第12話「初任務完了」
簡素な造りの小屋の中はベッドと、色々な薬、調合に使うガラス製の器具。
暖炉には鉄鍋が置かれ、中は空だ。
デスクには羽ペンと羊皮紙。
そして目の前の女性はこの世界で最も有名な人物の1人の魔法使いの名前を名乗った。
ミグ・ジェーン
この世界に居る冒険者はもちろん、子供たちでさえその英雄譚は知っている。
かつて起こった大災厄『虹』
大地が揺れ、空は黒雲に包まれ、海は荒れ狂い、ありとあらゆる怪異が地に蔓延った。
彼女と仲間は怪異を倒し、各地に平和を取り戻し、海を救い、山を救い、森を救い。
焼け野原を駆け、荒野を歩いた。
エルフ、ドワーフ、獣人、ヒト、ありとあらゆる仲間を引き連れ遂には大災厄を終わらせた。
英雄譚ではその後、彼女や仲間たちがどうなったかは描かれていない。
そしてその英雄と同じ名を名乗る者が目の前に。
「ミグ・ジェーン…、あの英雄譚のか?」
ジェイディーは怪訝そうに問う、なぜなら大災厄は何百年も前だからだ。
「ふふ、どうかしらね」
その名を名乗ったものはからかうようにジェイディーの質問を受け流す。
いや、今はこの人物が誰であろうと、シデンとミラニットを救ってくれたのは事実。
まずは感謝するのが筋だろう、と謝辞を口にしようとするとミグが先に口を開く。
「この傷、誰にやられたの?」
ジェイディーは自分たちが竜狩りであること、コロド洞へ瘴気の解消と怪異の討伐へ向かったこと、グール達を倒した後、その臓物で出来た怪異の事を話した。
するとミグは少し顔色を険しくする。
「赤い瞳で、黒い爪を持ってた?女型の?」
「ああ、そうだ」
青髪の魔法使いはシデンの傷口を見る。
「…どうりで塞がらないわけね」
シデンの傷口は真っ黒に黒ずみ、シデンの体中は青白く、紫の血管が浮き出ている。
「あななたち、竜狩りでしょう?『竜の血』を持ってきてくれるかしら。」
そういいながら彼女の手は薄緑に輝き、再び回復魔法をシデンの身体に当てる。
少し血色が良くなり、浮き出た血管も引いた。
「回復している間はグール化を抑えてるから、はやく取ってきて頂戴」
ミラニットはジェイディーを見て一度頷くとすぐに小屋を出て砦を目指した。
-
暗い…、俺は今度こそ死んだのか?
漂う感覚、それもゆっくりと、方向などなく不規則に。
俺は、どうしていたんだっけ、そうだ、みんなで怪異を倒しに行って
あいつにやられて、それからどうなったんだ。
…寒い、俺は死んだのか?
この世界で目を覚ましたのも、そういえばこんな感じだった気がする。
わけもわからず竜狩りの訓練をして、ヴェスは最初からぶっ飛んでて、
ジェイディーがそれを止めたり、ミラニットは最初から俺よりすげぇ強くて。
俺も充分強くなった気がしてた、他の連中には勝てないけど、グールの群れなら
なんとかできてたな。
正直侮ってた、油断してた。あんな奴がいきなり出てくるなんて。
くそ…ここで終わりかよ、まだ何も出来てないのに。
この身体の元の持ち主の仇もまだ取れてやれてないのに。
開いた瞳で身体を見る。薄く緑に発光していて、なぜだか心地いい。
そういえば肩の痛みはもう無い、これって俺は今あの世に向かってるのかな
こんな、俺がこの身体になったように、二回も同じ様な奇跡はおきねえよな。
ああ、まだやれたはずなのに、まだやりたかった。
目を閉じて、手に力が入る。
ふと気がつく、背中に感じる感触、身体を覆う重さ、空間。
俺を呼ぶ声、この声は…。
-
「ミラニット…?」
シデンはゆっくりと目を開ける、少し眩しそうにしながら。
私はこの時泣いている事に気づく、シデンの頬に涙がこぼれたから。
「近いな…」
シデンは眠そうに目を二回、瞬きしながらそう言った。顔の事かな。
ジェイディーがシデンに声をかける。
シデンは私より年下なのに、大人びたことを言う。
たまに何を言っているかわからない。
ミグさんは砦に向かった、ヴェスに用事があるみたい。
だいたい1週間、シデンは眠っていた。このまま起きないのかと思った。
でもミグさんがなんだかすごそうな魔法をかけてたし、様子を見に来たヴェスが
大丈夫だろ、って言ったから、安心はしてたけど。
あの夜、ミグさんはあっという間にレイスを退けて、シデンの容態を見ると、直ぐにこの小屋に連れてきてくれた、空間が青白く光って、そこをくぐると直ぐに小屋だった。
グール止めの霊薬の効果を魔法で高めて傷に塗っても、シデンは暴れるだけで効果がなかった。
「何してるの!ちゃんと抑えて!」
ただ瞳に涙を溜めて、自分の役割を全うできないなんて。
自分があんなに冷静で居られなくなるなんて、
大切な仲間1人助けてあげられないなんて。私はまだまだ弱い。
…、この辺りの瘴気は随分良くなった。
グールの発生も、以前に増して穏やかだ。
シデンが目覚めて、歩けるようなら砦に来るように言われている。
ヴェスとミグさんから私達に話があるんだって。
「そうなのか、じゃあ直ぐに行こう」
シデンは起き上がると、直ぐに準備にとりかかる。
「もう少し寝てなくていいの?」
「身体は随分すっきりしたし、充分休んだよ」
「外にホードを繋いでるから、準備が終わったら来て」
「あいよ」
ミラニットはそう言って小屋を出て行く。
小屋の中を見回すと、俺の装備がまとめられている。
早速支度し、装備は少しグールの血の臭いがする。右肩が疼く気がした。
小屋を出ると、まだ登ったばかりの太陽が眩しい。
ミラニットはホードの頭を撫で、馬主を砦の方角へ向ける。
「行こうか」
俺も同様にホードの頭を撫で、跨る。
俺の初任務はようやく終わりを迎えた。
第一章 誕生編・完




