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ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season1

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第15話 秤の丁々発止

「それを見つけるとは。侮ってはいけないようだな」


 手帳を開こうとした瞬間、後ろから声がする。

 振り向いた瞬間、扉が閉ざされる音が響いた。


「ふむ。怨霊も出しているとはね。いささか残念に思うよ」


「……学長」


 自分の脱走が、学長に発覚されていた。


「私の書いたものだ。すぐに返してもらうよ」


 学長は手にした杖を床に叩きつけた。硬い石床に響く音が、峻烈な気迫となってクロを襲った。クロは気圧され、足が後ずさる。


 そのとき、クロを守るようにユキが前へ駆け出した。


「……しまってくれないか?」


 言われずとも、そうするつもりだった。ユキを戦いに巻き込めば、凄惨な結末を招くことは容易に想像がつく。


「……ユキ、戻って」


 幸いにも声は届き、ユキは影となって姿を溶け込ませた。


「牢の鍵を破壊したようだな。君の経歴からあり得ないと思い込んでいたが、監視が甘かった。手足でも縛っておくべきだったよ」

「ま、待ってください」


 クロは手を差し向ける。


「僕はこれから、殺されるんですか? 今までみたいに」

「その記録すら見たのか」


 学長は呆れ果てるように、冷え切った吐息を漏らした。


「なら君も理解できたろう。怨霊の脅威が」


 過去に発現された怨霊は、例外なく誰かを死に至らしめていた。

 しかし、納得してはいけない。今までのように殺しても、それは何の解決にもならない。怨霊に罪はないのだから。


「……殺す以外の選択肢はないんですか?」

「どの立場で言っている? 君はすでに過去の反逆者と同じ道筋を辿りかけている。脱出の手段に怨霊の力を行使した」

「それは、ごめんなさい。逃げた罪は認めます」


 鍵を壊したのはユキだが、望んだのは自分だ。


「でも諦めたくなくて。ユキは、僕の感情から生まれたから」

「他に方法はない」


 確かな声が、断罪のように響く。


「怨霊の真相は、この長い年月の中でも解明されなかった。惨劇を防ぐための手段は、一殺多生。それ以外に術はない」

「それでも、僕はユキを……」


 何も言い返せなかった。殺すのは間違っている。その確信も、彼の前では無力だ。現にユキが人を殺めかけた瞬間もあった。自分たちだけが例外だと言い切れる保証は、どこにもない。


「君は何がしたかった?」


 うつむくクロに、学長は問う。


「牢屋を脱走し、地下に来てまで。その目的は何かね」

「……知らないといけないって、思ったからです。ユキに罪はない。殺す以外の、ユキを救う方法を探したかったから――」


 ユキを救う方法。そう口にした途端、ある結論に辿り着く。

 救いだ。死ではなく、怨霊の脅威を消し去る方法。

 そもそも、抹消することが間違っている。


「学長。僕は――」


 怨霊を、浄化したいです。


「……だから言ったろう。他に術はない」

「なら、これは?」


 クロは彼が綴った手帳を差し出した。

 表紙には、怨霊と魔族の関係性という題字が記されている。


「何か関係があるんですか?」

「質問に答える義理はない」

「魔族のことを知れば、浄化の方法も分かりますか?」


 クロは踏み込み、学長へ迫った。


「もしそうなら、僕は行きたいです」

「魔族の謎を追うと?」


 力強く頷いた。


 それは、かつて人類と敵対していた種族。魔族は膨大な力を持ち、群島を占拠していたが、ある英雄の力によって、半世紀前に封印された。歴史書にも著しく記録されている。


「……怨霊の持つ力は、かつて魔族が振るった力と酷似していた。その調査記録が、君が持っている手帳だ。私もかつては魔族の謎を追っていたよ」

「なら――」

「ぬか喜びをする前に言わせてもらう」


 学長の声が一段と低くなる。


「魔族が封印された後、我々は奴らの痕跡に調査を尽くした。魔族や怨霊の真相が分からないという結論は、その末に出されたんだ」

「でも、自分の目で確かめたいです」

「そのために、世界を滅ぼすリスクを野放しにしろと言うのかね」


 喉を射抜かれたように、声が出なくなる。

 怨霊を浄化できれば、誰も傷つかずに済み、ユキも救える。しかし、その過程で誰かを傷つける可能性も否定できなかった。


「確かに、君にしか分からないことがあるかもしれない。だが、私は大人だ。可能性に国家や人命を賭すことはできない」


 深く息を吐く。逆にクロを説得するような口調になった。


「人を傷つけるのは、君も本望ではないはずだ」

「……ユキは、自分から人を傷つけません」

「ほう?」


 今までユキが発現したのは、クロが危険に晒された場面だけだった。誰も危害を加えようとしない商店街では、ユキは他の人と触れ合うことを楽しんでいたのだ。

 その光景を、クロは陰から目に焼き付けていた。


「ユキが暴走するのは、僕の身が危なくなったときだけです」

「……確かに、怨霊による人命の被害はなかった」


 会議の報告でも明かされた事実だ。


「偶然だったらどうする。それに、君を襲った人間も殺すつもりはなかった。そんな彼らが、怨霊に殺されそうになった」


 学長も後には引かない。


「君は状況を問わず、怨霊の無害を証明しなければならない」

「どうすれば、証明できますか?」


 選択を委ねると、学長は沈黙した。

 クロは答えを待つことしかできない。

 やがて、彼は告げる。


「私と戦え」


 反射で吸った息の圧が喉を伝い、肺を埋め尽くした。


「自分の身が危険になった場合のみ現れると言ったな。ならば、私が同じ条件を再現しよう。その中で怨霊の制御を遂行できれば、君のことを試してみてもいい」


 学長は白い手袋を外し、杖を構え直す。


「安心したまえ。仮に暴走しても、私が責任を持って止めるよ」


 しかし、その時点でクロの信頼は地に落ちる。

 この提案は受け入れられない。失敗は許されず、これまでユキを制御できた試しもない。後戻りの選択を潰すように、学長は杖を叩きつけた。


 彼の魔法は、クロも知らない。

 何が飛んでくる。


「――クラウド・クラフト」


 心境一体のさかい


 身構えていたクロは、衝撃に飲み込まれた。足元の感覚が消え失せる。しかし、地面に穴は開いていない。意識そのものが自分の肉体から引き剥がされ、どこかへ導かれる。


 辿り着いた終着点は、無垢の境地だった。


「……ここは?」

「私の結界だ」


 遠くから語り掛けたのは、学長だった。


「きたまえ。君の意思を、行動で示してみろ」


 彼が魔法で創るのは、空間だった。

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