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ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season3

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第46話 そんな世界でも

 かつて反逆者として政府に捕らえられていたクロは、怨霊であるユキを浄化するため、牢獄から脱出した。その後のことは本人にも知る由がなかったが、脱獄犯として政府から捜索されているはずだった。

 クロの命を救った百香も、そのうちの一人のはず。


 アカデミック・オーソリティの人間は、式典や活動などで公の場に姿を見せる。クロも彼女を何度か見かけたことがあった。

「怨霊を発現させた反逆者。事代家の養子」

 百香は唄うように続ける。

「目的はなんですか?」


 これまでの行動の意図が見当もつかず、クロは足を踏み出した。

「僕の脱獄がバレたんですよね。あなたは僕を捕まえに来たわけじゃないんですか? 身柄なんて簡単に拘束できたはずです」

「そんなことないよ。力のない女の子」

「それは、僕も同じでした。今もそうです」


 百香は瀕死だったクロを助けた。それだけでなく、自分を喪失していたクロに新たな発想をもたらした。

 初めから敵意があったのなら、出会った時点で学園へ引き渡されていた。

「大丈夫。君はもうたくさん強いから」

 返ってきたのは、今にも消え入りそうな声だった。


 クロは我慢していた感情が溢れそうになるが、首を振って堪える。

 背を向けた百香は、再び歩み出した。

「……私ね。君の死刑に賛成したことがあるんだ」

 重々しく打ち明かした事実に、クロの足が止まる。


「それはどうしてか」


 ――友達が死ぬのが怖かった。


 それが、彼女の語る本心だった。

 事代クロに関する会議にて。

 過去に無為体の人間が怨霊を発現させたとき、殺処分するしか解決策がないと語られていた。

 もし怨霊が宿主の制御から外れた場合、世界を崩壊させるほどの脅威となる。


 役員の誰もが反逆者の処刑を望んだ――天光逸見を除いて。

 そのことを胸に秘め、百香は語り続けた。

「でも、血だらけの君を見つけたとき、確かめたくなったんだ。本当に悪い人か。実は君が寝ている間、ずっと見ていたんだよ。途中でちゅーしようかと迷ったけど」

「え」

 彼女は悪戯な笑みを浮かべる。


「考えなかったんですか。僕があの村を滅ぼしたかもしれないって」

「驚いた。そうだったんだ」

「いや、違いますけど。でも可能性としては考えられますよね」

 彼女からすれば、壊滅した村の奥地で倒れていた血だらけの反逆者だ。


 怨霊の力を行使し、村を滅ぼしたという結論にも繋がる。

「僕が嘘ついてる可能性だって高いじゃないですか。僕の言葉だけじゃ、何の立証にもなりません」

 自分の意思とは裏腹に、口調が強まってしまった。

 彼女を責めるような言葉は使いたくないというのに。


「どうして、信じられるんですか」

「……クイズと一緒じゃないかな」

 クロは顔を上げる。

「いっぱい考えても、聞くまで答えは分からないよ」


「相手が嘘をついていたら?」

「なら、そこまでかな」

「……僕は諦めたくないんです」

 砂利を踏み鳴らす音が耳を刺す。

 百香は言葉を選ぶように、夜空を仰いだ。


「世界はいじわるだよ。私のクイズと似てるかな。理不尽だから。嘘をついたり、ひどいことをしたりする人もいる。だから、私は救える人から救っていきたいんだ」

 彼女は立ち止まる。

 今度は振り向かなかった。

「君も同じだよ。目が覚めたとき、君の心は壊れてた。きっと、君も理不尽な世界と戦ったのかなって。ほっとけなかったの」


「それが、僕を助けた理由ですか?」

「それもクイズにしちゃおうかな。答えなしで」

 舞うように振り返ると、彼女はクロを横切った。

 元来た道の先では、村の光が底知れない闇に煌めいていた。


 そのひとつひとつには、あまりにも眩しい日常が溢れている。

「……私は、この村が好き」

 ふと、百香は無意識のうちに呟いた。

「君は悪い人には見えない。でも確かに、言葉だけじゃ証明できない。だから楽しみにしてるね。証明してくれるの」


 彼女が見せた笑顔は、どこまでも穏やかだった。

 しかし次の瞬間、その姿が消える。

 まるで地を軽く蹴ったような音だけを置き、地面には砂埃が舞った。

 近くには人の気配がない。


『そんなことないよ。力のない女の子』

 やっぱり、嘘だった。

「……あ、あれ?」

 残されたクロは、村の光が届かない山道を見渡した。


「帰り道、分からないんですけど!」

 これも、彼女の悪戯なのかもしれない。


 ◇


 クロは村の灯りを辿り、なんとか最初に目覚めた寮へ辿り着いた。

 扉を叩くと、やがて奥から野太い声が響く。

「どちら様?」

「えっと、クロです。旅人の」


「そうか、もう労働は終わったか! 入っていいぞ」

 素軒に招かれ、クロは扉を開いた。

「こんばんは。おじゃましまぁぁああ!?」

 その先にいたのは、あろうことか厚化粧の大男だった。


 煌めく目じりに、鮮やかな紅を塗りたくられた唇。

 元来の強面とも相まって、悍ましい面差しが完成していた。

「ハハ。びっくりしたか。百香の案なんだ」

 素軒は豪快に笑い飛ばすと、台所のタオルで顔の紅を拭った。


「もう出発なんだってな」

「……出発?」

 衝撃が抜けきらず、クロは半開きの扉を掴んだまま、声を絞り出した。

「百香から事情はそこそこ聞いてる。時間がないんだろ?」


 どうやら彼女が、あらかじめ話をつけてくれたそうだ。

「百香さんはどこに?」

「行ったよ」

 物寂しげな様子で言い、素軒は木製コップの水を一気に飲み干す。


「娘も忙しくてな。任務のついでに寄っただけで、また本島に戻っちまった。あの子の力は何人もの命を救うもんで、娘の取り合いが起こっている。はた迷惑もいいところだ」

 素軒は笑い飛ばしたが、最後には声が弱まっていった。

「お前さんはどうする? 一晩なら泊めてやってもいいぞ」


「……ありがとうございます。お気持ちだけでも」

 夜道は危険だが、時間は限られている。

「そうかぁ。立派だな」

「娘さんのほうが、ずっと立派です」


 百香の任務は、アカデミック・オーソリティとしての責務だろう。

 どんな傷も元通りにする能力は、あらゆる人間から必要とされている。

 たった一つの体で、彼女は応えようとしているのだ。

 それでいて、素軒の世話になり続けるわけにはいかない。


「そうだ。ちょっと来てくれ」

 素軒はクロの肩を叩くと、そのまま寮の部屋へ案内した。

 そこに保管されていたのは、クロの装備だった。

 しかし、手元に受け取ると、以前との違いが明らかになった。


 今までの戦いで傷ついてきた部分が、精巧に縫われている。

 それを見ていると、自分の傷まで繋ぎ止められたように感じた。

「……本当に、ありがとうございました」

「おう。お前さんが元気になってくれて、よかったよ」


 ◇


 装備に着替えたクロは、旅を続ける。

 湿った夜の森を踏み出すと、ふと村のことが気になった。

 後ろで広がる集落は灯りを消し、明日を迎えようとしている。


 ふいに、心臓の鼓動が高まった。

 次に来た時には、また滅んでいるかもしれない。

『いっぱい考えても、聞くまで答えは分からないよ』

「……分かりました。百香さん」


 クロは体の向きを戻し、先の見えない常闇を見据えた。

 答えはどこにも落ちていない。

 ならば、自分で創り出すしかない。

「行くよ。ユキ」


 クロは鞄の紐を強く握り直し、迷いなくその足を踏み出した。


 理不尽が待ち受ける。

 そんな世界でも、諦めない。


 ◇


 夜の森を駆け抜いていた百香は、ある木の前で足を止めた。

 そこには、正体を暴き立てるように、月明りが降り注いでいる。

 木の影から現れた何かを見つめ、百香は口元を綻ばせた。


「……ふふ。まさか、こんなところで会うなんて」

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