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第10話 迷い、そして決意

 歓迎の為に用意された夕食はなかなかに豪華なものであったが、リアナの気持ちはそこにはなく、余り味わえなかった。


 恐らく翌日に『昨日何を食べた?』と聞かれたら、覚えていないのだろう。


 それ程までに待ち望んだ父の事を知る人物の話を聞きにガーゼルの部屋へと訪ねていた。


「どうだ? 夕食は美味かっただろう?」


 夜になっても声量は変わる事なく大きかった。


「はい、とても美味しかったです」


 嘘である。

 ただ次の話へと早く進める為の会話。


「それでスルガ団長の事なのですが──」


「今は勤務時間外だ、堅くならずに何でも聞いてくれ。オレが答えられる事なら何でも答えてやるよ」


 言い淀むリアナに助け舟を出すように促す。


「昔から父をご存知なのですか?」


「オレの方が騎士歴は長いからな。当然入って来た時から知ってるぜ」


 入団当初からの父を知る者。


「そもそもが団長が入ってきたのは十二、三年くらい前だから、当時を知る人間なんざ結構いるがな」


 元々はオラソン村の自警団をしていたスルガは、その才能に目を掛けられてシャルベリアの騎士へと入団していた。


 そこから数年で騎士団長まで上り詰め、一年前には魔王と戦って、英雄と呼ばれるようになった。


「父は昔から強かったんですか?」


「ほう、団長の強さが気になるのかい?」


 もっと娘らしい質問が飛んでくるものだと思ったガーゼルは疑問になり、首を傾げ顎を掻く。


「他に何を聞けば──」


 眉を寄せ少し困った表情になりながら、考える。


 父親の何を聞くべきなのか。


 何を知りたかったのか。


 そんな事すら分からない。


 十年以上離れていた時間はそれ程までに長い。


 その姿にガーゼルは大笑いする。


「なるほどなるほど。いいぜ、嬢ちゃん。オレの方から団長の話をしよう」


 どういう事情かは分からない。

 分からないが、娘として父への接し方が分からずに戦闘という形でしか父へと近づく事が出来ないと思っているのだろう。


 そう察したガーゼルは自身から見たスルガの話をする事にした。


「団長は昔っから強かったさ。センスがあるなんてもんじゃない。更には人一倍の努力をするもんたから、普通なら周りの騎士達は絶望していただろうさ」


 特に同期や数年先輩の騎士は、スルガと比較される対象になると思うと気が休まらない。


「しかし、そこが団長よ。その努力も才能もひけらかしたりしねぇし、何なら上手く周りの奴らと打ち解けて、助言するもんだから、団長を疎む者なんていやしなかったな」


 スルガは当時で二十五歳。

 ある程度は周囲の気配りや、人との関係性を壊すことのないような立ち回りを心得ていた。


 本人自身も出世目的で騎士に入ってきた訳でもなく、その野心の無さが同期や先輩騎士との関係を円滑にしていたのだろう。


 こうしてガーゼルはスルガの昔話を年代関係なく、思い付く順にリアナへと話していった。


 リアナは瞬きをする事さえ忘れて、食い入るようにその整理もされていない話に耳を傾けていた。


 時には驚き。


 時には笑顔を見せる事もあった。




「──まぁ、こんな所か。オレの知る団長の話ってのは」


 一通り話し終えるとテーブルに置かれたコップに入った酒を一気に飲み干す。


 リアナも出されていたお茶を両手で取り、一口飲んで一息ついた。


「色々とお話頂きまして、ありがとうございました」


 リアナは満足そうにお辞儀をした。


「おう。一通り話したが、何か他に聞いておきたい事はあるか?」


 その問いに両手で持っていたの中のお茶を見ながら、暫く考え込む。

 何かを思い留めているようで、チラリとガーゼルへ視線を移す。


 ガーゼルは先程までと打って変わり、ただ静かに話し出すのを待っていた。


「私は──」


 ようやく決心がついたのか、コップを持つ手は強く握られ、視線は真っすぐにガーゼルだけを見ている。


「父に追いつく事ができるでしょうか?」


 スルガの話を聞いたからこそ、その強さ、その才能に並ぶ事が出来るのか、不安だった。

 初めての父との戦い、部下であるユマとの戦い、そして何度挑んでも背中すら見えない力の差。


 何一つス追い付ける未来が想像出来なかった。


「知らねぇよ」


 突き放すような言葉とは裏腹に、リアナに優しさの籠った笑顔を向けている。


「まだ嬢ちゃんは十八そこらだろうが。そん時の団長がどんなもんかも知らねぇし、追いつくかどうかは嬢ちゃんのこれから次第じゃねぇのか?」


 もう未来がない訳でも、既に未来が決まっている訳でもない。

 ましてやガーゼルがリアナの未来を決める事なんて出来るはずもない。


「追いつきたきゃな。追いつきゃあ良いんだよ。まぁ、途中で諦めちまう奴の方が多いってだけの話だが」


 諦めるな、とは言わない。

 追い付くかどうか、諦めるかどうか、全てはリアナの意思次第。


 リアナは歯を食いしばる。

 追いつけるかどうか、そんな事に迷ってる時間が無駄だった。


 追い付きたい。


 諦めたくない。


 それならやる事は一つ。


「──ガーゼル隊長」


「ん?」


「お願いがあります」


 リアナの表情は今までで一番スッキリとした力強いものだった。


「おう、何でも言え」


「私と手合わせしてください」


 ユマとの試合に敗れて、スルガに諭されるように言われた言葉。

 経験や知識が足りない。


 追い付く為には多くの人と戦い、多くの経験を積み重ねる事が必要不可欠。


 スルガに認められ、隊長になった男ガーゼルとの手合わせ。


 悩んで、迷って、その場で足踏みをしている時間はない。


 ガーゼルは待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げた。


「外の訓練場はさすがに迷惑になるからな。ここの屋上が開けた場所になってる」


 親指で上を指す。


「話してばかりで身体が固まっちまう」


 椅子から立ち上がり、首を回す。


 ゴキゴキと骨の鳴る音が部屋中に響く。


「強くなりたきゃ、実践あるのみ。オレも団長も強ぇ奴らと戦って痛ぇ目にあいながらここまできたんだ」


飾ってあった稽古用の剣を二本取り、一本をリアナに投げ渡す。


「オレは手加減は下手だから、そっちで気を付けろよ」


 「承知致しました」


 リアナも剣を力強く握ると勢いよく立ち上がった。

 迷いは、もうなかった。

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