表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

第5話 全てを失った夜

 

 その夜、クロは全てを失った。

 

 まるで重い水に溺れているかのように、手足がうまく動かせず、視界も濁っている。

 

 ふらつく足取りでようやく自室に辿り着くと、クロはベッドに倒れ込み、枕に深く顔を埋めた。喉が裂けるほどに叫んでも、その声は誰にも届かずに消えていく。

 ただ、胸の奥底へ沈み込んだ。


 何もかも失った。


 楽しかった学園での日常も、支え合ってきたビオラとの温かい記憶も、今では遠い前世の記憶のように霞んでいく。あれが全て、いずれ覚める淡い夢だったなんて、信じたくない。

 心の中で助けを呼ぶ。


 誰か助けて。


 応える者はいない。


 父上が悪い。そう思っても無理だった。怒りの矛先を向けようとすれば、その姿は自分自身に変わる。魔法も使えない事代家の恥。

 そう、全ては自分のせいだ。

 誰も悪くない。自分が無力なせいだ。


「……嫌だ」


 どうしても、受け入れられない。


 自分の頭を殴り、今日の記憶を引きずり出す。

 学園で突きつけられた成績。

 魔法の実技の失態。

 そのせいで、こんなことになってしまった。

 魔法が使えない体質が理由だ。

 今までの苦しみも、すべて無為体という呪いのせいだ。


 魔法が使えるようになれば、すべて解決する。


 それに気づいたクロは、濡れた枕から顔を離した。

 魔法が使えれば、成績も上がり、実技の課題も完了する。父上からも役に立つ道具として認められ、ビオラを屋敷へ呼び戻せるかもしれない。竜胆たちの関係だって、元通りにできるはず。


 魔法さえ、使えれば。


 クロは悪霊に取りつかれたように立ち上がると、わずかに開いていた扉を押し、廊下からの光を葬り去る。

 底深い夜の闇に沈んだ部屋で、再びベッドの上に膝をついた。


 生唾を呑む。今まで試したことはない。無茶だと思い込んでいた。

 でも今なら、できる気がする。

 祈りを捧げるように、クロは暗闇に手をかざした。

 想像力を極限まで研ぎ澄まし、常人の真似事をする。

 水の一滴でも、火花でも構わない。どれだけ卑小でも、何か一つでも形にできれば、この地獄のような苦しみから解放される。

 

 自分の命を差し出すほどの意思で、指先に力を注いだ。


 奇跡は起こらなかった。


 無為体は魔材を宿す器そのものが存在しない。翼を持たない人間が空を飛べず、夏に雪が降らないのと同じ。決して覆しようのない世界の理だ。


「嫌だ! 諦めたくない! 絶対やる!」


 窓の外では、銀色の月が屋敷を巡る。数秒、数分、数時間。他者にとっての当たり前に、クロは血を吐くような思いで手を伸ばし続けた。いつかは届く。そうでないとおかしい。その一心で。


「……なんでよ。なんで!」


 どこまでも無力な自分を、いっそ引き裂きたくなった。

 朝が近づいている。もうすぐ登校しないといけない。魔法の実技で認められないといけない。このままでは課題を果たせない。


 時間がない。

 焦れ。

 何か創れ。早く。


「あああっ!」


 とうとう手を下ろしてしまった。腕が震える。これ以上は無理だ。体も鉛のように重い。自分の手が四つに見える。

 苦しみからは永遠に解放されない。

 今にもベッドから崩れ落ちそうになる。

 ただ、取り戻したいだけなのに。

 みんなといつものように笑いたいだけなのに。


 ――もう、なんでもいい。


 魔法なんて必要ない。

 何か創ることができれば、理屈なんていらない。世界の理に背く禁忌だったとしても。取り返しがつかない道だとしても。


 今までとは明らかに異なる感覚が、手のひらを走った。


「……え?」


 まるで空想を見ているかのように、クロは目を輝かせる。

 虚空から、白い光が迸っている。それは神々しいほど純白の輝きを放ちながらも、その裏では底知れない闇が渦巻いている。


 これが、魔法なのか。


 思考を捨てる。その光へ没入した。脳裏にかすめる大切な人たちの影。普通ではなくても、そんな自分を認めてくれた友人。幼い頃から共に支え合ったビオラ。


 そして、自分を虐げてきた家族の姿が映る。

 白い光はクロの想いに呼応し、意思を持つかのように収束する。ベッドの上で蠢きながら、一つの形を築き上げていく。


 遺された力をすべて出し切る。

 その瞬間、ガラスが砕け散ったような衝撃が、クロの全身を駆け抜けた。


 心を蝕んでいたものが、引き剥がされた。


「――う、うう」


 臨界を迎え、クロはその場で倒れ込む。

 硬い生地に打ち付けられるはずの顔は、泣きたくなるほど柔らかい感触に受け止められた。クロは信じられず、痙攣する瞳を必死に持ち上げる。

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。


 乱れたベッドの上には、煌びやかな白亜のドレスが広がっている。

 綺麗だ。


 ――誰かいる。身動きの取れないクロの頬を、小さな指先が包み込んだ。凍えるような感覚が、父上に殴られた痣に広がっていく。

 クロは重い顔を上げた。


 そこには、見たこともないほど美しい少女がいた。

 

「ご主人様!」


「……君は、誰?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ