなり気を許してくれたではないか、それにこの宿に来て、風呂にまで入った、これは暗に『いいよ』という事に違いない。」
シデン(本体)に向かい「男らしく彼女をこの腕に抱くべきだ、シデン惑わされるな。」
と黒が言う。
白も負けじと意見する。
「男らしさとは!そのような考えを言うものではない!シデン、仕事を全うするのだ。」
あぁ…、僕はどうすれば…。
シデン会議は白熱していく一方で、何一つ決まらないまま戸を開ける。
行け、ダメだ、行くんだ、よすんだという会議も、次に移った光景でピタリと止む。
床に転がり、不用心な寝姿。
小さな寝息を立て、アーネスは瞳を閉じている。
その寝顔は愛らしく、それだけで煩悩はどこへやら、穏やかになれた。
これを見られただけ竜狩りとして役得というものだろう。
そういえば彼女は常に自分の仕事に抜けがないように気を張って、白海豚亭での一件も相当落ち込んでいた、頑張ってくれていたんだ。
休んでもらおう、それが彼女への敬意ってものだろう。
白と黒のシデン達も『賛成』の札を上げ頷いてくれているだろう。
床から抱き上げ、ベッドへ寝かせた。
戦猫は警戒心が強く、近づくもの、ましてやこんな風に抱きかかえられれば飛び起きそうなものだが、相当疲れているらしい。
照明を消し、床に座り壁にもたれ、瞳を閉じる。
その日は、夢を見た、まだ小さいころ、竜狩りの砦でヴェスやジェイディーやミラニットと訓練をしていた頃の夢。
みんな、元気にしているのだろうか。




