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第21話「討伐開始」

「俺はあのフード、アーネスはあの薄ら笑いで行こう」

「うすら…?」

たったそれだけの作戦会議、あとは個々人の技能に任せるといった所だ。

アーネスは両腕を赤黒く変化させ、庭園で見せたように剥き出しの殺気。

ぞわぞわと髪の毛が逆立ち、威嚇するように一度息を吐く。


対する向こうは涼しいもので、リーの顔は相変わらず薄い笑みが無くならない。

フードの剣士は銀色の鉄甲に握られた真っ赤な刀身をだらりと下げている。

二人共隙は無い。

一拍、互いの沈黙を破ったのはこの対峙の誰でもなかった。


「シデン!!!」

仕掛ける暇を伺っていた頃、声は後ろの方だ、ジャネスの怒号が邸宅内から響く。

瞬時、嫌な予感。俺はリーの先ほどの一言を思い出した。

『私は準備がいいんです』振り返り、迷いなく邸宅内を目指す。

後ろから追いかけてくる様子は無い、邸内エントランスに倒れるフィジオ。

一番最初に声を掛けた警護の男が剣を振り、ジャネスは腕で受け止め体勢が膠着している。

ジャネスは膝をつき、肩の辺りに血が滲む。

状況を把握するには充分、狼狽えている場合ではないと踏み込む一歩。


「ヒヒッ、死ねジジイ!」

こいつがそう言い終えた頃には、男の首は胴体から離れていた。

血は出ない、俺の剣が帯びる雷で断面を焼いた。

それでも溢れる血液はぷつりぷつりと焦げの間から漏れだして徐々に滴る。

力なく膝を折る男の死体は、頭部が床につくのと同時に倒れた。


フィジオを見ると彼の腹部辺り、洋服がどんどん赤く染まっていく。

間違いだった、アーネスを再度警護に戻ってもらうべきだった。

俺が奴らの様子見のために力を出し惜しみしたから、最悪の状況を招いた。

さっさと倒しにかかっていれば、2対1でも対処はできたかもしれないのに。

奴らの動向を知る必要があると、そう思った、だから戦力を削ぐ必要があった。


だけどそれは本当にそうだったか?ドルガ家の者はツェド一派が倒れればそれでいいんじゃないか、一瞬のうちに、一度に、あらゆる思考が巡る。


外に居る二人を睨む、まるで八つ当たりだが、この二人を殺せば、ツェドを殺せば、ドルガ家にまだ道は残されてるんじゃないだろうか。

したり顔のリーに、剣士は何かを言い、納得したようにリーは従ったようだった。

「逃がすか!」

俺は咆哮と共に全力で走る、微かに間に合わず、剣士は剣を横に薙ぎ、斬撃は衝撃波となり俺に向かってくる。

斬撃で相殺するも、二人の姿は既に無かった。


邸内からアーネスの叫声、何度もフィジオの名を呼んでいる。

腹を抑えて、止血しているようだった。

床までが徐々に血が染み、色を変えていく。後悔と、焦燥とが一気にこみ上げる。


「なぁ、この辺りに医者とか、薬屋とかいないのか?」

ダントが神妙な面持ちで声を低く答える。

「いるさ、だが、皆ツェドの恐怖に支配されている、ドルガ家と関係のある私はおろか、ドルガ家の当主を助けることはない。助けられないんだよ。」

沈んでいく空気、誰もがフィジオの倒れた姿を見ているしか無かった。


ツェドの支配はそこまでに及んでいる、街に住む人達は悪く無い。彼らにも生活があるのだから。

このまま見ているだけなのか?

考えろ、俺が背負ってフィジオを家まで連れ帰れば、俺の荷物の中に回復薬くらいはある。

この出血量で、フィジオが持つかはわからない、だからって何もしないでいるよりは…。


「フィジオ様!!」

その声もまた、聞き覚えのないものだった。

振り向くとドルガ家の使用人、今朝駆け込んできた黒髪の使用人の娘がそこに居た。

その娘は一目散にフィジオに駆け寄ると、アーネスに傷を見せるよう言い、下がらせた。


今度は彼女が傷口を押さえ、ピタリと動きを止める。

何かを呟き、傷口に当てた手が光を放つ。治癒魔法、フィジオの手当を始めた。

どれくらいだろうか、彼女は手を当て続ける、ふっと光が止む。

傷はなんとか収まりました、と汗を拭う彼女の顔色は悪く、相当疲弊したようだ。

フィジオは深く呼吸をし、眠っている。


「ミサネ…、なぜここに?」アーネスは固唾を飲んでこの状況を見ていたが、遂に一番の疑問を投げかける。

ミサネと呼ばれた使用人はジャネスの傷口を見ると「相変わらずですね」と言うだけで、手当は必要ないと断定したらしい。


「はい、皆様が出て行かれた後ちょっとしまして…、ドルガ家を訪ねてきた方がおりました…、その方は『この家に治癒の薬品に心得のある者か、治癒魔法を唱えられる者はいるか』とお聞きに…。」

「む、無論、ドルガ家を狙う者という方かもしれない…と思ったのですが、なんとも端正なお顔で、なんとも気品のある方で…、敵意も感じられず…。」

「私はつい…、つい正直に、治癒魔法に多少心得があります、と答えた途端、その方は私の手を取ってビューン!って!」

「気が付くと、ここに居たんです…」

そう言った彼女も、何が起きたかはよくわかっていなさそうに、言い終える頃には話を聞いていた俺達の顔色を伺うようだった。


違和感だらけだ、ミサネとやらをここに連れてきた奴は、まるでここで何が起こるかを知ってたかのように行動したってわけだ。

「どんな奴だった?」

「どんな方か…ですか、とても美しい方でした、綺麗な銀の髪で、透き通るような緑の瞳。なのに、見窄らしい…と言いますか、不釣り合いな灰色のマントを羽織っていました」


全身が一度軽く脈打つような感覚。俺は今まで生きてきて銀髪緑眼の女には一度しか会ったことがない。

まだそうと決まったわけではないが、特徴が一致している。

「そいつは名前を名乗ったか?」

矢継ぎ早にミサネに質問する、俺は焦っていたのだろう、彼女はおろおろと慌てて答える。

「いっ、いいえ、お名前は伺いませんでした、私を連れて来た後、『私達が去るまでここで待っていて、それから邸内に来るように。』と仰せに…」


一体どういうことだ、何が起きてる。俺の予想が正しいなら、なんでアイツはツェドの側に付いてるんだ?

これまで黙っていたジャネスが重い口を開く。

「シデン殿、今回の一件に関するあなたへの報酬、ヴィヴィミラニット・ヴィサリニア殿の現在ですが…」


今、ここで、その話題をするのか?鼓動が早くなっていくのを感じる。


「彼女は今、ツェド・グライマーの剣客として、彼とともに行動しています。」


-ポリア港・ミラニット視点-

ツェド一派の構成員が積み荷を降ろしたり、新しく物資や、人間を運ぶ。

ツェドは人身売買、違法な物品の取引、通常のルートでは出まわらない物を隠さず各地へ運び、ここポリアにも入れる。


リーは甲板からその様子を見張りつつ、先刻の事を思い出している様子。

「いヤぁ、シデンさんはお強イですねェ」

リーはバリエル邸での出来事を振り返り、ご満悦だ。

ミラニットは黙って彼の後ろに立つ。

「どンなお気持チですか?同士を裏切ルというノは?」

意地の悪い質問と笑み。リーはシデンと私の関係性こそ知らないものの、竜狩りというのは本来は怪異を狩る者として、協力こそすれど、衝突するものではないことを知っている。


答えない私の表情をじろりと眺めるが、反応を示さないのがつまらなさそうだ。

「ウチの頭とシデンさん、戦いますかネ、戦いますヨね、どっちが勝つダろう…。」

「その前にもう一度戦いタいなァ、彼の剣、すごかッたなァ…。」

「シデンさんは勝てますかネ?」

いやに饒舌だ、勝利を確信しているかのような、わかっていて敢えて聞いている、この男はそういう奴だ。


これにも私は答えない。答えるまでもない。

『シデンはあなたたちなどに負けない。』

そう確信しているから。


私には目的がある、それを知ったとしてもシデンは、やはり私を責めるだろうか、ツェドについてから、彼に歯向かうものを切り伏せてきた。怪異でもない者達を。

竜狩りとして失格だし、目的を果たすためとはいえ、この手を血に染めすぎた。

そんな私を知ったら彼は、『怪異』として倒しに来るのだろうか。


おそらく竜狩りであるシデンが動いたということは、ツェド一派は怪異として魔術院から手配を受け賞金首になっているだろう、人であろうと、きっとツェドの関係者は全員怪異として竜狩りの討伐対象になっている筈だ。

シデンは、私の話も聞かず、殺しに来るだろうか。

もし叶うなら、少しだけでも話がしたい。



ゴトン、甲板に投げ入れられる何かが視界の隅を通る。それは球のようだった。

飛んできたものに視線を送る、リーもそちらを見た。

首。それはバリエル邸でフィジオを襲った構成員の首級。

額にはナイフが刺さり、羊皮紙を止めるようにされている。


リーからすると見慣れない印が書かれている。

「おやおや、随分ナ挑発だ…、なンですかね、この文字…、印でしョうか」

首を足蹴に、血で書かれた文字を確認する。

ミラニットからすると馴染みのある文字だった。

「これは竜狩りが使う、古い印。」

「へぇ、どンな意味が?」

「『討伐開始』」


埠頭がざわめいている、街の方から真っ直ぐ、人が飛び壁に叩きつけられ、海に飛ばされ。

まるで爆風に捲かれるように為す術なく、一直線に。

「キた…キましたよ竜狩りシデン!!」

リーは私の肩を叩き興奮を隠さない。

部下たちを撒き散らしシデンは高く飛ぶ。


時刻は昼、日が高く、空は青い。その竜狩りは船首に着地し、ゆっくり身を起こす。

日差しを背に紫色の瞳が煌々と影に浮かぶ。

刀身に刻まれた文字が青みを帯びた紫色で浮かんでいく。

研ぎ澄まされた切っ先に陽光が反射する。その刃と似た鋭い眼光。


シデンの着地で船が揺れたのだろうか、それとも彼の殺気がそうさせているのだろうか

陽炎の様に景色が揺らぐ。

びりびりと小刻みに揺れるような、痺れるような気迫、人とは思えないほどの。

ぐんと身を屈め、膂力が全身に漲る。

踏み込みと同時に船が大きく傾く。

リーの首を狙う彼の一撃を咄嗟に受ける、傾斜になった甲板のせいでまともに受けきれず

壁となった床板に叩きつけられ、刃が弾かれそうになった寸での所で持ち直す。


鬼気迫るシデンの表情、食いしばる歯、幾つもの言葉を飲み込み力が込められる視線。

大きく揺れた船の傾きが元に戻る、また逆の方へと傾く、その間。

リーが狂ったように笑いながらシデンに斬りかかる、シデンは私から離れリーの攻撃を受け、躱し、反撃の隙を窺う。


リーを援護し、この竜狩りを倒さなければならない、仲間だとしても。

とうの昔に覚悟をした、無関係の人間をこの手にかける時から。

シデンの視界の外から斬りかかる、にも関わらず当然のように反応し剣撃を弾かれ、流され、躱される。

リーも狡猾に死角から攻撃を繰り出し、時に正面から二人で、別々に必殺の瞬間を図っても、紫眼の竜狩りはその全てを凌いで見せる。

やがて私の剣の勢いは殺され、リーは蹴りを喰らいシデンとの距離が離れる。


すかさずシデンはリーへ追撃を仕掛ける。

私もシデンを追うが、シデンの速さにこの距離では私はリーへの攻撃を止めることが出来ない。

視界を掠める巨体、シデンは止まり、かの一撃を両腕で防ぐが、振りぬかれた腕の勢いをそのままに、船首の方へと吹き飛ぶ。


「フン、良い反応だな。」

ならすように肩を回しながらツェドは真っ直ぐにシデンを睨む。

吹き飛びはしたものの、宙空で体勢を立て直し、しっかりと着地したシデンは何を言うでなくツェドを睨み返している。


「オイオイ、お前ら揃いも揃って1人に何手こずってんだ?」

その言葉は特に私に向けられている。挑発するような、疑っているような。

私がシデンと裏で結託しているのではないかと勘ぐっているのだろう。

そのとおりであれば、どれだけ楽なことか。


帆が張られ、気がつけば出港の準備がされている。

船は徐々に埠頭から離れつつあった。

シデンは動き出す船に気がつく、ここでツェドを仕留めたいのだろう、前傾姿勢をとり、体に纏った雷が音を立て勢いを増していく。

「雷の属性能力者(エレメンタル)か、ヘッ、可哀想に」

ツェドはシデンの電雷を目の当たりにしても臆すること無く一歩前へ出る。


「オラァ!野郎どもォ!さっさとここを離れるぞ!」

耳を劈く規格外の声量、船はみるみる陸から離れていく。

シデンは一瞬のうちにツェドとの距離を縮める、振り下ろされた刃に何ら臆すること無くツェドは腕の筋力だけで受けきった。

その一撃を嘲笑し、反撃にシデンは宙で体をくの字に曲げる、さらに追撃。

苦悶の中シデンはかろうじて防御をしたが、船外まで飛んでいく。

付近の倉庫の壁を破って姿は見えなくなった。


「一丁あがりだ、リー、剣士サン、怠けてんじゃねぇぞ」

私たちを睨みツェドは船長室へ戻っていく。

しかし私の眼には、シデンの魔力の輝きが倉庫の奥から見えている。

一瞬だけ、その輝きは強さを増した。


来る、直感だったが私は船をかけ、案の定倉庫を飛び出すシデンを迎撃。

あの金髪の娼婦を訪ねて。と残し、シデンを跳ね飛ばした。

生存がすぐに確認できないように。


跳ね飛ばした勢いで甲板へ戻る。

リーは彼を殺せたのか気にしているけど、死んでなかったら殺すだけだと跳ね除けた。

「剣士サん…、わカってますヨね?自分の立場。」

「忘れたことなどない、あれをくらって生きていた怪異も人間もいない」

奴の詮索を突っぱね船室へ戻る。


後はシデン次第、次に会うときは本当にどちらかが死ぬことになるかもしれない。

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