表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season3

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/49

第44話 汗水たぎる坑道

「お前ら見ろよ。新入りだってさ」

 分厚い作業着を着せられたクロは、屈強な男たちに囲まれた。

「弱っちそうだな。役に立つのか?」

「いいさ。ムキムキの男になれるチャンスだ。感謝しろ」


「おい、名前は?」

「ク、クロです」

 クロは山麓を越えた先の地点に投げ出された。まるで獲物を囲むように寄せ集まる男たちを前に、クロは怯え切った小動物のように、激しく身を震わせることしかできない。


 男たちの豆だらけの手が、クロの背中を叩き、どこかへ招く。

 拠点の先では、底の見えない常闇の洞窟が、巨大な口を開いて待ち構えていた。深淵からは岩を砕く反響音が絶え間なく聞こえてくる。

 灯りが全くない。暗いのは苦手なのに。


「もっとシャキシャキ歩けや!」

「は、はい!」

 後ろから跳んできた怒号に、クロは反射的に背筋を伸ばし、つるはしを落とさないように強く握りしめた。

 どうして、こんなことに。


 クロは事の顛末を思い出す。

『心を治す方法はね。体を動かすことだよ。お日様を浴びたり、運動をしたり。怪我しちゃったら、私が治せるから、問題なし』

 拠点に押し出される前、百香はそれだけを言い残した。言い出しっぺの彼女は、当然のように洞窟にいない。


 自分も来ないのかと尋ねたとき、彼女は未だかつてない満足げな笑みを見せた。


 ――だって。私、女の子だし。


「それは、そうですけど!」

「なんか言った?」

「やかましいぞ!」


「す、すみません」

 洞窟の階段を歩く中、再び男たちを怒鳴らせてしまうのだった。

 大空洞に作られた螺旋状の坑道には、いくつもの松明が固定されている。しかし、その炎は弱々しく、進路を指し示す程度の役割しか果たしていない。


 足元すら視界がままならなかった。

 不意に、階段が途切れる。転びそうになるのを必死に堪えた。

 目を凝らしてみると、闇の奥に人影が動いていた。


 彼らは巨大な道具を掲げ、何度も地面へ叩きつけている。山麓でも見た光景だが、その数は比ではなかった。

 事前に素軒から説明があった。ストレリチア村はカルミア島における資源の要であり、石炭などを本島へ輸入している。


 その引き換えである資金や食料などを家族へ届けるため、彼らは日々奮闘していた。

「ABC班現着! DEF班は休憩! すみやかに休憩場に戻れ!」

 班長の掛け声により、岩石を穿つ音が一斉に止まった。

 彼らは流れるような動作で、交代の班と入れ替わっていく。


 暗闇の中、忙しなく足音。一糸乱れない動きに、クロは目を奪われた。

 そのとき、クロの足先が何かを突いた。

 何も見えない。


 だが、足元に何かあった。

「お前。蹴ったのか? どこにやった!?」

「それ目印だぞ!」

「えっ?」


 それは、交代先の班へ作業位置を引き継ぐための目印だった。クロは無意識のうちに暗闇へ追いやってしまったのだ。

「そんなこと知らな――」

「この現場じゃ常識だ! もういい。お前がそこに立ってろ」

「誰がこいつ連れてきたんだ?」


「どうせ素軒さんだろ。それか百香ちゃん」

 迷惑をかけた罪悪感と、教わっていないことで罵られる理不尽さ。二つの感情に苛まれながら、クロは重いつるはしを頭上へ掲げた。

 他の作業員たちは目印を探し回っている。


「何も見えない。班長! 炎魔法頼んます!」

「無駄な消費だ。自力で探せ」

「やっぱランタン仕入れたほうがいいですって」

「今月のノルマが終わるまで待て。何度も言ってるだろ」


 そんなやり取りを耳にしながら、クロはひたすらに手を動かした。

 先人たちの労働によって削り取られた岩肌は、光源のない暗闇でも分かるほど漆黒に染まっている。足元一面に石炭の層が広がっていた。

 硬い岩につるはしを叩きつけるたび、小さな破片が弾け飛ぶ。


 しかし、わずか四回繰り返しただけで、手のひらに焼けるような痛みが走った。

「手を止めるな」

 隣で作業していた男が、ひっそりと耳打ちしてきた。

「終わるのはあっという間だから」


 そのわずかな優しさに、クロは救われる。つるはしを握り直し、再び岩肌へ叩きつける。事代家での過酷な訓練で、似たような辛苦を何度も味わってきたはずだ。

 あのときの感覚を思い出せ。

 その一心だった。


 かなりの時間が経過したように感じた頃。ついに体力の限界を迎えたクロは、隣の男に声をかけた。

「あの、交代までどれくらいですか?」

「ん? あと三時間半くらいあるけど」

 男は額の汗を拭いながら、事もなげに言った。


 心の中で、短い悲鳴が通り過ぎた。

 それからの労働は、まさに地獄そのものだった。交代までの時間は果てしなく遠い。

 肩がちぎれそうな激痛に耐えながら、鉛のように重たいつるはしをがむしゃらに振り下ろす。


 ほんの数秒、体をほぐそうとするだけで、すぐさま横から怒号が飛んできた。休憩なども存在せず、つるはしを叩きつけたわずかな時間で、体力を戻すしかなかった。

 時間の感覚も狂い、永遠のように感じる。

 ようやく半分の時間を乗り越えた頃。


「なんだこれ!? たったこんだけか?」

 石炭の採掘量を検分した男が、絶句したように叫んだ。クロが死に物狂いで掘り起こした量は、他の作業員の半分にも満たなかったのだ。

 男たちの逆鱗に触れ、遂にはつるはしを取り上げられてしまう。


 新たに命じられたのは、地上から空の布袋を運ぶ作業だった。

 採掘の時間から解放されたが、決して楽にはなっていない。足元が安定しない急斜面の階段を全力で駆け上がり、袋の束を抱えて戻る。

 さらには石炭を詰め終えた重い袋を、再び地上へ運ばなければならない。


「遅い。もっと早く動けるだろう」

「拾い残しがあるぞ! さっさとしろ!」

 もはや石炭を掘ることよりも、新入りのクロを追い立てることに男たちの関心は向いていた。

 二時間の採掘で限界を迎えていた足腰に、階段の往復が追い打ちをかける。


 手の震えが止まらない。動けていること自体が奇跡だった。

 他のことを考えている暇もない。

 弱音を吐き出すように喘ぎながら、その動作を繰り返した。


「お? 今度は早いじゃねーか」

 あるとき、クロは作業中の男に言われる。

 褒められたのは、この瞬間が初めてだった。

「おいお前ら! ちょっと来てくれ!」


 そのとき、ある地点で作業していた男が、全員を呼び集めた。

「なんだ? まだ仕事中だぞ」

「いいから来てくださいよ。びっくりさせるもんがあるんだって」

 班長が忌々しげに舌を打つ。


「大したことなかったら、お前の業務を増やしてやる」

「それ、あんたも付き合わないといけないやつっすよ」

 軽口を叩く男を無視して、班長が前に出る。

 足元から広がる漆黒の層を目の当たりにし、彼は目を丸くした。


「……これは、なるほどな」

「たまたま見つけたんだ。みんなでここを掘ろう。ちまちま叩くよりも効率がいいだろ。それにほら。全体がひび割れてるから柔いぞ」


 そう言いながら、男はつるはしで表面を叩く。鋭い音を放ち、暗闇の中で光を放つ破片が欠け落ちた。

 班長は値踏みするように顎をさすると、即座に周りの作業員へ掛け声を上げる。

「残りの時間で、この層を掘り尽くす! 今何人いる? 号令!」


「一!」

 彼の声に応じ、男たちが次々と手を挙げた。

「十二!」

 そこで、声が止まる。


 全員の点呼が終わったはずだが、男たちの視線が一点に集中した。

 まだ手を挙げていないクロが、注目の的になっていた。

「……じゅう、さん?」

 おずおずと手を挙げると、班長が威勢よく手を叩いた。


「よし十三だな! 時間までに掘り終えたら、全員俺の奢りだ!」

 その一言に、坑道は歓声に包まれた。

「クロは袋詰めを続けろ。急げ!」

 班長の指示に、クロは弾かれたように返事をして駆け出した。


 ――名前を、覚えていてくれた。


 拠点から布袋を運ぶ。しかし、降りた先では既に大量の石炭が転がっていた。

 たった一瞬で小盛りの山が積み上がっている。


 今までひと袋ずつ抱えていたが、これでは回収が間に合わない。

 ならばどうするか。二つ以上の袋を同時に持っていく。

 指が滑る。


 袋の重量でよろめく。だが、苦戦すれば意味がない。一つだけ抱えていたときと同じか、それ以上の速度で運搬する。

 できないとは思わなかった。


 男たちは獲物を食らうように気前よく掘り進める。瞬く間に弾け飛ぶ石炭を、クロは何度も手を伸ばして素早く袋に詰めた。

 以前とは比較にならない忙しさだ。

 しかし、不思議なことに、体力の消耗が少なく感じられた。


「ラストスパートだ! もっと気合を入れろ!」

 その声に、十三人の雄たけびが重なった。

いつもご覧いただきありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ