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ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season2

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第35話 行方知らず

「……見つけた」

 人知れず村を立ち去ったクロは、かつて多香音が倒れていた場所に訪れた。林道には自分が落とした鞄がある。

 しかし、杖代わりにしていた魔器がなかった。


 謎が解消しないまま、クロは鞄を拾い上げる。中に入っている荷物は大半が村長のものだが、返さなくても良いと譲ってくれた。

 鞄はあるが、魔器を見つけなければ旅を進められない。

「でも、どうして?」


 仮に誰かに盗まれたとしても、金目のものがある鞄は無事だ。魔器だけが持ち去られた理由が見当もつかない。

「……探さないと」

 望みは薄いが、動くしかなかった。


 林道を進むと、二つの道に分かれた。直進すれば遺跡があり、崖に突き当たる。横には多香音とユキが遊んだ川辺が広がっている。

 そこには、新しい足跡が泥水に食い込んでいた。

 クロよりも小さく、多香音のものではない。一筋の痕跡を辿っていくと、それがいくつも枝分かれし、無数に分散していく。


 しかし、どれも木の根元の前で途絶えていた。その樹木には、何かで抉り取ったような穴が点々と覗いている。

「キツツキにしては、大きいよね……」


 続けて足跡に沿っていくと、森の奥から何かを叩くような音が聞こえてきた。クロは周囲を警戒しながら、音の在りかを探る。

 ある樹木が、木の葉を落として揺れ動いていた。

 茂みの中では、誰かのうめき声がした。


「誰かいるの? あの」

 声をかけた瞬間、茂みから素早い影が飛び出した。

 小柄な少年だった。枝の上に降りた彼の左手には、見覚えのある棒があった。間違いない。魔器だ。

 少年はふと、地上にいるクロと視線が合う。


「ええ!? なんだオマエ!」

 突然の出来事に、彼は魔器の切っ先をクロへ向けた。

 だが、動揺で体の重心を保つのが難しくなり、枝の上から落ちそうになった。クロはとっさに腕を広げて駆け出す。

 森林が揺れ動き、姿を潜めていた野鳥が一斉に飛び立った。


「だ、大丈夫?」

 うめき声を上げた少年は、クロの胸から跳び上がる。

「誰? なんでオレを助けた!」

「だって、落ちそうになったから……」


 クロは瞼を震わせながら、少年の姿をじっと見つめる。

 赤みを含む茶髪の少年は、どこか彼女の面影があった。

「もしかして、多香音さんの?」

「な、なんで姉ちゃんのことまで!」


 やはり、彼は風邪で寝込んでいた多香音の弟だった。

「さてはヘンタイだな! 見かけない顔だぞ」

 少年は魔器の切っ先を、クロに突き付ける。

「それ、僕の大切なものなんだ。譲ってくれたら助かるな」


 土を払い、立ち上がりながら穏やかに語りかける。だが、少年は奪われまいと魔器を胸に抱え込んだ。

「ダメだ! これは俺が見つけたんだ」

「なら、この森で何をしてたの? 僕にできることがあれば」

「なんでヘンタイなんかに教えないといけない」

「ま、まずは自己紹介からしない? 君のことも知りたいし」


 クロは姿勢を正し、警戒する少年と向き合った。

「僕はクロ。君のことはお姉さんや村長から聞いてるよ。風邪を引いていたらしいね。元気になってくれてよかった」

 多香音が届けた薬草により、彼の病体が回復していることは、村長から耳にしている。少年は不服そうに唇を尖らせながらも、渋々と名を返した。


「常夏川良。これで満足?」

「川良くんか。いい名前だね。これからよろし――」

 握手しようと手を伸ばすが、強い力に弾かれた。

「これからってなんだよ。オマエとはこれでお別れだ」


 魔器を握りしめたまま、彼は森の奥へ消えていく。

 取り残されたクロは、その後を追いかけた。

「しつこいようで申し訳ないんだけど、それは譲れないんだ」

「うるさい。ついてくるな」


 川良は立ち塞がる草木を魔器で振り払い、歩幅を広げていく。振り解かれそうになるが、クロも必死に歩調を強めた。

 彼が森の中で巡り回っている理由は、どこか分かる気がする。

「薬草を探してるんじゃないかな」


 その言葉に、今すぐ駆け出しそうな足が止まった。

 多香音と同じだ。木の上に登り、薬草を探していた。以前は川良が風邪を引いていたが、今度は姉が同じ病気を患っている。

「一緒に探そう。お姉さんを助けよう」


 一人で充分。そう言おうとした川良の口が止まる。

 敵意は感じなかった。片意地を張っても仕方がない。

「……分かった。夕方までに見つけられたら返してやる」

 クロはそれを聞き、安堵の笑みを浮かべた。


 歩きながら川良の話を聞く。やはり魔器は道端で拾ったようだ。木を登ったり、障害物を退けたりするために使っていた。本来の用途である外付けの魔法のことは、彼も知らないようだ。

「姉ちゃんは初めて風邪を引いたのに、村のみんなはいつもと同じように話してやがる。行動に移したのはオレだけだった」

 クロは頷きながら耳を傾ける。


「オレは天才だからな」

『私っていいお姉ちゃんだと思わない?』

 不敵に笑う川良の表情は、いつか誇らしげに浮かべた多香音の笑顔と重なった。やはり血は争えないと、クロは密かに思う。


「うん。世界一も目指せるんじゃないかな」

「なに言ってんのオマエ。そんなの目指してないし」

 川良はいかにも嫌そうに顔を引きつらせる。

「しょーもな。姉ちゃんみたいなこと言うんだな」

「……ごめん」


 クロは口をすぼめ、静かに肩を落とした。

 空気を入れ替えるように、クロは話題を差し出す。

「薬草は木の上とかによくあるんだよね」

「ちげーし。いやあってるけど。正確には暗い場所とか、湿ったとこによく生えてる。明るい場所にあることもあるけど、たいていは小動物の餌。それに、この辺は隠密草ばっかりだ」


 彼は全く同じ形状の薬草と隠密草を見分けられるようだ。

「川良くん、頼もしいね」

「うるさい!」

 不意打ちに喉を鳴らし、川良は叫んだ。


「それで、今はどこに向かってるの?」

「洞窟だよ。木を回るよりも確実だ」

 川良の遠くには、大きな崖が聳え立っている。


 近づくにつれ、その峻厳な大口が迫ってきた。巨大な洞窟の入り口には、まるで怪物の牙のように鋭い岩が上下から突き出しており、先端から唾液のような雫が滴り落ちている。常闇の奥底からは、息を吹きかけるような音が何度も反響してきた。

「ほ、本当に入るの?」


 怖気づくクロの隣には、あの少年がいない。

「これでいいかな」

 少し離れた茂みの中から、聞き慣れた声がした。音を立てて立ち上がった川良は、一本の頑丈な枝を握りしめている。

「ほら、持ってろ」


 手ぶらのクロに、川良は枝を投げ入れた。相変わらず魔器は返してくれず、一足先に洞窟の中へ足を踏み入れる。

「何かいたりしないよね?」

「バーカ。んなもんいねーよ」


 馬鹿にするような声が、湿った岩肌に木霊する。クロは手渡された枝を握りしめ、身を縮めるようにして彼の後を追いかけた。

 どこか、嫌な予感がしてならなかった。

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