第22話 鉄に秘めた想い
「……復讐?」
魔器を作る理由を、片繰は復讐のためだと明かした。
「あいつらは、身勝手な正義で俺を追い払った。同じ屈辱を味わわせてやるんだ。俺にだって、自分の正義で仕返しする権利がある」
自分を迫害した連中を、皆殺しにしてやる。
「それ。本当なんですか?」
クロにはどうしても、拭いきれない違和感があった。
「僕は、あなたがそんな悪い人とは思いません」
片繰は今まで見たこともない表情を見せる。
「……何を言ってる。頭おかしいんじゃないか? 俺はお前を殺そうとしたんだぞ。この手で! お前だって怯えてたじゃねぇか!」
「あなたが振ったのは、刃がついてないほうでした」
クロは見逃さなかった。最初に片繰が奇襲してきたとき、彼が振り下ろした刃は、平たかった。本来とは逆に向けていたのだ。
「本気で殺そうとは、思ってなかったんじゃないかって……」
片繰は苛立たしげに舌を打った。
「あ、あれは偶然だ。焦って向きなんて気にしなかった! それに、たとえそうだとしても、鎧で殺そうとした。アレは本気だったぞ!」
無人の鎧を動かしていた老人は、真剣でクロを切り裂こうとした。
「そんな俺が、悪い人じゃないって? 笑わせるなよ。猫に物を盗ませて、色んなことから逃げ続けてきた俺が……」
片繰は膝元の猫を抱きしめるようにして、深く頭を埋める。
「俺に、人と名乗る資格なんて…………」
沈黙が続いた。遠くで聞こえる溶接炉の炎の音が、こちらまで聞こえてくる。
「教えてください。あなたが本当にしたかったこと」
クロは歩み寄る。
「馬鹿になんてしません。約束します」
政府から迫害されてまで、魔器を作り続けた理由。人殺しの道具にするためなら、これほど丁寧に扱われるだろうか。数え切れないほどの作品を創り上げてきたが、彼は一度として血で汚すことがなかった。
「俺はただ、受け継ぎたかっただけなんだ」
震える声が、老人の唇から溢れ出した。
「昔はそうだった。特に大義があったわけじゃないが、とにかく必死だった。もう誰も魔器を作らない。だから俺が――」
しかし、あいつらは。
色褪せた過去の記憶が蘇る。あの日は、まだ本島に暮らしていた。普段のように魔器を作っていると、工房に政府の人間が現れては、魔器の開発を取りやめるように命じたのだ。
『至急、兵器の開発を取りやめ、破棄するように』
『兵器じゃない。魔器だ! 偉そうに言いやがって!』
『従わなければ、公務執行妨害として罪を重ねることになるぞ』
『……そんなの、いつ決まったんだよぉ!』
誰にも理解されなかった。かつての友人でさえ。肉親は寿命で共倒れし、唯一残された魔器の開発すらも、政府に奪われそうになった。やがて片繰は世間から消え、カルミア島の森深くで開発を続けていた。
食事などは、盗みを躾けた猫から得ている。
「……今は、なんで創り続けているか分からない」
己が磨き切った作品を眺め、片繰は隠していた本音を漏らした。
「だけど、少しでも、この子たちが誰かの役に立てば、いいなっていう期待があった。魔器は元々、魔法が使えない人を助けるための技術だから」
その思いは、いつぞやに消沈していた。
「…………もう、遅いか」
クロは何も言葉をかけられず、沈黙した。
しばらくして、整理がついたのか、片繰が問う。
「政府の人間じゃないなら、誰なんだよ。ここへ何の用だ?」
クロは息を呑んだ。工房へ訪れた本当の目的は、ただ一つだ。
「あなたの魔器を、譲って欲しくて」
片繰は意外そうに目を丸くした。欲しがる理由が分からない。
「なんで。売りにでも出すのか? おすすめしない」
「先にお伝えすると、僕は無為体なんです」
「……ああ。そうか。通りで」
無為体の知識はあった。魔器と同じく、無価値の烙印を押された体質。魔法が使えない身なら、魔器を求めるのも納得だ。
「勝手に入って、鎧を壊しておいて厚かましいのは承知の上ですが、どうか、お願いします」
痛む体に鞭を打つように、クロは深々と頭を下げた。
「別にいいよ」
思いのほか、返答は早く、穏やかであった。
「色々と思うところはあるが、俺が居留守を使ったのも事実だし。鎧も元々壊れる前提で創った。俺にも問題がある」
片繰は、再び保管した魔器を見る。
「新しい注文は受け付けない。だけど、これだけ沢山あるんだ。一つくらいならくれてやってもいい」
今度はクロへ視線を向けた。先ほどまでの怒りは、もうなかった。
「馬鹿にするのだけは許せん。でもお前は、この子たちに価値を与えてくれるんだろ。きっとこれが、正しい選択なんだ」
片繰はゆっくりと目を瞑り、絞り出すように告げた。
「……殺そうとして、悪かった」
◇
「魔器の用途は?」
「えっと、保身のためです」
「なら、これを持っていけ」
片繰は棚から取り出した魔器を、クロへ投げ入れた。
革の包みの中に、硬い感触がする。抜き上げると、鋼鉄の刀身が露わとなった。柄には片繰の魔材を封じた小瓶が固定されている。
「今いれてやった。勘違いすんなよ」
片繰は釘を刺すように、荒い指先をクロへ向けた。
「魔器に刻んだのは素材じゃない。既に完成した作品だ。使える魔法は俺が決めた炎だけ。それ以外の用途には使えない」
片繰が封じた魔材は、炎へ変換されるように細工が施されている。クロが自分の意思で別の魔法に変形するのは不可能だった。
「試してみろ」
「……ここで?」
「何度も言わせるなよ」
困惑を隠し切れないまま、クロは剣を構えた。呼吸を整え、柄を握り直す。
炎の像を思い描くと、やがて他者の記憶が流れ込んでくるかのように、強烈な熱が神経を駆け巡った。小瓶が強烈な光を放ち、刀身から炎が噴き出た。熱さで思わず手放しそうになるのを堪え、クロは魔器の炎を見つめる。
これが、魔法。
「初めてにしては、上出来じゃないか? 知らないが」
片繰は感心するように顎をなぞった。「無為体でも使えるんだな。初めて知ったよ」
炎を収め、クロは剣を鞘へ戻す。
すると、片繰は懐に潜めていた手帳を取り出し、クロへ差し出した。
「これは?」
「……魔器の術が書いてある。正直、昔作ったやつだから。今は恥ずかしくて読めん。目を通すなら旅の中でもやってくれ」
ごまかすように、片繰は咳払いする。
「用が済んだならさっさと消えろ。長居されても迷惑だ」
ぶっきらぼうに言い残し、片繰は倉庫から立ち去った。軽快な足取りで、猫が後を追う。
それに合わせ、クロも薄暗い廊下を進む。破壊した鎧の残骸を跨ぎ、地上へ続く階段を上った。一階に戻ると、そこには変わらず月明りが暗闇に伸びていた。
苦い顔を浮かべるクロに、片繰は足ふみする。
「一晩だけ、泊めてやる」
そして、人差し指を突き出した。
「地下にはもう来るな。作業の途中だったんだ。うるさくても構わないからな」
やや不機嫌そうな足音を立て、彼は地下へ戻っていった。
クロは最初の倉庫へ戻り、壁に背をもたれて腰を下ろした。しばらくして、地下から部品を研磨する音が響いてくる。作業を再開したようだ。鉄を強く打っているはずの音が、どこか抑えられているかのように小さい。
片繰はこれからも、魔器を作り続けるだろう。魔器を工作する音に耳を傾けながら、クロは重い瞼を閉じる。疲労のせいか、意識が落ちるまで間もなくのことだった。
◇
翌朝。クロは見送りに訪れた片繰へ頭を下げた。
「行って参ります。今までありがとうございました」
「……こういうの苦手なんだよ。感謝なんて鬱陶しいだけだ」
片繰は顔を歪ませ、追い払うように手を振った。彼の足元には、あの黒猫もいた。首の荷物は相変わらずだが、昨日の盗みを謝っているかのように、クロを見つめていた。
クロは授かった魔器を背に、踵を返して歩き出した。だが、ふと足を止める。片繰へ振り向き、腕を振った。
「これからも、ずっとお元気で」
片繰は目を伏せた。どこか、後ろめたそうだった。クロは静かに手を下ろすと、朝光に染まる森林の先を目指した。
足音の木霊が聞こえなくなるまで、片繰は扉の前に立ち続け、考え事をする。昨夜の出来事は、まるで一夜の夢のようだった。微動だにしなかった日常が大きく変わったのだ。
それは、自分に対する断罪か。はたまた機会なのか。
「……あいつ、どこで俺のことを知ったんだ」
自分の工房まで辿り着いた理由を聞きそびれた。勝手に脳裏をよぎるのは、かつて見捨てた友人の姿。
「まさか、常盤か?」
片繰はすぐに首を振った。
「まさかな」
不意に、くるぶしに柔らかい感触が触れた。黒猫が頬をこすりつけている。そこで、初めて飼い猫の顔がやつれていることに気づいた。今までこの子を、生活のための道具としか思っていなかった。
許しを乞うような表情を浮かべ、黒猫の首元に手を添えた。盗んだものを収める布袋を、首から外す。強く縛っていたものを、森の奥深くへ投げ入れた。毛並みが荒れていたが、黒猫は何よりも嬉しそうにしていた。
そして、片繰は工房へ戻った。
「…………農業でも始めてみるか」




