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第14話「旅立ちの色、桜色」

旅立ちの前日。

すっかりボロボロになった俺とミラニット、くたくたの俺達を待っていたのは

いつもと変わらない食事だったが、楽しい宴。

最初に俺達竜狩りの砦の仲間の旅の無事を祈るためのゲン担ぎが行われた。


大きな木製のコップに並々注がれた酒を、年長者から順に飲んでいき、飲み干した者は次の者にコップを渡す。そうやって一回りする。

以前の世界では酒は飲んでたが、この世界にきてからの酒は始めてだ。

ミラニットも酒なんて飲んだことが無く、しかもヴェスが間違って非常に強い酒を注いだがために俺もミラニットも飲み終わった直後から酩酊状態だ。

俺達は小さいコップだったけど。


ヴェスの大きな笑い声がより大きく感じる。

フワフワしてへろへろで、訓練で疲れた身体に酒が染みる。

ミラニットは真っ赤な顔でどこかを見ながら身体を揺らしている。

前髪で隠れているが、こいつが男じゃなければ、女だったら相当モテるだろうな。

いや、この雰囲気は女にもモテるかもしれない。


俺は知ってるんだ、顔が整ってなくても雰囲気でイケメンと呼ばれるんだぜ。

ミラニットの場合は整ってるけどな。

宴会のような、楽しい食事だった、こんなのはいつぶりだろうか、もうずっと前の事だった気がする。

この世界に来るよりもっと前だったような気がする。


今日のヴェスはサービスが旺盛だった。

「臭い旅人は宿に泊めてもらえない事があるから気をつけろよ」と風呂を用意してくれた。

その昔、植物の怪異を倒しあと、そいつの身体から吹き出た液体を浴びて、そのまま討伐を依頼した村へ戻ると、あまりにも臭すぎて報酬がもらえなくなる所だった事があるらしい。


ヴェスは珍しく昔あったそんな話をしてくれた、ジェイディーもミグも、みんな話が上手で笑ってばかりだった。

食事も終わり、皆で片付けた後「後で風呂はいろうぜ!男四人でパーッと!」

皆不思議そうな顔をしていた気がするが俺は楽しくて浮かれていた。

そう、今思えば当然だったんだが。


「ふむ、たまには儂ら男衆で裸の付き合いもいいかもしれんのう」

ヴェスは乗り気だったので、さっさと後片付けを済ませ浴場へ向かった。

ここでの生活は、風呂というよりは基本的に身体を洗うのみで、水を浴びていた。


実に年単位ぶりの風呂である、お湯である。

それだけでも俺は嬉しかった。

ヴェスお手製の砦の裏にある森林の一部を繰り抜いた浴場。

しかも何故かお湯が冷めないようになっている。


俺はいつになく有頂天で、飛び込んで泳いでみせた。

「ほほー、シデン、お前泳げたのか」

初老の男性とは思えないくらい逞しい身体は、刺し傷、切り傷と、傷跡が数えきれない。

まさに身体が彼の戦歴を物語っているようだった。


「うおー、いい湯だなぁー、あったけぇー」

ゆっくりと湯に使っていくジェイディーの身体も彫像のように逞しい肉体。刻まれた傷跡の数々。

改めて、この二人の潜ってきた死線を想像させられる。


「しかし、ミラニットもこんな時くらい勉強なんて止めて一緒に入ればいいのになぁ」

俺は水面から顔だけ出して、夜空を眺めながらボヤいた。

「…シデン、お前本気で言ってんの?」

ジェイディーが疑う様に俺に問う。本気?なにが?


「どうやら本気のようだが、儂もさすがにとうに気づいておると思っておったが」

え?何?なにが?

「当然といえば、当然かのう、竜狩りになってからは、ほとんど人との接点などなかっただろう?」

ヴェスはジェイディーに言うと、ジェイディーも最初は肯定しなかったものの

まぁ、そういうこともあるのかなぁと、考えこみ腕を組む。


「シデン、実はミラニットはな…」とヴェスが改まって神妙な面持ちで話し出す。


所変わって、女湯。

ミラニットは初めて見る大人の女性の身体に同性ながら、なんとも言えない羨ましさと憧れの感覚を覚えていた。

年齢不詳のミグ・ジェーンだが見た目は若く、その肉体は幼いミラニットからしても妖艶にうつる程、美麗であった。

「大丈夫よ、あなたもきっとこうなるわ、美人だもの。」

ミグは優しく微笑む。あまりに見つめすぎたのかと、目をそらす。


「あったかい…、気が緩む感じ」

とある事情から、この竜狩りの砦に来てから、竜狩りになり、今日に至るまで

ミラニットは湯浴みなどはしたことがなかった。

ただのお湯がこんなにも気持ちが良いものかと、堪能する。


周りは森に囲まれて静かで、夜空を見上げて星を眺めることはよくあったが、こういう時に見る夜空も、また違うようでいいものだ。


「ヴィヴィミラニット・ヴィザリニア」

ミグが発した言葉に揺れるミラニット。

「あの(ヴェス)も何を考えているのか、あなたを匿うなんてね」


ヒョーシア大陸の小国、ヴィザリニア。

西の隣国と東の隣国の諍いに巻き込まれ、国土を奪われ、一族は滅亡した。

ミラニットを残して。

戦時中にヴィザリニアに居合わせたヴェスによりミラニットは引き取られ、この竜狩りの砦にやってきた。


「あなたは強くなって、一族を殺した連中に復讐でもしたいの?」

ミグの眼差しは力強くミラニットを見る。

「…、わからない。」俯き、水面を見つめるミラニット。

「ただ、ヴェスが言うには、その時私以外にも逃げ出した家族がいるみたいなの。」

「家族を探して、困っているなら助けてあげたい。」

そう言ってミグを見返す。


「復讐なんてするな、とは言わないけど、ここにいる理由が暗い感情じゃなくてよかったわ」

眼差しは綻んで、ミラニットを見ている。

「誰かを守るなら、助けるなら、強くならなくちゃね。」

そう言い終わると、どこかから、声がする。叫び声だろうか、助けを求めるような。


突如水面が爆発する。

と言うよりは何かが落ちてきたと言う方が正しい。


「ぷぁっ…」

落ちてきたものは妙な鳴き声で勢い良く水面から身体を出す。

ミラニットは戦うべく飛び上がり、浴場から上がる。

剣はこの場にはなく、加えて足元は湯のせいで、動きにくいため、まずは体勢を整える。


しかしミグは、湯に浸かったままだ、何故?

「あ…」顔を上げた曲者は顔を真っ赤にして、こちらをまじまじと見る。

「あ…」ミラニットもその曲者を見て、間の抜けた声が出る。

「シデン…」落ちてきた者に声をかける


再び男湯


「ミラニットはな、女なんだ。」

ヴェスの言っている事はおそらくいつもの笑えない冗談なんだろうと、鼻で笑った。

ちらとジェイディーを見て、理解する。どうやらヴェスは冗談を言っていないらしい。


「嘘だろ?」そういいつつこれまでのミラニットの言動や挙動を思い返す。

そういえば今まで着替えを見たことがなく、水浴びを一緒にしたこともない。

ヴェスやジェイディーの着替えも水浴びも見たことがなかったから、普通の事だと思っていた。

「いうても女性だからのう、儂らも竜狩りとして扱うのは前提じゃが、いち女性として育っていって、誰か生涯の相手を見つけた時に、男勝りに豪快だと相手も見つかりにくくなると思うてな。」

「儂らもミラニットもカジャの女連中に色々教わりながら、暮らしてきたのだ。」


それで、着替え等はそれぞれが見えないところでするようになったと。

以前俺が破いた服は、気に入ってたんじゃなくて、肌を隠してたのか…。

肌っていうか、その下の…。


「まさか今まで気づいてなかったとはな…」ジェイディーは少し戸惑いつつ笑っている。

「だのう、これだから女の体を知らんものは…」と辺りを見回し、あるところを凝視しだすヴェス。

「よしシデン、お前ちょっと勉強してこい。」

そう言い終わった頃には、俺の脇は抱えられ、次に自覚したのは俺は放り投げられたという事だ。


全裸の少年は月夜に空を跳び、滴る水滴が月明かりに反射する。

まるで妖精が輝く鱗粉を残すかのように、弧を描く軌道を記すように。


空高く飛び上がり、俺の眼下には森を一部繰り抜いたような浴場があった。

これあそこに落ちないとやばくない?ていうかそこに落ちていってるけど助かるのこれ。

みるみるうちに水面が近づく。

俺はただ声を上げることしか出来ず、ただ落ちていく。


急に、落下速度が緩んだ気がした。無事、着水。とりあえずは生きている。

ここにも浴場があったとは知らなかった、そんなことよりさっさと上がってヴェスに文句の一つでも言ってやらねば気が済まない。


水面から顔を出すと、そこにはミグが涼しい顔をして湯に浸かっている。

「シデン、空から降ってくるなんてなかなかやるじゃない」

余裕のミグ。しかし…なんてこった…、お湯に、丸が2つ…浮かんでいる…。

年齢不詳だが明らかに俺よりは年が上だろう、なのに。なんて綺麗な肌…!


俺を呼ぶ声に促されるまま目線を巡らせる。

「ミ…ミラニット…」

何度も視線が上下する。直前まで湯に浸かっていたんだろうか、肌が淡く赤くなり、桜色だ。ていうか、もう、色んな所が桜色。色んな意味で。


この状況をどう弁解したらいいものか、そういう事も考えた。

そんな事は一瞬で消え去り、目の前の光景に釘付けだ。

ミラニットの顔が、湯に浸かった肌より赤くなる。


そのきれいな肌色がブレたかと思うと、腹部に重く鋭い衝撃。

ミラニットの胸部が僅か目の先に近寄る。

ぷりんとした尻が見えたかと思うと、掌底が下顎に綺麗に打ち込まれる。

ここから俺の意識は無い。


翌朝、鳥のさえずりが辺りに聞こえ、清々しい朝だ。

俺はぼっこぼこに腫れた顔で、ヴェスの話を聞いている。

ミラニットは、まだ怒っているのだろうか。一切こっちを見てくれない。


「…以上だ、シデン、ミラニット、お前たちにこれをやろう」

そう言って楕円に加工された真っ赤な宝石の首飾りをくれた。

「お前たちの旅の無事を祈る。」

いつになく柔らかな表情で、俺達二人を見つめるヴェス。

相変わらずこの人の性格は全く掴めない、けどこの優しい表情をみたら、自然と頑張ろうと思えた。


そして旅路へ着き、俺達はそれぞれ分かれた。



以後、全員と再会は果たせていない。


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