表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/49

第41話 行きたくない

「誰か!」

 弱々しい叫びが、底知れない常闇に吸い込まれていく。

「誰もいないの!?」

 孤独だった。


 いくら声を上げても、どれだけ空間を掻き分けても、温かくない。ふと見れば、自分の手が赤く染まっていた。その血が誰のものなのか、分からなくなってしまった。

 何も思い出せない。自分が誰なのか。


 自分ではない誰かのことさえも。放り出された名もなき世界を彷徨い、少年はついに膝をついた。願いは届かない。そもそも、自分は何を願っていたのだろう。


 大切なものがあった。


 誰よりも大切な人がいた。


 それを教えてくれた人もいた。


 思い出したいのに、手が届かない。ついに希望を手放した。それでも、離れないものがあった。手のひらにわずかな熱を感じる。

 何も見えず、何度も握りしめ、その感触を思い出す。


 これは、ハチマキだ。届けなきゃ。今度は駆け出した。記憶が帰ってくる。

 大切なものがあった。それは、帰る場所、自分の家だ。


 誰よりも大切な人がいた。その人のために、ハチマキを届けたい。それを教えてくれた人が、少年の目の前にいた。優しい顔だった。

 名前を思い出せない。


 彼は穏やかな声で、少年に告げた。


「――川良。思い出して」


 少年の姿が消える。手のひらの熱が、より強くなった。ハチマキがよく見える。乱雑に縫われている。

 これは、自分が作ったものだ。誕生日にあげる。早く渡さないと。もう二日も過ぎた。


 きっと喜んでくれる。頑張って作ったんだ。


 ――姉ちゃんに、届けたい。


「あれ?」

 穏やかな草原が広がる。そこに、一つの家がある。どこか懐かしく、変なにおいがする。


「あっ!」


 家の窓から、少女が顔を覗き込んできた。いつものように軽やかな足音を立て、扉が勢いよく開かれる。そう、何の変哲もないこと。

 そのはずなのに、少年は全力で走り出し、手を伸ばした。


 やっと、届けられた。


「……姉ちゃん?」


 ハチマキを額に巻いた多香音が、土汚れに染まった腕を広げる。


「川良!」


 ずっと、我慢していたのに。目から勝手に。何も気にせず、姉は弟の体を持ち上げる。額を寄せ合った。

 そして、笑った。


「――やっと。抱っこできた」


 ◇


 バケモノの首が落とされる。肉体が焦土に倒れた。

 クロは魔器を手から滑らせ、力無く膝を落とした。余熱を浴びた肉体が、黒い灰となって崩れ落ちていく。


 その肉片が、憎しみに染まっているようだった。しかし、全てが失われたわけではなかった。クロはあるものに、目を剥く。

「……ハチマキだ」


 崩壊した肉体の中から、ハチマキが出てきた。バケモノとなり、自分の肉体すら燃え盛るほどの熱に囚われていたはずなのに、この宝物だけは、何があっても焼き焦がらなかった。

 クロは落ちているハチマキに手を伸ばす。


 ほんのかすかに、熱を感じた。


 足が崩れる。クロは項垂れるようにして、そのハチマキを両手で挟み、額に乗せる。彼が唯一残したものを、静かに受け取った。

 祈りを捧げるように、強く目を瞑る。


 きっと、あの子は天国には行けない。でも、せめて。あの人と再会できたら。

 ゆっくりと手を下ろすと、クロは再び魔器を掴んだ。


 まだ、やるべきことが残っている。


 ◇


 紅い光に染まる室内で、少女は座り込んでいた。少し前の光景が、鮮明に思い浮かぶ。バケモノの叫び声。村人たちの悲鳴。

 いつも仲良く暮らしていた村人たちが、虫のように殺された。その様子を、千里は窓から覗いていた。隠れるよう命じた祖父が、バケモノに食い殺される瞬間も。


 まるで、一つの絵本を見ているようだった。

「――あぁ!」

 扉が勢いよく開け放たれる。そこには、自分が治療をした少年がいた。


「……よかった。まだ生きてて」

 笑みを浮かべると、クロは床を踏みしめるようにして、千里へ歩み寄る。彼女は部屋の隅にうずくまり、影に身を寄せていた。

「びっくりさせてごめん」


 クロは彼女の高さに合わせて膝をつき、視線を覗き込む。

「怪我はない?」

 千里は小さく頷く。

「さっきは助けてくれて、ありがとう」


 彼女はずっと目を丸くしている。そこに感情はなかった。

「もうすぐ助けが来るから。もう安心して――」

「できない」

 無機質な声で、千里は言った。


「みんな死んだ。おうちも燃えてる」

 全てを失った。そう一括りにすることすら許されないほど、凄惨なことが起こった。まだ幼く、未来が明るかったはずの少女が故郷を燃やされ、家族を惨殺されたのだ。


「もう何もないのに。どうして生きないといけないの」

「……すぐに答えを見つける必要は、ないと思う」

 答えが見つからず、無責任な言葉しか並べられなかった。少なくとも、自分は彼女を救えない。


「君が生き残ったのには、きっと意味がある。それは、今すぐ見つけなくてもいいよ。ゆっくり探していけばいいんだ。君の命が託された理由が、どこかで分かるから」

 ふと、クロは懐に忍ばせていた生地を、千里へ渡した。


「これは、君が持っていてほしい」

「……私に?」

 あの弟が残した、絆の証だ。

 見覚えのあるハチマキを、千里は見つめる。


 すると、頭に温かい手が乗った。クロは彼女の頭を、優しく撫でる。それは、祖父がいつも千里にしていたことだった。

「いつか会ったときに、また見せてよ」


 あの少年は、千里の知らぬ間に消えていた。

 千里はハチマキを握りながら、涙を拭うのに必死だった。


 ◇


「村も燃えている! すぐに消火活動を!」

 本島から赴いた政府の組織、安寧団の隊員が箒から次々と降り立った。村の名を示す看板は焼き焦げており、先には地獄絵図が描かれていた。

 駆け付けた隊員たちも絶句する。


「この、惨状は? いったい何が」

 誰かの襲撃があったのは確かだった。村人が惨殺されており、建物が崩壊している。

 何者かに暴れ回られた痕跡が至る所に見受けられるが、犯人の姿がない。逃げ出したのか。それとも――。


「いたぞ! 生存者がいる!」

「小さい女の子です!」

 安寧団の隊員は、ある屋敷から一人の少女を発見した。

 アネモネ村の生存者は、その少女だけだった。


 ◇


 クロは遠くに広がる森林を進む。彼が残した足跡には、落とした血が続いていた。

「行かないと……」

 鞄の紐を縋るように掴み、クロは重たい体を引きずる。


 魔族の謎や、怨霊を浄化する方法は何も掴めていない。その謎を解き明かすために、元より旅を始めたのだ。早く成果を上げなければ、政府の人間に捕らえられてしまう。

 そうなれば、すぐに死刑が下される可能性だってある。

 足を止められない。ユキを救うんだ。


「……うぅ」

 クロは足を崩し、道の途中で項垂れた。震える唇から、本音が零れ落ちた。


「もう、行きたくない」


 何も守れなかった。救いようのない役立たずだ。

 どれほど追い詰められようと、強大な敵が現れようと、話し合いを重ねていけば、いつか理解が成立する。そう信じていた。

 そのためなら、多少の犠牲を払うことも厭わない。


 その犠牲に含まれているのは、クロ自身だけだ。現実は変えられなかった。それだけでは、足りない。

 血が止まらない。骨も砕けている。


「……いたい。つらい」


 もう、耐えられない。


「――ご主人様」

 すぐそこで、白い光が差し込む。顔を上げると、とても小さな手のひらが、視界に留まった。

 そこにいたのは、ユキだった。


「ご主人様!」

 輝かしい笑顔に、クロはたまらず身を縮こませ、子供のように嗚咽した。楽になりたかった。

 自分の死で罪を償いたかった。だが、そんな選択を許さないもう一人の自分が、確かにそこにいたのだ。


 まだ諦めない。進み続ける。失いかけた決意を燃やした途端、村の人々を失った悲しみを、また思い出してしまうのだった。


 ユキはずっと、悲しみに暮れるクロを見守った。


 season2 fin

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ