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ウィッチ・クラフト  作者: 新谷時
season1

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第9話 見紛えた友情

 ユキの姿を隠し、クロは別の通路へ変えた。

 世界の理に反する反逆者。早乙女はそう明言した。

 

 最初に思い浮かぶのは、生命の創造だ。


 魔法で意思を持つ生物を創ることは不可能ではないが、理に反する禁忌とされている。その事実を指していたら、ユキは精霊ではないことになる。確かに感情豊かで、言動も意思を持っているようだった。

 一方で、影に隠れる人外的な特性もある。

 

 そして、ユキが放つ波動。

 

 考えても答えは見つからず、クロは逃走に集中した。

 もう学園にはいられない。誰の目も届かない場所へ。


「うわあぁっ!」


 曲がり角を抜けようとした瞬間、クロは誰かと衝突した。

 別の生徒が走っていたらしい。クロは弾かれ、床に尻を打ち付ける。同時にぶつかった生徒も倒れ込んだ。

 また人だ。ユキが敵対する前に――。


「ご、ごめんなさい!」

「その声!」


 頭を押さえた少年が、クロの声に反応して顔を上げた。

 彼の声にも、クロは親しげな覚えがあった。


「やっぱり、クロ!」

「竜胆? どうして!?」


 ぶつかった相手は、クロの友人だったのだ。


「お前を探してたんだよ!」


 友人を前に、クロは身構えてしまった。この状況で自分を探している理由は、きっと善意だけではない。クロを捕まえるためかもしれない。


「……ごめん。本当に、ごめん!」


 クロはとっさに駆け出し、竜胆を置いていこうとする。


「おい、お前また――待てって!」


 しかし、彼に追いかけられた。これまで休む間もなく走り続けていたので、追いつかれるのも時間の問題だった。


「逃げんなよ。馬鹿」


 捻じ曲げるように強い力で、竜胆は腕を掴んだ。

 手のひらから熱が伝わる。


「自分が何をしたのか分かってんのか?」


 クロは黙りこむ。自分すら状況を理解できていない。


「……僕のせいで、学園が大変なことになってる」

「みんなお前を探してるぞ。先生たちが見たこともない顔で。アカデミック・オーソリティの連中だって探してる噂も聞いた」


 それが事実ならば、学園での居場所はない。


「お前、これからどうすんだ?」

「……逃げるしかない」

「どこにだよ」

「人がいない場所」

「また避けるのかよ!」


 竜胆が声を荒げる。

 クロは後ずさった。このままだと、ユキが敵対する。

 時間がない。これ以上は止まれない。


「お前はいつも! それでうまくいったことがあんのかよ!」


 逃げようとした意思が、そこで完全に途切れた。

 竜胆は強く、クロの肩を掴む。


「ちゃんと話せ」


 成す術なく、閉じていた口を動かした。


「僕が創った少女は、どんな人でも襲うみたいで。近づけばその人が危険になる。だから、学園(ここ)から離れたい。誰も傷つけたくない。竜胆だってそうだよ」


 そう言われた彼は、目を丸くする。


「僕には近づかないほうが……」

「……お前はいつも、そうだよな」


 そう吐き捨てるように言う竜胆は、笑っていた。


「ほんと、懲りないやつだよ」


 舌打ちとため息を交えながら、竜胆はクロから手を離し、わざとらしく背を向ける。次の瞬間、薄暗い廊下に魔法の光が宿った。彼はクロに隠れ、必死に何かを練り上げている。


「ほら、これやるよ」


 彼が差し出したのは、木の枝で組まれた板だった。


「これは、何。木の板?」

「スケボーだ! ほら、これに乗って動けんだよ」


 それを床に叩きつけ、足を乗せてみる。端には四つの球根が括り付けられており、がたつきながらも床を転がっていた。


「走ってらんないだろ。正門を抜けたら、それを使って街に出ろ」

「どうして、助けてくれるの?」

「そんなこと聞くのか? 友達だろ」


 忘れてしまっていた。彼も他の生徒と同じように逃げたほうがいいと思っていた。だが、これまで何度も自分を助けてくれたのは、他でもない竜胆だ。彼のことさえ疑ってしまった。


「用は済んだ。早く行け! 俺の気が変わる前に」


 クロは木の板を抱きしめ、竜胆の背を見つめた。


「…………竜胆。ありがとう」

 彼は最後まで返事をしなかった。

 しかし、クロの姿が最後まで見えなくなってなお、竜胆は無事を祈っていた。


「絶対に。逃げ切れよ」


 ◇


 クロは校舎の影に隠れ、正門の近くまで辿り着いた。


 城壁に囲まれた学園から脱出するには、正門を抜けるしかない。しかし、そこでは監視塔が隣接し、警備の人間が道を阻んでいた。たとえ突破したとしても、空中には箒で旋回する飛行隊が目を光らせている。


 万事休すだ。クロは口を結び、木の板を抱える腕に力を込める。


「あの! 犯人! この事件の犯人がいたんだけど!」


 そのとき、正門に怒号が弾かれた。

 クロは弾かれたように顔を上げる。初めは見つかったのかと焦ったが、その声の主は知っている人物だった。けれど、あまり聞き馴染みのない音色だ。


「美琴!?」


 クロの友人の、美琴だった。


「なんだお前は」

「見て分かんないの? この学園の生徒よ!」


 美琴が床を踏み鳴らしながら、政府の人間に喧嘩を売っている。どういうつもりなのかと観察していると、クロの背後から茂みを鳴らす音が聞こえた。

 とっさに振り向く。


「クロくん」


 もう一人の友人である晃の声を使い、《《木箱》》が話しかけてきた。


「……あの。もしかして晃?」

「そ、そう。よく分かったね。誰にもバレなかったのに」


 木箱を持ち上げ、影から晃が覗く。


「美琴は何をしてるの? 晃だって」

「クロくんを助けようって決めたんだ。竜胆くんの案だよ」

「……竜胆が」


 クロが感心する間にも、正門からは言い争いが続いていた。


「我々は見張りを任されている」

「だから何よ。すぐそこで犯人を見つけたのよ?」


 美琴は校舎の物影に指を指す。クロがいる場所とは真逆の方向だった。


「いったん落ち着け。持ち場を離れるわけには――」


 美琴は強く舌を打ち、遂に啖呵を切った。


「あのねぇ! 持ち場から動けない病気なの? 近くにいるって言ってんだから立場なんてどうでもいいわよ! 少しは自分の頭で考えられないわけ!?」

「……分かった。案内しろ」


 監視塔の人間は、部下に命令を呼び掛ける。

 それを見た美琴は、再び不満を喚き散らした。


「舐めてんの? 全員で来なさいよ!」

「分かった! 分かったから。もう耳が痛い。聞くのはごめんだ」


 一人の部下が耳打ちする。


「全員を集めていいんですか?」

「あいつの言ってることが本当なら、我々も死に物狂いで拘束しなきゃならん。あの騒ぎようからしても、何かあったかもしれない」


 耳の後ろを掻きながら、監視塔の人間は階段を降りる。美琴と合流すると、一斉に彼女の案内へ連行されていった。


「うちのいまだよ」

「でも、美琴は大丈夫なの?」


 美琴は陽動だ。あからさまな嘘を貫いた。

 もし嘘と判明したら、無事では済まされない。


「うん。美琴ちゃんは強いから。それに先生とよく喧嘩してるし」

「同じことかな……」

「私たちも頑張るよ。美琴ちゃんを牢屋になんか入れさせない。クロくんも」

「……ありがとう。今度、みんなにお礼をさせて」


 正門が無人になったことを確かめ、クロは建物の影から踏み出す。走りながら振り向くと、晃が木箱から腕を伸ばし、大きな丸をジェスチャーで作っていた。

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