第11話「ミグ・ジェーン」
シデンを抱えひたすら走る。
森のあちこちにはグール達が犇めいて、乱暴な唸り声を上げながら追ってくる。
戦っている暇は無い、奴らの声をすぐ背後に感じながら、ひたすら走った。
森を抜け、シデンを乗せホードに跨がり走らせる。
ぐんぐんとスピードを上げ駆ける。
シデンが痛みのせいなのか、暴れるのを抑えながら、私は焦っていた。
今思えば、気絶でもさせればよかったけど、それも思いつかないほどに焦っていたのだろう。
ホードを走らせ、夜の闇を通って行く、道の向こう、うなだれる人影、カジャの人だろうか、けれど、今は構っている場合では無い。
どんどんと迫るその人影に対し、近づくにつれ違和感を覚える。
違う、これは、人ではない。
ゆらりと顔を上げたその顔は口から下、腹の辺りまでが"剥がれた"女型の亡霊
痩せ細り、渇いた身体。
辛うじて服だと分かるボロ布を纏い、悪霊種と呼ばれる怪異の一つ『レイス』。
実物を見るのは初めてだ。
剥がれた口と思しき部分から耳を塞ぎたくなる程の悲鳴を上げ
ホードはレイスの声に狂乱し、足を止め身体を激しく揺らすと
私達を振りほどいた。
シデンが力なく落ち、それを庇った私も落馬し地面に身体を打ち付ける。
ホードは嘶きながら走り去っていく。
まずい、こいつを何とかして早く砦に戻らないと。
レイスはグールの血を啜ることもあるという。
こいつは鼻を鳴らしながら、食料の臭いを辿っているようだ。
頭に血がのぼる感覚、レイスはシデンを、食料を探している。違う、シデンはグールになんてなってない。
「お前…!」
湧き上がる感情を剥き出し、レイスを睨みつける。
周りの草木が弾かれるような音を鳴らしながら千切れる。
この時、背後に居る気配に私は気付くことが出来なかった。
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コロド洞内
ハイグール、グールより一回り大きく、身体のあちこちが黒ずみ硬質化している。
ほぼ四足で行動し、醜悪だが顔は人間に近いものがある、その性質は当然、人間のとは程遠い。
動きはグール以上に獣に近く、爪も歯も鋭利になり、
並の冒険者であればすぐに八つ裂きにされるだろう。
腕力、脚力もグールに比べ格段に発達していて、その動きを捉えることは容易ではない。
しかしジェイディー・レオ・シンシルとてただの竜狩りではない。
生存する最古参の竜狩りヴェスの弟子にして好敵手、本人に自覚はないが、剣の腕で言えばヴェスにそう引けをとらない。
状況判断、戦力分析、戦術構築の正確さは目を見張る物があり、過去には王国から騎士団長としての声がかかるほどだ。
先のグールとの戦闘直後にハイグールと対峙していても、難なく倒すことは出来ただろう。
しかし、あの異形の一突き。
あれを食らってから歩くだけで身体が軋むようで、正直立っているのがやっと。
両膝を突き、呼吸を深く吸い、吐く。
ハイグールは様子を伺っているようだ。
こういう時は、不本意だが、身体に染みたヴェスの教えに感謝する。
「弱ってるなら弱ってるように見せろ、立ちながら休め」
「そして相手が襲ってきたら来たら絶対殺せ、確実でシンプルな一撃を撃て。」
「逃げるんなら絶対逃げろ、使えるものはなんでも使って逃げろ」
「…生きてるから、稼げるし、勝てるんだよな。」
そう言うとジェイディーは地面を指でなぞり、泥を手に塗る。
掌を合わせ、両手の拳で地面を突いた。
その奇怪な動作を見たハイグールは飛び上がり、ジェイディーに襲いかかる。
ジェイディーの足元から飛び出す黒い弾、飛びかかるハイグールの顔に命中した。
「昔から俺に泥遊びで勝てる奴は居なかったよ」
既に体勢を整え終えたジェイディーは大剣を振りかぶる。
当てたのは泥団子。
ハイグールは泥を顔にかぶり獲物の姿を見失う。
重厚な大剣を一度、最速で振りぬく。
剣が空を裂く音とともに、宙空で上半身と下半身を両断されたハイグールのそれぞれの部位は
乱雑に回転し血しぶきをまき散らしながら転がった。
「いてて…」
やはり剣を振るだけで激痛が伴う。
崩れかかる膝を剣で支え、もう一度息を深く吐き出し、出口に向かう。
「―…。」
気配を感じ再度うしろをに目を凝らす、グールの群れだ。ハイグールもまじりこちらに向かってくる。
「まじかよ…」
この状態であの数を相手することは難しい。
状況を打開するために意識を集中する。
「こっちよ!」光景に気を取られていると、突如明るくなる洞窟内、背後からの声、手を引く誰か。対処する前に腕を引かれ光の中へ。
光を抜け、自分を包んだ光は消え、その先にはミラニットと見覚えのない女性。
そしてベッドに横たわるシデン。
「危なかったわね」
綺麗な青の髪を結い、その女性は俺を一度ちらりと見ると、すぐにシデンの容態を伺う。
「ミラニット…、ここは…?」
少し安堵したようなミラニットの顔。
「ジェイディーここはカジャの近くの小屋、この人は砦に戻る途中の私を助けてくれたの。」
ミラニットに促されるように、彼女を見る。
シデンの傷口を押さえ、何かを呟き魔法を施しているようだ。
「あなたは…魔法使いか」
「ええ」彼女は間髪入れずに返事だけした。
施術に集中したいのだろう、押し黙るジェイディー。
ミラニットが何も言わないところを見ると、これでいいのだろうが、シデンの様子が気になる。
しばらくして施術が終わり、彼女は小さく息を着く。
グレーの瞳が俺とミラニットを交互に見る。
「挨拶が遅れたわね、私はミグ・ジェーン。見ての通り魔法使いよ」




