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第15話「現在」

簡素な麻のシャツの上に鎖帷子を来て、襟首の長いベストのような形の鎧を被る。

丈夫な革手袋に鉄甲を縫いつけた防具を嵌め、革のパンツの上から大腿部を覆う鋼鉄。

つま先にも鉄があしらわれたブーツを履く。


鋭く研がれた鋼の剣の刀身は詩の様な文字が掘られ、柄には紺色の帯が巻かれ、それを直す。

その根本には指輪が一つ嵌められている。


柄の先端、帯を留めるための柄頭と呼べる部分は、魔石を平らに削り加工したもので留められていて、ネジのように回して固定する。


"竜狩り"シデン・ドラシェ・リラロキール。

剣の聖地での修練を終え、かつてはシデンという名前のみだったが、修了したこと証す、剣術の名がついたものを師から授かった。


旅を始める前に聞いていたとおり彼らが左回りに大陸を移動しているなら

右回りに移動すればいいと考え、もう何年も探しているが一つの大陸を移動するにも、年単位で時間が必要だ。

自分の功績を聞きつけた仲間のうちの誰かの耳に入るように、なるべく一つでも多くの怪異を討伐しながらになると、より時間がかかる。


一つの大陸に留まるも考えたが、仮に全員がそれぞれの大陸で足止めを食っていたとしたらと考えると、動ける時は動いたほうがいいと判断した。

ヴェスやジェイディーは、直ぐに見つかると思っていたが、そうはいかなかった。


ここ数年での唯一の手がかりがこの宿だ。

泊まりに来た俺の名を告げると、どうやら以前にやってきた客にシデンという名前の男が来たらこの部屋に泊めるように、と前もって金を払ってくれていたらしい。

それから、飯を沢山食わせてやって欲しい。と。


特徴からすると小柄な男で、お調子者だったと。

そんな知り合いは居ないから、最初は疑ったが。その男はヴェスと名乗ったという。

有名な竜狩りだから、誰かに名を騙られる事はありそうだが、偽物が名指しで俺を知っているとは考えにくい。


ヴェスの知り合いかゆかりのものと考え、部屋に通されたが、特に置き手紙が在るわけでなくヴェスの図らいの意味を考えつつ、この辺りの怪異を狩って情報を集めている。

だが、ここでも大した手がかりは掴めない。

ため息が一つ、鼻孔から出て行く。気を取り直して今日の予定だ。

昨日契約した依頼をこなす。

なんでもグールの集団が街の外れの倉庫に住み着いて困っているらしい。

妙な話だ、昼も夜も倉庫に篭っているらしい。

グールは通常、夜には行動するはずだし、街の外れとはいえ(ヒト)が傍にいるなら食い散らかすはずだが。


こういう依頼は決まって罠か虚偽の契約だ。

本当なら依頼者に詰め寄って聞き出す所だが、今は斬り伏せることになろうが関わる人間が多い方がいい。

誰がどんな事を知っているかわからないからな。

明るいうちにさっさとこなして次の依頼でも受けるか。


ヒョーシア大陸東部にある大きな港町、『ポリア』

市場は朝早くから賑い、人でごった返している。

そう、俺は右回りに大陸を回ろうとした。ヤオロズからヒョーシアは逆方向。

土地勘がないというのは怖い。

この数年、探していたのは本当だ。怪異を討伐していたのも本当だ。

気が付くとヒョーシアに来ていた。土地勘がないというのは、本当に怖い。

今日まで死に物狂いだった。怪異の討伐、貧困…。相変わらず、格好がつかない。

悪いことばかりではなかったが。


血の臭い、この方角は依頼者の言っていた倉庫の方からだ。

木造2階建ての倉庫、この中から血の匂いが漏れでている。中に何者かがいる気配はしない。

倉庫の周りを一周し、倉庫の周りは草が茂り森に続いている。

上の階の壁には壊れて大きな穴が空いていた。

大型の怪異も考えられるが、まずは中に入ってみよう。

…これはひどい。倉庫中に溜まった血のと臓物の臭い。

壁一面は赤く染まり、血だまりで足音が鳴るほどだ。

人数は5人、その中の誰もが力なく倒れ、壁にもたれたり、散ったりしている。

首、腹などに残された傷を見るとどれも致命傷。


こいつの傷は不可解だ。刃物で斬られたような後に、首元は千切った様な傷。


千切られた肉片が壁に叩きつけられている。

足元に転がる右腕を持って持ち主を探す。

これは…こいつか。

殴られた顔面が陥没している、右手の形から見るに、攻撃を防ぐためにかざした腕を斬られ、顔面を殴られ、撫で切られたといったところか。


これだけの惨事だ、この事態を起こした張本人の足にも血液がしっかりついているはず。


この倉庫を出て行った足跡は無かった。ひときわ大きな足あとはあったが。


倉庫の上階に続く階段を見る、見るとここには足跡がくっきり付いている。

人間の足のようだが、かなり大きい。

4段程飛ばして大きな足跡は階段に残され上の階に続く。

大きな足跡は壊されて開いた壁の穴に続いていて、血の跡が見られる。

壁の穴から見える景色を見ると、背の高い雑草が茂っている。


ここから降りたのか…、俺もひょいと壁の穴から飛び降り、草むらへ降りる。

草が折れ曲がっているのを見つけると同時に、葉に付いた血液と思しきものが葉を染めているのを見つける。


この奥に向かったようだ。視線の先は街の境界を示す木の柵。この先は川を挟み森に続いている。

ふむ…、追う前にこの倉庫を燃やさなくては。怪異が出現する素となってしまう。


依頼者を呼び、事の顛末を説明する。

「そんなわけで、ここが怪異の温床になる前に燃やすけど、問題はないか?」

中の状態を見たようで、依頼者は何かを呟いた。


返事を待たず俺は倉庫を燃やす。

大体の竜狩りは火印(フラム)を習得できるが、俺は属性が突出しているため他の属性を唱えられない。倉庫内に油を撒いて雷で火をつける。


あの依頼者の表情、どうもきな臭い。

中の様子を見たあいつの表情は、笑みをこらえている感じだった。

情報を引き出すために関わる人間は多い方が、とは考えたが、人選を誤ったか?

炎に包まれ、弾ける音を不規則に鳴らしながら、燃えていく。


「あんた、あの連中が死んだ事を俺に確認させたかったのか?」

「…別に、この倉庫はボクの家の持ち物だったけど、あいつらが溜まり場にしてて困っていただけさ」

「お前はグールが住み着いて困っていると言ったな、俺に嘘をついたのか?」

依頼者の悪びれない物言いに視線に力がこもる。

「た、確かに、グールが出るなんて嘘はついたけど、君も見ただろう?あんな残酷なやり方、怪異しか居ないじゃないか!偶然だけど、怪異は見つかったじゃないか!」

きたねぇな、唾を飛ばすんじゃねぇ。


「言っておくがな、怪異は人間だろうが肉であれば喰らう。またはその魂、生命力を吸い取る。」

「中の死体は食われたわけでもないし、魂が食われたわけでもない」

「この倉庫に向かう足跡は6つある、うち5つは中に居た奴らのものだ、そしてもうひとつは普通の人間サイズだった。あいつらを殺した者の大きさでなく、普通の大きさだ。」


足元を指さし、ゆっくりと告げる。

「そう、ちょうどお前の足の大きさくらいのな。」

「知らない…」

依頼者は狼狽えているようだ。

俺は胸ぐらを掴み、語気も自然と強くなる。

「言え、お前が頼んだ相手次第ではそいつはお前に漬け込んでくるぞ、今回の件を餌に。」

「何かが起きるのはお前だけじゃない、お前の家族、友人、友人の家族にまで及ぶかもしれないぞ」


依頼者は少し黙った後、俯く。

「ツェド・グライマー…この街じゃ有名な悪党だ、そいつに…あいつらを殺してほしいと依頼した。」


海賊行為、強盗、恐喝、人身売買を生業とする悪党。

ポリアにも衛兵はいるが、ツェドは自慢の怪力を武器に衛兵でさえ躊躇わずに始末する。

被害が大きく、取り締まれずにいるのだという。


「妙な話だな、そんな大悪党がなぜお前と取引をする?ツェドに大した旨味が無いようにに思えるが」

「ボクの家は昔から細々と商人をしていて」

「ツェドの盗品を横流しするためには、自分で売るとなると難しくなったから、衛兵にマークされていない流通が必要なんだよ。」

「彼は自身が有名になりすぎたせいで、盗品や人を売りさばくルートが狭まっていることに苛ついている。」

「だから、こうしてボクの様な商人に恩を売って、新しい流通を開拓してるんだ」


この街で、どこのどいつがどんな生活をしてても興味はないし、

正直、そのツェドにも興味がないが、そいつの持っている情報は気になるな。

「そいつは各地を転々としているのか?」

「基本的にはこの街だけど、船で船を襲ったりもしてるみたいだから、色々行ったりしてるんじゃないかな」

ふむ…、多少危険はあるが―


所変わって、海上。

広い船上、3本の立派なマスト、帆は畳まれ、甲板から1人、望遠鏡でポリアを覗く。

「頭、火事でしょうか」

言われずとも頭と呼んだ大男に望遠鏡を渡す

「…ありゃぁ、昨日殺した奴らをしまっといた倉庫の方だな。」

「青い煙…ふぅん…」

そういって望遠鏡を返す。


「ありゃ竜狩りだ、あいつらはな、人の家燃やしてああやって青い煙を上げるのさ、きったねえ守銭奴よ。」


部下と思しき男は中肉中背だが、それよりも、2回り程横幅も縦幅も大きい。

岩のような筋肉。大猿のような顔。ツェド・グライマーである。


―よし、決めた。


シデンは依頼者の胸ぐらから手を離し、今度は両方の肩に手を乗せて言う。

「そいつに会うにはどうすればいい?」



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