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ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season2

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第23話 アネモネ村

 片繰から魔器を譲り受けたクロは、手帳を開いた。それは、彼から授かったものではなく、学長からのものだ。

『それを見つけるとは。侮ってはいけないようだな』

 地下で見つけた手帳を、学長から預けられていた。怨霊と魔族の関連性。手帳の表紙にはそう記されている。

『怨霊の持つ力は、かつて魔族が振るった力と酷似していた』

 その記録が、手帳に詰まっている。


 森を進みながら、クロは熟読する。怨霊の力と魔族の力は、性質が似ている。しかし、破壊を課す怨霊に対し、魔族は創造する魔法を扱っていた。性質が同一かどうかの真偽は曖昧なようだ。

 各島には、かつて魔族が残した遺跡が点在している。過去に政府が調査したが、真相に関わるような成果は何もなかった。その記録が手帳に延々と綴られている。

『確かに、君にしか分からないことがあるかもしれない』

 学長は言った。実際に怨霊を発現させたクロなら、新たな発見があるかもしれない。もし魔族の謎を解き明かせば、ユキを浄化する方法も見つかる。


 魔器を手に入れた。次は各島の痕跡の調査だ。次の旅に想像を膨らませながら、今度は片繰の手帳を開いた。



「助けてぇぇ!」

 それから森を進んでいくと、奥から助けを求める声が木霊した。

「誰かぁぁ!」

 内容は切迫しているが、声音から察するに、誰かに襲われているわけではないようだが、放っておくわけにもいかない。クロは駆け足になり、周辺を探し始めた。


 次第に乱暴に切り落とされた草木の数々を見つける。人が踏み入れた痕跡もあるが、姿はどこにも見当たらなかった。

「ちょっと! そこ!」

 不意に、頭上から降ってきた声に足を止めた。


 首の骨が鳴るほどの角度で見上げると、そこには赤髪の少女が木の枝にしがみついていた。額にハチマキを巻いており、今にも泣き出しそうな視線を下ろしてくる。

「お願い。なんとかしてぇ!」

「だ、大丈夫ですか? 降りられますか?」

「あれ見て! 同じこと言える!?」

 少女が指を差す。太い枝の根元が、今にも折れそうなほど曲がっていた。

「なんとかして!」

「とにかくじっとした方が――」


 身悶えした揺れで、木の枝が金切り声のように軋んだ。

「おわっ! 落ちる。落ちるって。きゃあぁ!」

 少女の体が半回転する。折れ曲がった枝は、わずかな繊維だけで繋がっていた。今にも千切れそうな命綱を必死に掴み、少女は手足をばたつかせる。

「死ぬ! ほんとに死んじゃう!」

 ついに繊維が耐え切れず、少女は放り出された。


 クロは考えるより先に駆け出す。

 次の瞬間、鈍い衝撃が森に響き渡り、野鳥が一斉に羽ばたいた。

「……あれ?」

 ぎゅっと目を瞑っていた少女は、想像していた痛みが来ないことに困惑した。尻の下にあるのは、硬い地面ではない。柔らかく温もりがある、人間の肉の感触だ。それが誰かの背中であることに、少女はすぐに気づいた。

「だ、大丈夫ですか?」

 喉の奥までこみ上げてくる激痛を必死に堪え、下敷きになったクロは声を絞り出す。昨夜の戦いで強打したばかりの背中に、更なる追い打ちをかけられた。彼女を救う方法はこれしか思い浮かばなかった。


「そっちだって! 私のために――」

 突然、少女は吹き出す。

「下敷きにっ……」

「あの、降りてくれると――」

「あっはははっ!」

 クロの心配を掻き消すような笑い声が、頭上から降り注いだ。彼女はしばらくの間、腹を抱えながら肩を震わせ、クロの背中から退こうとしなかった。礼を受けたのは、ずいぶん先のことだった。



 彼女の名は多香音(たかね)といった。近くにある集落へ案内したいと言われ、クロは半ば強制的に行動を共にしている。

 なるべく人との接触を避けるように諭されていたクロだったが、彼女の凄まじい勢いに断り切れなかった。

 少なくとも、内なるユキの反応は見られない。


 多香音は大きな木製の荷車を引いており、その荷台には馬の餌が積まれていた。彼女の話によれば、クロと出会う前から森で集めていたらしい。

 クロの隣を歩く多香音は、上機嫌な様子だった。こうして肩を並べて歩くと、体格の差が歴然としている。クロとはいくつか歳が離れていた。


 旅の途中、クロは旅の経緯を彼女に訊かれた。

「へぇ! 珍しい昆虫を探しに来たんだね」

 怨霊を浄化する旅ということは伏せた。

「私はね。おつかい頼まれてたんだ。馬の餌でしょ。あとねぇ。弟を治す薬草! ほらぁ。見てよ」

 多香音は自慢げに薬草の束を振り回した。まるで自分の手柄のように胸を張っているが、彼女が木の枝から落ちた衝撃で、たまたま落ちてきたものだ。


「弟さん。何かあったんですか?」

「風邪! 薬草あった方が早く治るって言うんで、飛び出していったの! 私っていいお姉ちゃんだと思わない?」

「ですね。とっても――」

「でもあいつ酷くてさぁ。いつもみたいに抱っこしようとしたら、めっちゃ怒ってた! 何がいけなかったんだろ。私もずっとムカついてる」

「喧嘩したんですか?」

「そんなのしてないよ。私がいじめられただけ!」

 多香音は頬を膨らませ、荷車を引く力を強めた。


 長い林道を抜けると、視界が一気に開け、眩い草原が広がった。多香音は機嫌を取り戻したのか、小さな歌を口ずさむ。ゆるやかな丘を越えると、遠くに小さな集落が見えてきた。

「来るのは初めて?」

 クロは頷く。

「なら教えてあげる。あのでかいやつが病院みたいな家。馬がいるのは馬小屋で、奥のでかいのが食堂! あと、あの紫色の屋根が村長の家ね。他にもいっぱい家があるでしょ! ほら、井戸もあるし!」

 多香音は手当たり次第に、目に入った建物を指差していく。途中で彼女の肘がクロの頬を直撃した。

「いった……」

 顔を押さえるクロをよそに、多香音は楽しそうに村を見つめていた。


「あの柵まで競争だよ!」

 多香音は集落の入口を指差したかと思うと、次の瞬間には駆け出していた。クロも後を追いかけるが、重い荷台を運んでいるはずの彼女の背中は、みるみるうちに遠ざかっていく。クロの足ではとても追いつけなかった。


「私の勝ち! ようこそ!」

 彼女は誇らしげに両腕を広げ、肩で息をするクロを歓迎した。入り口の柵に立てかけられた看板には、アネモネ村と刻まれている。多香音は近くにあった馬小屋の前に荷車を下ろすと、薬草を握りしめて言い放った。

「私はこれを渡してくる! また後でね!」

 軽快に手を振り、先ほど指した病院へ駆け込んでいった。


「誰だ? あいつ」

「見かけない顔じゃ。よそ者かね」

 多香音はクロを歓迎した。しかし、他の住民はそうでもない。訝しむような視線が、クロの肌を刺した。中には中年たちがクロの姿を見るなり、何かを囁き合っている。

 どうにも心地が悪く、クロは逃げ場を探すように辺りを見渡す。


 ふと目に留まったのは、紫色の屋根だった。多香音が村長の家と言っていた建物だ。せめて挨拶くらいはした方がいいだろうと、クロは歩み出す。建物に近づくと、決心を胸に扉を叩こうとする。

「村長に用でもあんのかい?」

 そのとき、後ろから声が投げかけられた。

「なにもんだい。招き入れた覚えはないんだけど」


 小太りの中年女性が立っていた。汚れが目立つエプロンを着こなしており、魚の生臭さが染みた小斧を担いでいる。嫌悪に染まる視線には、歓迎が欠片も感じられない。

「えっと、怪しい者ではありません。多香音さんから教えてもらって」

その名を聞いた瞬間、女性は忌々しげに舌を打った。

「まったくあの子ったら。また面白がって人に迷惑を……」

 女性は肩から斧を下ろすと、欠けだらけの刃を差し向ける。

「いいかい。私たちはよそ者が嫌いだ。くだらない気まぐれで危害を加えてほしくないの。それになんだい? その物騒なものは」


 村の人々に警戒された本当の理由が、頭から抜けていた。背中に括り付けた魔器だ。鞘に納めているとはいえ、周囲の人間からは不審に映るだろう。

 いつの間にか、人混みができている。よそ者のクロを追い出すような視線を向けた。

「もしまた私たちから日常を奪おうってんなら、容赦しないよ!」


「その辺にせんか」


 そのとき、扉の奥から聞こえる濁った声が、空気を払う。声の主は、扉をゆっくりと開いた。

「村長!」

 斧を構えていた女性が、縋るような声を上げた。

「ちょっと聞いてよ。こいつが突然現れて――」

「孫が起きておる。争いごとはよしてくれ」

杖を震わせながら諭す。ずいぶんと年配の人間のようだ。

「この方の話は私が取り次ぐ。諸君は持ち場に戻れ」

「……あたしの食堂には来させないでよね!」

 女性も諦めたのか、不満げに言いながら背中を向ける。それを合図に、寄せ集まっていた他の村人も、元の場所へ散っていった。


 取り残されたクロは、村長の峻烈な眼差しに射抜かれる。

「中に入りたまえ。話をしようではないか」

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