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第9話 英雄としての実力

 シグナ地方最西端、サナ平原。

 シグナ地方では数少ない川があり、草木の生い茂る場所。


「やっぱりデマなんじゃないですか?」


 隠しきれない疲労感を抱えた青年は、項垂れながら投げかけた。


「もう三日間、何の収穫もないからな──後見てない場所は?」


 スルガも苦笑していた。


 サナ平原に『魔物の魔力を持ったモンスターが現れた』という報告があり、その異常事態に騎士団長の中から真実を確かめる為に選出された。


 もし報告が本当ならば、モンスターの俊敏性、耐久力、膂力がありながら魔力までも操る危険な存在である。


「もう少し南の林のある方ですかね。ですが、目撃情報よりかなり離れてますけど──」


 青年はかなり帰りたそうだった。

 土地勘の無いスルガは、近くのジュベー街から選任された案内人のハノスと共に例のモンスターを探し続けていた。


 ハノスも最初の頃こそ、英雄の役に立てると喜びながら案内していたが、スルガが傍に居る事で身の安全は保証されているとはいえ縦横無尽に襲ってくるモンスターに心身共に参っていた。


「そこを確認して見つからなければ、一旦引き返すとするよ」


 実際、デマや目撃情報自体が勘違いという事もあるし、もうこのサナ平原から離れている可能性も十分にある。

 一頻り確認して、何事もなければ近隣への脅威も多少は取り除けるだろう。


「なんかお役に立てず、すみません」


 ハノスは眉を歪ませ、罰の悪そうな顔をする。

 自身の態度がスルガに気を遣わせてしまった事に少し負い目を感じた。


「なぁに、何もないって事が一番の朗報さ。ハノスさんの案内は非常に楽しく分かりやすいものだったよ」


 英雄と呼ばれる男に褒められ、照れる。

 ハノスも疲れていたが、気を取り直して最後の林へと先導していく。


「本当に見間違いとかでしたら、良いですね。私達みたいな市民からしたら、モンスターってだけでも脅威なのに更に魔力まで持って襲ってくるって、身の毛がよだちます」


 襲われる所を想像したのか、身体を震わせる。


「はは、そういった不安を解消する為の騎士団がある。例え本当にそんなモンスターが出現したとしても速やかに対処させてもらう」


「さすがスルガ様、頼もしい限りです。魔王やディノスを相手取ってきたスルガ様は怖いもの知らずですね」


 ハノスのその言葉は自然と一人の顔が浮かぶ。

 それは娘、リアナの顔。


 顔を引き攣らせて笑う。


「あれ?」


 ハノスはスルガの反応に気付き、興味本位で話を続けていく。


「何か心当たりがありましたか?」


 そして核心を突く。


「あ、ひょっとして奥様ですか? やっぱりいつの時代も妻は強し、ですからね」


「あはは……まぁ、そんな所だね」


 当たらずしも遠からず。

 帰った後のことを考えたら、任務のモンスターと戦うより恐ろしい。


「ハノスさんはご結婚は?」


「えぇ、してますよ。妻と息子三人です。一人はまだ小さいですが、二人は食べ盛りでしっかりと稼いで帰らないと妻に怒鳴られるんですよね」


 自虐をしてはいるが、その声色からは幸せを感じさせられた。


「それは手厳しいですね。息子さんとはどういう風に接してるんですか?」


「息子には特に何もしてませんね。普通に会話したりするだけです」


 そう言うと顎を掻いて考える。

 求められた問い掛けに大して答える事が出来ずにいる事が気に入らないようだ。


「まぁ、自分はこんなつまらないお役所仕事をしてるんで、尊敬もされてもいないですし、あぁしろ、こうしろ、と言える程何かを成し遂げてきた自負も無いんで、元気に大きくなってくれればそれで十分ですかね」


「そうか──いや、きっと息子さんはハノスさんを尊敬してると思います」


 スルガは遠くをぼんやりと眺める。

 自身が娘にしてやれなかった事。

 傍に居て成長を見守る事。

 それが羨ましくもあり、同時にハノスを父親として尊敬した。


「そうですかね」


「あぁ、ずっと頑張って家族を養っている父親を尊敬しないはずがない」


「だと良いんですけど」


 ハノスはどこか嬉しそうに俯き、頭を掻いた。


 「ハノスさん」


 調子良く林の中を進んでいた所、突然にその歩みを止める。


 「どうやらお役目を果たして帰れそうだ」


 ハノスは息を飲んだ。

 警戒するように辺りを見渡すも何も見つけられない。


 スルガは林の奥から魔力を感じ取っていた。

 モンスターしかいないこの林に存在するはずのない魔力を放つ何かがそこには居る。


「さて、どんなモンスターなのか見物だな」


 スルガは戦闘は好きな訳ではない。

 しかし、数日もの間ただただ標的探しをしており、何もせずに帰る所だった。


 そんな中での標的を発見。

 気持ちは軽くなっていた。


「だ、大丈夫ですよね?」


「家族が待ってるだろ?」


 一体何の話か分からず首を傾げる。


「はい」


「だったら、無事に帰らないとな」


「はい!」


 どんなモンスターが現れるのか、まだ未知ではあったが、スルガの一言に安心する事が出来た。


 きっと魔王と戦った時も、ディノスを討伐した時も、そうやって生きて帰ってきたんだろう。


 魔力の感じ先へ歩を進めていく。


 木々を掻き分けたその先には、人の五倍の大きさもある狼が居た。


 周りには多くのモンスターの残骸が散らばっている。


「ゾルドファングか。そもそもここら辺に生息するモンスターでもないぞ」


 ゾルドファングは、北のアッシュ地方に生息しており、縄張り意識が強く、縄張りに入ってきた者には容赦はないモンスター。


 自らが縄張りから離れて、増してや別地方まで出てくる事は考えにくい。


「な、なんか怒ってません?」


「きっとコイツの今の縄張りはここなんだろうな」


 何かを考え込んでいたが、ゾルドファングの怒りに対しては意にも介していなかった。


「ウオォォォォォォォォォォォォォォ」


 ゾルドファングの咆哮は空気を震わせる程大きく、林に響き渡る。

 ハノスは堪らずに耳を手で覆う。


 ゾルドファングは鋭い爪で空を裂く。

 魔力が籠った斬撃がスルガへと木々を薙ぎ倒しながら向かってくる。


 スルガは剣を抜き一振り。


 一閃でゾルドファングの斬撃とぶつかり合い爆ぜるように消えた。


 ゾルドファングが唸りながら地を蹴り駆けてきた。


 巨体とは思えない速度。


 駆ける度に地鳴りがする。


 「やはりただのゾルドファングとは桁違いだな」


 迫る脅威を前に分析するように呟く。


 次の瞬間、スルガの姿が消える。


 襲い来るゾルドファングは二撃目を放つ事はなかった。


 既にスルガの剣がゾルドファングを捉えていた。


 ゾルドファングが崩れるように倒れこむ。


「へ?」


 倒れたモンスターを凝視する。


「一体何を?」


 ハノスには何が起きたのか全く理解が追い付かなかった。


「斬っただけさ」


 倒れたゾルドファングはまだ息をしていた。


 (魔物の生命力もあるのか)


 ただのモンスターなら、即死していたのだろうが魔力を有したモンスターの生命力は異なっていた。


 スルガは剣を突き立ててトドメを刺した。


「コイツは後で回収させるとして、帰りますか」


「は、はい」


 呆気に取られたハノスは訳もわからず頷いた。


 帝国シャルベリアを守る騎士団長。


 魔王と互角に渡り合った英雄。


 その肩書きに、その英雄譚に日頃から想像を膨らませていた。


 しかし、そんな想像を遥かに超える強さを理解した。


 ──この人は魔王と戦い、生きて帰ってきた英雄なのだと。

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