第12話 選ばれし者たち
「今回の騒動による被害をまとめます」
暖炉の光が揺らめき、紅色に染まる部屋。蝋燭に囲まれた平たい長机には、選別された有数の男女が着席している。
学園の上層に位置する、アカデミック・オーソリティの会議室。外界が断ち切られ、存在を知る者は学園でも指を折るほどだ。
組織は八名によって構成されている。会長である女性、美桜和歌は書類の束を整え、確認された被害の全貌を読み上げた。
「負傷者は二名です。姓名は事代クロ、ならびに事代ビオラ。身元の委細はお手元の資料をご覧ください。主因は天光逸見と認定します。幸いにも、民間人の被害は確認されていません」
二名の履歴に目を走らせる。しばらくして、和歌は書類をめくる。
「次に学内の損害です。こちらも資料に詳細が載っています。いずれも事代クロを起因と認定します」
再び書類をめくる音が切られる。
「学外の被害。これらは住民から正式な被害請求が提出され、保留となっています。また、主因を天光逸見と認定します」
そこで、和歌は初めて顔を上げた。
「天光さん。ご弁明をお願いできますか?」
名を呼ばれた逸見は椅子を動かさず、代わりに机の裏を蹴った。衝撃で書類の束が流れ、蝋燭の火が大きく揺らぐ。
「知ったことじゃねぇよ」
吐き捨てるように、最初に口にした。
「どうせ金を払うのは俺じゃねぇし、堅気の文句を受け付けるのも俺の仕事じゃねぇ。向こうが挑発した。だから叩きつけてやった。他に説明いるか?」
会議そのものを疎ましく思っているのか、逸見は椅子に首を預け、天井のシャンデリアをぼんやりと見つめた。
和歌は表情を変えずに応じる。
「かしこまりました。他の方は、何か異論はありませんか?」
「異論はありますが、天光さんのことですし、長引かせてもって感じです」
「あ?」
横から口を挟んだ青年は、組織で渉外を担当する矢 車一吹だ。
「この件は通例と同じように処理をしましょう。そのことに異論はないはずです」
同意を示し、他の役員も頷いた。
逸見は強く舌を打ち、椅子の足を浮かせる。
「かしこまりました。では、報告を以上とし、本題に移ります」
和歌は目の色を変え、会議の流れを切り替えた。
「事代クロについてです」
今回の騒動を招いた元凶である、事代家の養子だ。
「昨日五月二十五日。事代クロは一限目にて“怨霊”を発現させました」
クロが発現させた少女は、怨霊と定義された。
「よって、事代クロは反逆者として扱います。反逆者の逃走によって、学園は大きな混乱を呼び寄せました」
話は移る。
「そして同日の午後。事代家の当主は学園に来訪しました。密会にして、事代クロが無為体であることを隠蔽した事実を認め、正式な謝罪が下されました」
和歌は視線を別の場所へ移す。
「この件に関しては、枝垂さんにお取次ぎをお願いしております」
暖炉脇の席から、丸眼鏡をかけた男性が立ち上がった。
枝垂千草。彼は組織の顧問や監視を務めている。同じ役員でありながら卒業科目を終えており、生徒の枠組みを超えた人物だ。
「当主は謝罪後、事代クロの引き渡しを要求した。だが当人は我々の監督責任のもとにある。処分の決定権も同様だ。この問題は家庭の話に留まらない」
彼は声音を変え、補足を入れた。
「念のため、事代家の当主、同家の生徒には接触を避けろ。早乙女も同様だ」
千草の着席を確認すると、和歌は再び口を開いた。
「事代クロは現在、学園の地下牢に隔離されています。そして、“コア”では当人の処分を早急に判断するよう求めています」
それは、学園の生徒が主体であるオーソリティとは体系が異なっている機関。
アカデミック・コアは政府の上層であり、下部組織のオーソリティと連携して責務を全うしている。国全体の方針を定め、最終決定権を有する。
「怨霊は未だ制御下にありますが、万が一宿主の意思から逃れた場合、この世界そのものを破滅させる可能性すらある」
古来より、同様に出現した反逆者は――。
秘匿に死刑が与えられた。
「しかし、懸念点もあります」
和歌は語り続ける。
実際に怨霊と対峙した教師の証言では、宿主を攻撃した瞬間に怨霊が攻撃したという。宿主の危機に瀕した場面などで、怨霊は暴走する。それは、過去の記録とは明確に異なっていた。
下手に命を奪えば、更なる惨劇を招く可能性も捨てきれない。
「以上を踏まえ、初めに事代クロの処刑について賛否を取り、方法は後ほど改めます。この中で、本件に賛成の方は挙手をお願いいたします」
手を挙げる音が続く。役員の過半数が賛同した。
事代クロが発現させた怨霊は、人々の命を脅かし、安寧秩序を乱す危険分子だ。たとえ同じ学園の生徒でも、生かす理由はない。誰もがそう思っていた。
「過半数が賛成ということで決定しました。では――」
「ちょっと待てやゴラ」
ただ、一人を除いて。
「見て分かんねぇのか? 俺は手を挙げてない」
逸見はただ一人、組んでいた腕を動かさなかった。和歌も初めは普段のような態度だからと思い込んでいたが、明確な反対が告げられた。
「この組織は少数派の意見も尊重するんじゃねぇのかよ」
「よく自分を組織の一員と言えたものですわね」
組織の行事企画を担当する女、出蘭姫爪。
「会議が止まってる。邪魔をしてるって理解できないの?」
ならびに情報処理を担当する与渡彼岸という少年が皮肉を挟んだ。
「役にたたねぇ口は閉じてろ。なぶり殺してやろうか」
「この会議において、特定人物の黙秘権はない」
会計である青年、柊甲矢が机を殴り、逸見へ追及した。
「なぜ、事代クロを庇う?」
「いちいち言わなきゃ分かんねぇのかよ」
逸見はついに怒りを隠せなくなり、机上に両足を乗せた。
「この話は今すべきじゃねぇだろ。怨霊が発現してから二十八時間後。盗賊や殺人犯の出現が急激に増しやがった」
「そのことは重々承知しています。各事件の対処に時間を費やし、今になって我々が集う時間を設けられたのですから」
和歌が冷静に説き伏せるが、それが逸見の神経を逆なでる。
「だったら頭使えやカス。ガキがどうこうとかクッソどうでもいいだろ。どうせ学園から外には出られねぇんだろ? 学長の結界に取り込んだって話らしいしよ」
「……かしこまりました。おっしゃる通り、軽卒でした」
事代クロの動きは見られない。迫害しなければ、怨霊の暴走も起こらない。他に解決すべき問題が山のように残っていた。
和歌が視線を送ると、枝垂は静かに頷く。
言葉いらずのやり取り。逸見は強烈な舌打ちを響かせた。
「では、事代クロの処分は後日に回します。そのことをコアに伝えるのは――」
その後も、アカデミック・オーソリティの会議は続く。
事代クロが怨霊を発現させたこと、無為体であることは一般世間には公表されないことになり、処分の決定は延期となった。




