第42話 果たすべき使命
カルミア島の村で起きた悲劇は、瞬く間に本島で知れ渡った。新聞などで事実が記されるが、真相が語られることはなかった。
人々の間では、様々な推察が横行する。村人を惨殺した犯人は誰なのか。たった一人の少女が生き残った理由は。
学園から脱走した少年と、何か関係があるのか。
曖昧な噂だけが広まり、次第に街の人々の関心は失せていく。やがて平穏な日常に戻り、人々は次の祭事の開幕を心待ちにした。
一方その頃、事代家の屋敷にて。
「入れ」
低い声に呼ばれ、一人の少女が扉の前に立った。事代家の長女である早乙女は、当主から指名を下されていた。
彼の待つ執務室の入室許可を得ると、彼女は寸分の狂いもない所作で扉を開く。軋む音さえ許さず、装いが崩れることもない。
扉を閉め終えた早乙女は、深く辞儀をした。
「御父上。お待たせいたしました」
机の前では、当主が新聞を広げ、コーヒーを口にしていた。
「アネモネ村の事件は知っているな」
「はい。恐れながら、すでに聞き及んでおります」
当主は新聞を折り畳み、机の上に置く。彼は椅子の向きを早乙女のほうへ回転させると、射貫くような視線を向けた。
「大衆では、事代クロが主犯という噂が出回っている。庶民の流言飛語に過ぎんが、クロの脱獄が発覚してから四日……我が事代家への嫌疑は増すばかりだ」
事代クロの脱獄は、その同日に発覚していた。捜索はその日から始められており、既に本島の隅々まで行われたが、手がかりは何ひとつ見つからなかった。
他島の捜索を視野に入れた途端、アネモネ村の事件が起こった。
「そこで。庶民のたわ言に一枚買おうと思っている」
当主は眉を広げ、人差し指を出した。
「例の事件の主犯は、事代クロという疑いがある。さらに、カルミア島は立ち入りが禁じられた。だが、これは好機だと捉えている」
渡島の禁止には、政府の人間も含まれていた。
当主は口元を隠し、信頼を寄せるような声音で告げる。
「これは使命だ。カルミア島に潜入し、事代クロを探り出せ」
「……誠に勝手ながら、発言をお許しください」
早乙女はすぐに頷かなかった。
「事代家の人間たる者が、政府の決定に背くのは――」
「私の判断が不善と。そう言いたいのか?」
当主が椅子から立ち上がり、早乙女と向き合う。
「我々の立場は既に危急存亡だ。政府や国民からの信頼を取り戻すには、我々の手で終止符を打つ以外に道はない。法を犯した後始末など、権力さえあればどうとでもなる」
当主は重苦しいため息を吐いた。
「お前も自らの頭で、その結論に至るべきだろう」
「……無礼をお許しください」
深く一礼し、早乙女は凛とした所作で起立する。
「かしこまりました。ただちに出発し、カルミア島へ赴きます」
そして、迷いのない瞳で断言した。
「必ずや、事代クロをこの手に捕らえてみせます」
それが、事代家の使命ならば。
「……」
廊下を歩く早乙女の脳裏に、義弟の姿が浮かんだ。あのとき、彼が言い放った言葉が耳の奥で疼く。
「お前は必ず、私が……」
◇
頭が揺れる。眩暈がする。視界が黒く濁っている。
苦しみの波が落ち着いてくると、上体を起き上がらせた。
「……あれ」
目を覚ましたクロは、ベッドの上にいた。
覚えのない匂いが鼻をかすめる。外から人々の騒めきが窓を叩いた。クロは現実を確かめるように、何度も瞬きをする。
「どうして、だって僕は――」
体の痛みが全くなかった。
「起きた」
クロの元へ、鈴を鳴らしたような声が届く。壁の向こうから、カーディガンを垂らした茶髪の少女が顔を覗かせた。
少女と呼ぶには背丈が高く、顔立ちはどこか大人びている。
誰なのか確かめるより早く、彼女は木の床を軽やかに踏み越える。ベッドの上へ固まっているクロへ歩み寄った。
「お風呂にする」
「ご飯にする」
「それとも私」
「え?」
「それともアルティメットフェニックス?」
少女の左肩から、ひょっこりと鳥の頭が突き出した。鮮やかな色のオウムだ。彼女の背中にしがみつき、何を考えているか読み取れない瞳でクロを見ている。
「……何が起きて――」
「よお! 旅人さん。目が覚めたかい?」
部屋の奥から、別の声が投げ飛ばされた。
か弱く細い少女の声とは対照的な、野太い男の声。声の主が寝室に姿を現わすと、その筋骨隆々な体格を突きつけられた。
「俺の娘のおかげだな!」
豪快に笑う大男をよそに、クロは辺りを見渡した。
温かみのあるビターブラウンの寝室。部屋は小さく、廊下を仕切る扉がない。まるで宿のようだった。
ベッドの傍らには、クロの鞄や魔器が立てかけられている。
やはり、あれは現実で起きたことだ。
「……じゃあ、どうして僕は――」
考える暇も与えず、大男がクロの肩を強く叩いた。
「そう焦んなって。後で話すから」
大男は湯気が立つ廊下に歩み出す。
「まずは朝飯だな! 外に来いよ。もう動けるだろ?」
仰々しく手招き、大きな足音を残していった。彼の娘である少女は、悪戯な微笑みを浮かべる。
「すごいでしょ。私のおかげ」
「……ありがとう、ございます?」
これまでの戦いで受けてきた傷は、彼女が治療してくれていた。しかし、未だに信じられない。確かに傷を癒す魔法もあるが、高度な技術とされている。
ましてや複雑に壊れた肋骨を何事もなかったかのように治すなど、本来なら不可能だ。そして、それ以上に拭いきれない違和感があった。
この少女、どこかで見たことがある。




