第19話「夜の街」
夜
装備を着替え、街に馴染むような簡素な格好で町の広場に来た、昼間立ち寄った広場だ。
昼間とは違った活気で、色んな種族が一つの卓を囲んで酒を呑んだり
女を口説く奴、尻に触ってひっぱたかれる奴、力自慢してる奴、喧嘩しだす奴色々だ。
「はあ、少しくらいくすねておけばよかったにゃ…」と聞こえた気がするのは気のせいではないだろう、多分彼女は普段はああやって澄ましてはいるが、たまに『地』が出るんだろうな。
給料足りてないのかね。俺も普段は財布すっからかんだよ…。
それはさておき、ツェドの居場所それから戦闘になることを考えて色々下見をしておきたい。
「りゅうが…シデン、ドラシェ・リラロキール」
少し後ろを歩くアーネスが呼び止める。
「シデンでいいよ、呼びやすいならそれでも良いけど。」
耳が動いた後「ではシデン」と言い直す。
「ツェドを見つけるのは比較的簡単です、長くても空が白む頃には見つかります。」
アーネスはフードを目深に被る。
「街の下見をするのであれば先にそちらを済ませてしまいましょう。」
ほう、してなんですぐに見つかると言い切れるのかな?
「ツェドはほぼ毎日酒場をはしごします、しかも店に居る他の客を追い出して、自分の仲間達だけで飲むんです」
「街を歩いていれば、少なからず愚痴をこぼす人達が居るでしょう」
なるほど、地理の把握と捜索を同時に行えるのか、やるなアーネスちゃん。
俺の反応が良かったのに気を良くしたのか彼女はやや饒舌になった。
「さらに、路地には娼館の女性たちも居ますから、ツェドの居場所を知れるかもしれません」
娼婦と言わない辺り、その人達に気を使ったんだろうか、やれやれ、さっきからアーネスを観察しているな。
「わかったアーネス、その通りにしよう、じゃあまずは…」
これから向かう方向を、何となしに決めようとふと目に入ったものが、通りすがりの奴が持っていた、ホットドックによく似た食べ物だった。
パンに細切れの沢山の肉、申し訳程度の野菜が挟まっている。
「あれを食いながら歩こう。」
その食べ物を指差しながら言う俺に、アーネスは明らかに嫌そうな、というか嫌な顔をして「食べながら歩くんですか?」と詰め寄る。
周りを見るに割りと当然の様に食べ歩いている、木製のピッチャーに酒を入れてもらって飲み歩く奴だって居る。
「この際マナーだとか行儀だとかはなしにしようぜ。」
フン、と鼻を鳴らしてアーネスは歩き出す、ジャネスの指導が行き届いてるんだな、ただ歩くのは違和感が出そうで嫌なんだが。
決して食べたいだけってわけではないぞ。うん。
「…シデン、あそこのお店のはおいしくありません、美味しいお店までお連れします。」
おお、意外だ、柔軟な対応だ、大丈夫、ジャネスには後で俺から謝るから。
名前の分からない肉ドックを頬張りながら街中を練り歩く、生まれてこの方、前の時もそうだったが考えてみたら女の子と街を歩いたことがない。
俺も随分と変わったもんだ、連絡先を教えてもらって送っても実現することなんて無かったな。
ただ一人、こんな俺にも本当に愛想良くしてくれた子がいたっけ。
名前は、もう思う出せないけど。
それがどうだ、成り行きとはいえ堂々と女の子と歩けるなんて、なんて幸福だ。マズイ、そう考えたら集中できなくなってきた。
落ち着け俺、あの血の滲む修行は何だったんだ。
「どうしましたシデン?」
アーネスの茶色い瞳が俺を見上げる。
アーネスは強いけど、小さいし、なんか守ってあげたくなるサイズ感だ。
…いや、いかんいかん、本当に集中せねば。
邪念を振り払い、俺達は街を広場を始点にぐるっと一周するように歩いた。
この路地はどこに抜けられるだとか、ここはどうだとか、アーネスは事細かに教えてくれた。
「詳しいんだな」とふと何気なく聞いたが
「ええ」という彼女の淡白な返答は、何かをひた隠しにするような頑なな意志を感じた。
広場に戻り、俺達は『白海豚亭』という酒場に入る、広場と変わらずここも賑わっていて、踊り出す奴、テーブルに突っ伏して眠る奴、懸命に口説く男に、退屈そうな女、過ごし方は様々だ。
店員に酒を頼み、代金を渡すところでアーネスが言う。
「…お酒を飲むんですか?」今度も怖い顔だ。
いや、ほら楽しい雰囲気に溶けこむために…と言い訳をするが「飲むならお一人でどうぞ」と、1人で卓に着く。
仕事は忘れてないけど…真面目なんだなアーネスは。
一応飲み物を2つ頼み、彼女居るテーブルに向かう。ちょこんと座る彼女は、誰かに話しかけられてるみたいだ。
肩が出て胸元の開いた格好をした金髪の女性が席に座るアーネスを威圧的に見下ろして1人で喋っているように見える。
「どうしたんだ?」彼女の前にコップを置きつつ座と、今度は俺にも高圧的に話しかけてくる。
「ハッ!あんたコイツの連れ?こんな女連れてるなんて何か弱みを握られてるか、相当の物好きなのね?」
穏やかじゃないね、あんまり騒いでほしくないんだが。
「シデン、気になさらず、この人は私の事が嫌いなだけですので。」
いや、気にしないほうが難しいと思うが。
「なぁに澄ましてんのよ、クソ女、どの面下げてこの辺りをうろついてるの?」
「こんなフードで顔隠してバレないとでも思ったわけ?」
パシン、とアーネスの顔を覆っていたフードを払う。
目に余る光景だが、アーネスはなぜ何も言い返さないんだ?
「ねぇ、あなた、シデンって言ったかしら?この子と過ごすより私と過ごしたほうが『いい仕事』するわよ?」
視界に豊満な谷間がいっぱいに、金髪のお姉さんが瞳を潤ませて俺の肩を撫でる。
「ありがたいが、今は空いてなくてね」
この一言が気に障ったのか、潤んだ瞳から一転、ゴミでも見るかのように睥睨される。
「ニナ、ここで揉め事は起こしたくありません、これ以上の話は外でしませんか」
「は?あんたの古巣だから?ここにあんたの事を知ってる奴なんてもういないのに?」
ニナと呼ばれたお姉さんは相変わらず食って掛かる。
「お店の迷惑になるからという意味です、そんなのもわからないですか?」
アーネスの語気が一気に強まる。
「胸以外に魅力の無い人はこれだから困るんですよ、周囲への配慮もできないし、声がでかくて、言っていることが支離滅裂だし。」
「一方的に食って掛かってきて、騒ぎ立てて、そういう所が人気の伸び悩む理由なんじゃないですか?」
ニナの顔はそりゃもう般若の如く変わっていて、今にも大噴火を起こしそうな程に怒気を溜めているように見える。
事情は全くわからないけど、図星だったんだろうか、
「この猫女…!」
そこから、二人の言い合いはしばらく続いた。
―
「申し訳ありません…シデン。」
白海豚亭を後にした俺達は、ひとまず俺が滞在している宿を目指して歩いている。
アーネスは肩を落として歩いている。
「いやいや、気にするな。」項垂れるアーネスを見ていると、それ以外の言葉が見当たらなかった。
彼女らの口論は毎秒エスカレートしていき、取っ組み合いまで始まる始末。
当然アーネスは手加減はしていたものの、服は破けるわ髪を引っ張り合うわで大変だった。
結局俺がアーネスを止め、ニナはどこぞの男に引き止められ喧嘩は収束した。
お互い引っ張られながら罵倒しあってたけど。
聞けば、アーネスは以前は白海豚亭で働いていたそうで、ニナは何かと突っかかってきたそうだ。
お店に迷惑がかかるということで辞職し、その後、故あってドルガ家に仕える事になったそうだ。
ニナはこの辺りの娼館で働くものとしてナンバー1として君臨しているらしい。
喧嘩の最中に近くに居た二人の勝敗で賭けをしていた者に聞いてみたところ、アーネスが働いていた時は、彼女目当てに通うのものは少なくなかったそうで、それはもう大人気だったそうだ。
ニナは自分を差し置いて人気を独占したアーネスを目の敵にして、いろいろな仕打ちをしたらしい。
「それは、どうでもいいというか、過去の話ですし、ニナが未だに突っかかってくるとは思いませんでしたが。」
そういう彼女に元気は無く、表情は優れない。
どうりで街に詳しいわけだ、フードを目深に被ったのもニナに見つかると面倒だったからか。
と納得しているとアーネスが話を続ける。
「私が申し訳なく言っているのは、そのことではなく、もちろん騒ぎになってしまったのは申し訳ないですが、そちらではないのです」
ん?どういうことだ?
「ニナを止めたあの男ですが、あいつはツェドの一派の男でしょう。」
ニナを止めた男、茶髪の気のいい兄ちゃんって感じだったが、あれがツェドの側近か。
「会ったことがあるのか?」
「いいえ、ですが腕に掘られた羊髑髏の刺青、あれはツェドの部下が彫るものなんです。」
なるほど、たまたま居合わせたんだろうか。ニナを買ったんだろうか。
「何にしてもお互い顔を合わせてしまったのは予定外です、あなたの計画していた手筈とは違った形になったと思いますし、私としたことが…」
おろおろしてるアーネスはとても可愛いが、今はまだこの出来事がどう効いてくるかはわからない、これはこれで念頭に追いておくとして。
「アーネス、そんなに気張ったって良い結果は出ないさ、気にしすぎるな。」
肩をぽんと叩き、元気づけてみる。
はい、と小さく返事をして彼女はそれでも俯いている。
割と開けた道だが、あたりに人通りは無い、俺は自問する。
どうだろうシデンよ、ここで彼女の肩を抱き、キスでもして元気づけるんだ。
ほら、今日一日いい感じで話せたし、なんか距離感がぐっと縮まったじゃん?
もしかして行けるんじゃね、的な。
まぁ、そんな勇気は無いんですけども…。
-
所変わってポリア港
昼間は数多くの船舶が往来するこの場所も、夜も深くなれば静かなもので
波の音と、波に揺れる船たちが微かに軋む。
煌々と夜空に浮かぶ2つ目の月が中でも一際大きな、軍船ほど有る船舶を照らし、巨大な影を作る。
大きな港街であるポリアの錨泊地をもってしても異質な程だった。
シデンの討伐目標であるツェド・グライマーはこの船の中で生活をし、各地を転々とする。
船長室の前に立つ男が1人。
「頭、ヨろしいでしょうか。」
熱気と甘い匂いの煙が篭った部屋に、男がノックも無く入る。
腕に羊の髑髏の刺青、気の良さそうな優男は、床に転がる金髪の女を見る。
女は不規則に身をくねらせ、大口を開けて辛うじて呼吸しているようだった。
自分より二回りは大きいその男は、葉巻を吸い、雲の様な紫煙を吹き出す。
「おう、見つかったか」
岩を髣髴とさせる筋肉、褐色の肌、大きな背中には三本角の羊髑髏、白髪の口の周りに生える整った髭。
『狂災』ツェド・グライマー。
「ええ、一目でわかりましたよ、紫色の瞳なんてそうそういやしませんかラ。」
ツェドと話すこの男は、白海豚亭でシデンと出くわした男。
腕に羊髑髏、茶髪の糸目、腰には一振りの曲剣。この男がツェドの側近
『斬凶』ヴァオス・ヴォル・リー。
「"竜狩りシデン"、ドルガ家に付き、私達の首を狙っている…。『あの剣士』の言うことは本当だったようでスね。」
リーは椅子にかかっていた、おそらく女の衣服であろう布を裸の女にかける。
ツェドは既にその女には興味を無くしているようで、リーのその所作を見ても特に何も思わなかった。
「明日、ぬかるなよ。」
ツェドはそう言うと酒瓶を呷る、片方の手を払うようにして、退出を促す。
リーは女を抱き上げ、船長室を去る。
ツェドが買った女を湯につけて身体を綺麗にして帰す、いつもそうしている。
そう指示があるわけでなく、リーの独断で行っている。彼なりのこだわり。
意識を取り戻した女を船外まで見送り、戻ろうとするリー。
「おヤ、どうしましたこんな夜中に」
彼の前に灰色のマントに身を包み、フードを被った剣士が佇む。




