第21話 今は届かなくても
無力。自分の弱さに、クロは何度も打ちのめされてきた。
「今日の訓練はここまでとする」
衣服ごと木刀に切り裂かれたクロは、その無残な姿を父上に拝まれた。
事代家の訓練。無為体であるクロは、魔法による価値の証明が不可能なため、剣術といった運動を叩き込まれてきた。
人を傷つける技術を、クロは最後まで会得しきれなかった。
「修練が足りない。それでも事代家の人間か」
父上から認められることも、一度としてなかった。
訓練場に取り残されたクロは、体の傷を癒える暇もなく、清掃しようとする。道具が保管された倉庫へ向かった。
「なんだ? その姿は」
「……姉さま」
入り口を抜けると、そばで義姉に呼び止められた。
「見物していた。卑劣な結果で、目も当てられなかった」
心の底から失望したことを示すように、義姉は容赦なく告げた。
「やはり、お前は事代家の恥だ。何の価値もない」
義姉はいつもこうだった。どこからともなく現れては、自分の無力さを延々と突きつけてくる。
クロ自身も嫌というほど理解してきた。
しかし、義姉のことは理解できなかった。
何がしたいのだろうか。
「……申し訳ありません。失礼いたします」
涙を堪えながら、クロは義姉を横切る。
「頭を使え」
後ろから、変わらない口調で告げられた。
しかし、今までのような罵倒ではなかった。
「無力という欠点を理解しているのなら、頭脳で相手を上回れ」
クロは振り返らず、背中で言葉を受け取る。
「お前が成していることは再現だ。応用ではない。それだけで戦いに勝てると思うな。相手に力をぶつけることだけが、全てではない」
ゆめ、そのことを忘れるな。
そう言い残し、義姉はクロと背中を向け合ったまま立ち去った。
相変わらず、何をしたいのか分からない。
しかし、クロの瞳には、先ほど堪えた涙とは、別のものが溢れた。
◇
義姉の言葉に、クロは何度か救われてきた。
相手はさも当然のように、自分よりも強大な力を持っている。行く手を阻む鎧も、自分の力では手も足も出なかった。
力をぶつけるだけでは、窮地から抜け出せない。
クロは脳を回し、考えた。理解に手を伸ばそうとした。
あの鎧を無力化する方法はないか。
視線を巡らすと、あることに気がつく。
鎧が横薙ぎに刃を振るい、突き刺さった石壁。鎧と同格の硬さを、いとも容易く穿った。クロの剣で鎧に歯が立たなかったのは、単純な力の差だ。
均衡する力があれば、鎧を破壊できるのではないか。
クロは石壁に沿いながら、震える足腰を起き上がらせる。
「ハア……ハア……」
あの無人の鎧は、おそらく老人が操作している。
鎧の奥で、老人が顔を覗かせていた。自分の一挙手一投足で起こす老人の反応と、鎧の動きが繋がっている。
鎧が自ら攻撃をしかけないのも、老人が勝手にクロが立ち去るのを望んでいるからだ。
老人の視界で、鎧の動きは決まる。
二体の攻撃を、互いにぶつかるよう誘導する。
どうやって狙うか。手前の鎧を抜けても、奥の鎧に防がれる。
計算を怠れば、攻撃のタイミングがずれる。そうなったら勝ち目はない。
――先は読めた。
チャンスは一度きりだ。
クロは強く足を踏み出し、蹴られた腹を抱えながら突進した。
迎え撃とうと、手前の鎧は剣を振り上げる体勢に入った。縦の攻撃では時間を稼げない。クロは鎧を引き寄せ、攻撃を誘発させる。
そして、剣が力強く振り下ろされた。
頭だけは守ろうと腕を構えるが、切っ先がかすめ、血が流れる。
鎧は床に突き立てた剣を引き抜こうとしている。
クロは地を蹴り、復帰した鎧の寸前に飛び移った。
目の前にいる鎧が、横薙ぎを放った。
とっさに身を屈める。クロの頭上で、硬い石壁を貫く衝撃が響いた。
剣が壁に突き刺さり、大半の面積が埋もれている。
まだ、先には行けない。
ここまでは思惑通り。
だが、奥に控えている鎧と攻撃のタイミングを完璧に合わせなければ、計画は成立しない。石壁から、剣を引き抜いた瞬間に鎧の中央に立ち、同士討ちを狙う。いつでも移動できる体勢で、鎧の動きを凝視する。
石壁に固定された剣から、鎧は手を離した。
「……な、なんで!」
思考を遮るように、鎧は拳を放った。
身をよじらせ、正拳を避ける。鋭い太刀風が頬をかすめた。
鎧は続けて拳を放る。瞬きすら許されない。
回避に徹しながら、クロは石壁に突き刺さったままの剣に視線を送った。計画が破綻した。途中で肉弾戦に切り替えられた。
――どうする。
心臓の鼓動が高まり、思考が鈍る。避けることに精一杯だ。
あの剣がなければ、鎧の装甲は破壊できない。
こうなったら、自分で引き抜くしかない。
クロは壁に追い込まれた。先ほど鎧に蹴り飛ばされた場所だ。そこには、クロが手放した剣の柄がある。
拳が掲げられた瞬間、クロは鎧の足元に飛び込んだ。同時に落ちている柄を拾い上げ、鎧の足に引っ掛ける。
拳を突いた勢いに釣られ、鎧は体勢を崩し、石壁へ叩きつけられた。
その最中、クロは既に足を動かし、迷わず剣を目指す。
柄を握り、突き刺さった石壁から引き抜こうとした。
思いのほか硬い。簡単には抜け出せない。壁に足を乗せ、全身の体重を乗せる。徐々に切っ先が姿を見せた。
そのとき、奥に構えていたもう一体の鎧が、初めて動き出した。
クロが武器を手にするのを、阻止しようとしている。
(……まずい!)
「アアアアァァァ!」
喉が枯れるほどに大声を上げ、剣を抜き切る。
その反動で体が仰け反る。
勢いのまま、クロは掴んだ剣を、手ぶらの鎧へ投げ入れた。手前にいた鎧は反射的に剣を掴み、取り戻した武器を掲げた。
奥にいる鎧も、剣を掲げて襲い掛かる。
中央に立ったクロは、両者の剣に挟撃された。
――次の瞬間、クロは剣が振るわれる寸前で身を伏せた。
虚空を切り裂く刃は、互いの鎧に交差し、装甲を貫いた。同時に破壊された鎧は首が泣き別れ、力を失ったように崩れ落ちた。
決着。クロは重く息を吐き、その場で尻をつく。
ユキの力を頼らず、ここまで来られた。
「クソがッ!」
一息つく暇すらなく、あの老人が怒号を上げた。
瞼を開くと、老人の爪先が部屋の奥へ消えていく。
鎧は倒した。再び始動する気配もなく、老人との対話を遮る者はいない。
クロは右腕の切り傷を押さえながら、狭い通路を進んだ。
彼の話を聞きたい。一体何があったのか。
なぜ、忌まれた技術である魔器を作り続けているのか。
「やめろ! 来るな!」
扉が放たれた先で、老人は後ずさりしようと足を滑らせた。その膝の上には、あの黒猫がいる。
そこは、倉庫だった。。
上の階とは違い、丁寧に手入れが施されていた。
保管されているのは他でもなく、彼がこれまで創り上げてきた魔器だ。数え切れないほどに、作品が保管されていた。
「……あの、片繰さんですよね?」
「うるさい! 黙れ!」
片繰は牙を向いた。
心の底から憎まれているのが、声音で分かった。
「お前らには屈しないぞ。地の果てまで追いかけてこようと、魔器は創り続ける! 邪魔するんなら、今ここで殺してやってもいいんだぞ!?」
「き、聞いてほしいです。僕は政府の人間じゃ――」
「嘘をつくな!」
彼は聞く耳を持たない。
「いつもそうだな! 目的のためなら手段を選ばない!」
「……政府に、何をされたんですか?」
クロは静かな声で問う。理解しなければ、対話は始まらない。
「忘れたとは言わせない。俺の傑作を馬鹿にしやがったろ!」
「馬鹿に……でもあなたは、今でも魔器を創り続けて」
老人は強く鼻で笑った。
「何にも知らねぇみたいだな。こんなむさ苦しい地下にいるのは、誰のせいだと思う? お前ら政府が、俺を爪弾きにしたからだろ!?」
魔器が古来より忌避される技術だったことは、歴史書にも記されていた。それは、政府から迫害されるほどのことだったのだ。
彼にとって、政府は親の仇のようなものだろう。
これほど丹精を込めて組み上げた作品を、馬鹿にされた。
「それでも、魔器を作り続ける理由はなんですか?」
唐突な問いに、老人は困惑の汗を流す。
「なんだ? お前。さっきから妙な質問ばかりして。何が狙いだ?」
「……あなたのことが知りたいんです」
気味悪く思ったのか、老人は身を小刻みに震わせる。
やがて、企みを含んだ笑いをこぼした。
「……ハハッ。あいつらに、復讐するためだ」




