第20話 拒絶した匠
階段に足を乗せる音が、狭い空間に響き渡る。
足音を忍ばせようとしても、冷たい石壁がそれを許さなかった。
段差を全て通過した先で、クロの顔が照らされた。
「火?」
事代家の屋敷にも、暖炉から同じような音を出していた。揺らめく火の光が、部屋の外へ影を引き延ばしている。
クロは警戒しながら、暖炉の音が聞こえる部屋を覗いた。
しかし、そこにあったのは暖炉ではなかった。
溶接炉だ。石造の炉が、赤い口を開いている。その周りには、見たこともない工具や部品などが散見された。奇怪な見た目をした瓶が何本か転がっており、中で何かが渦巻いている。
(もしかして、魔材?)
魔器は人間から抽出した魔材を無機物に保管する技術だ。
瓶の形は、外で見かけたランタンにも似ている。
「じゃあ、本当に……」
この地下は、魔器を作るために誰かが創った。片繰の住処であることは、今では確信に繋がっていた。
だが、本人の姿が見えない。
廊下から続く通路は、まだ先が見える。この部屋はあくまで一部だ。
溶接炉の炎を横目に、クロは先へ進んでいく。突き当りまで進み、隣の角へ視線を向けた。
「――ひぃっ……」
クロはとっさに口元を押さえ、恐怖を殺した。
体を向けた矢先に、二体の鎧が立っていた。
クロと目線がかち合っても、鎧は微動だにせず、無機物な気配を放っている。中に人はいないようだが、どうにも奇妙な感覚を見逃せなかった。
鎧の奥では、まだ長い通路が続いている。
しかし、後ろはすぐに突き当りが見え、隣には一つの扉があった。
半開きであり、中から白い光が伸びている。
クロは近づき、隙間から覗いた。
部屋の中央には、作業卓が設置され、机上に様々な形の工具が並べられている。そして、まだ開発の途中であろう槍が置いてあった。
柄の部分には細長い瓶が取り付けられ、装飾も手厚く施されている。
こちらを向いた刃のそばには、貴族が持つ蒸気車の噴射口のようなノズルがあった。
あれは、魔器だ。間違いない。
興味を惹かれ、クロは扉に手を掛けた。
そのとき、扉の奥から力強い音が響いた。扉を解き放った途端、影が覆い尽くす。
「――え?」
見上げた先には、怒り狂った顔の人物が、刃を掲げていた。
平たい刃が、振り下ろされる。
「ああっ!」
「――っ、ううぅ!」
とっさに床を蹴り上げ、クロは自身の体を投げ飛ばす。足の指先をかすめるような距離で、刃が石床を叩き割った。
後ろの壁に頭を強打し、クロは狼狽する。
朦朧する意識の奥で、震え切った声が聞こえた。やがて興奮した獣の唸り声のように変貌する。
「オマエぇ……さては政府の人間だな!」
やつれた老人が、荒い息を込めて言った。
「ついにガキを使うようになったのか! 勝手に人様の地に入りやがって! お前らみたいな腐り切った連中の言いなりになんてなるかぁ!」
「な、なっ」
何を言って――。
口から問いが出てくる前に、老人はクロの前を横切った。鎧の構える道を通過する。
そして、彼は叫んだ。
「あいつを追っ払え!」
埃をかぶっていた鎧が、彼の声に呼応するように揺らぐ。無人の鎧が、突如として動き出した。
一人で動き出した二体の鎧は、通路の奥へ駆けこんだ老人を守るように、クロの前に立ちふさがる。
「ご主人様!」
敵襲を受け、ユキが出てこようとする。
「ユキ! ダメ――」
そこで、学長の言葉が脳に投げ飛ばされた。
他力本願は、制御ではない。
「……ユキ。大丈夫」
迷い子を宥めるように、クロは言い聞かせた。
「僕がなんとかするから」
鎧は動かない。しかし、クロが動くと、それに合わせた。
クロは足を進める。鎧は後退する。クロの横には元来た通路があり、階段から地上へ戻れる。
しかし、クロは再び、前へ足を踏み出した。
鎧の動きが変わる。一体の鎧は先頭に立ちふさがり、もう一体の鎧は後退した。
配置が変わり、クロの想定が崩れる。
一体目の鎧を抜けたとしても、奥の鎧と挟撃される。
このまま横へ体を向けて帰れと言わんばかりに、その場で佇んだ。
「――なら」
クロは振り返る。
老人が置いていった巨剣を、持ち上げた。この剣で何をするか。そこまでは考えていなかった。
『……オマエぇ……さては政府の人間だな!』
彼はただ魔器を開発するだけの人物ではなかった。誰も知らない森の奥深くで、魔器を作り続けていた。
そして、政府の人間を拒絶している。何か事情を抱えているのかもしれない。
彼のことを知りたい。
肩を力無く揺らす。
手から滲み出る汗が、冷たい柄を伝った。この鎧を何とかしなければ、老人との対話が叶わない。
「……うぅ……うわあぁっ!」
クロは駆け出し、先頭の鎧に立ち向かった。
鎧は握りしめた剣を構え、振り降ろす。予想を超える速度にうろたえながらも、クロは反応を起こした。必死に巨剣を振り上げ、攻撃を弾き返す。
はずだった。押し返せない。
衝突する刃。力が強いのは鎧の方だった。無人のはずなのに、巨漢を相手にしているようだ。
クロの巨剣を、鎧の剣が貼り付ける。刃が押されていき、クロの姿勢が縮こまっていく。
そのとき、力が弱まった。
自分を押し潰そうとした力から解放され、クロは束の間に困惑する。しかし次の瞬間、自分が握っていた巨剣が、二つに割れた。
鋭い音と共に、鋼の欠片がガラスのように散る。鎧は、剣を振り切っていた。
――まだ、刃は残っている。
鎧が体勢を立て直し、今度は横薙ぎに刃を振るう。クロは屈み込み、斬撃を回避した。
空を切った剣は、その勢いで真横の壁に突き刺さった。深く食い込み、鎧も引き抜くのに苦戦している。隙が生まれた。
クロは鎧に向け、刃を振った。
父上から教わった術。右肩から胸にかけて――。
鎧の装装にぶつかった刃は、鎧をすり抜ける。
びくともしなかった。
鎧の装甲に当てたはずの刃は、傷ひとつ生むことすらできない。
残りの刃も、今の一撃で完全に砕かれた。残るのは、何の役にも立たない柄だけだ。
石壁から刃を引き抜く。
もう一度、鎧が攻撃をしかける。
「ああっ!」
窮余の一策に走った。剣を握った鎧の腕に、身を挺してしがみついた。捕らえられた鎧は身を暴れさせ、クロを振り解こうとする。
どんなに激しい動きをされても、クロは絶対に離さまいとした。
鎧は動きを止める。
残された拳を丸め、クロの腹部を突き飛ばした。
奥の石壁へ叩きつけられ、手元の柄が離れる。背中を割るような衝撃。腹部には、血の流れをせき止めるような痛みが滲む。
口に含んだ唾液を吐き出した。
自分の中にいるユキが、賢明に呼び掛ける。
彼女は頼れない。今後の信頼が永遠に断たれてしまう。
それでも、クロの力だけでは、鎧を倒せない。
やっぱり、自分は無力なんだ。




