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第11話 勝つためには

 駐屯所の屋上。

 開けた場所には、休憩用の長椅子や使い込まれてボロボロの訓練用カカシが幾つもある。


 夕陽も落ちて、空は所々雲に覆われており星の光も少なく暗さに目が慣れるのに時間が掛かる。


「うっし、早速やるか」


 右肩を回しながら、リアナへと向き合う。


「どっちかが参ったって言うか、立てなくなるまでで良いか?」


「──大丈夫です」


 まだお互いが向き合っただけ。


 ガーゼルは真剣に構える所か、肩の力を抜いているようにも見える。


 なのに──リアナは気圧されていた。


 自分より一回り以上大きな体格。

 歴戦を生き抜いてきたであろう佇まい。

 何よりも抑えきれずに溢れ出ている闘気は、これまで出会った中でも上位に入るだろう。


「騎士の先輩としての優しさだ。そっちから来い」


 右手に持った剣を肩に担ぐように置き、左の手で来るようにリアナを挑発する。


「参ります」


 小細工無し。

 最短距離でガーゼルまでの間合いを詰める。


「ほぉ」


 リアナの速さに驚きの声を上げる。


 しかし、捉えていた。


 リアナの一閃を軽々と弾く。

 その衝撃だけでリアナの身体を数メートルも後退させる。


(手が……痺れる)


 リアナの顔が歪む。


 たった一撃刃を交えただけで、剣を握るその手は痺れ、指先に力が入らなくなった。


「そんな軽い攻撃なら夜が明けるまでやっても、オレは倒れねぇぞ」


 何の誇張もしていない。


 ガーゼルは本当に打たれ続けたとしても倒れない自信を持っていた。


 リアナの眉が一瞬上がる。


 ガーゼルへ向けた視線は針を指すように鋭くなり、リアナの闘気が溢れ出る。


「何だ、出せるじゃねぇか。様子見が通用する相手じゃねぇぞ、オレは。全力で来い!」


 地を蹴る音がなる。


 リアナはまだそこに居た。


 否、ガーゼルは既に背後を見ている。


 残像だった。


 刃と刃が衝突する。


 次は押し返されない。


 二度、三度、幾度に渡り剣の打ち合う音が夜空に響く。


 スルガを襲った時より凄まじい応酬を魅せる。


 リアナは何処かで自身の力を制御していた。

 本気を出して、それでもスルガの相手にもならなかった時の事を考えて。


『私はまだ本気を出していない』


『本当の実力を隠している』


『まだそれを見せる時ではない』


 そう言い聞かせる事により、自分の弱さと向き合う事から逃げていた。


「気持ちの良い闘気だっ! だが、踏み込みが甘いっ!」


 暫く続いた打ち合いをガーゼルが崩す。

 柄の部分でリアナの横腹を突いて、勢いよく吹き飛ばされる。


 打たれた部分を抑えながら、咳き込む。


 手加減が下手とは言っていたが、それでも十分に加減をしているのだろう。


「へばってる暇はねぇぞっ!!」


 ここにきて初めてガーゼルからの攻め。


 巨躯とは思えない速さ。


 無造作に振り下ろされる一撃。


 痛みに耐えながら必死で避ける。


(戦い方はまるで違うのに──なのに何故)


 リアナはガーゼルと剣を交えて感じる。

 戦い方、体格、力、速さ、技術、どれを取っても違う。

 なのに──ガーゼルから放たれる圧は父と剣を交えた時のそれによく似ている。


 強者だけが纏う何か。


 自身にはまだないものだ。


『完全に守りに入った人間を崩すのは難しい。それは当然防御に神経をやっているからだ』


 スルガの言葉を思い出す。

 速さや力が足りないから、守りを崩せない訳ではない。


 そう、何度もスルガに挑み返り討ちにあったからこそ分かる。

 速くなくとも、力が強くなくとも、乱される。


 自分のペースを。


 体勢を。


 判断力を。


 自分の戦い方を振り返ると、それは虚実を混じらせようが、緩急をつけようが、自分の攻撃をどう当てるかしか考えていなかった。


(相手の防御を崩させる──)


 初めてだった。


 リアナは剣を持ったまま、ゆっくりとガーゼルへ歩みよる。


「ハッ。古い手だな」


 リアナは間合いに入った瞬間に、ガーゼルの背後へと回り込む。

 ガーゼルもそれを読んでいた。


 リアナは迷う事なく、一閃を繰り出す。


 ガーゼルも迎撃の剣を振り被った。


(いや、待て、こりゃ──)


 ガーゼルは違和感を覚えたが既に剣の勢いは止まらない。


 再び刃が交じり合う。


 しかし、先程までの打ち合いとは異なっていた。


 違ったのは、リアナの剣がガーゼルの剣を滑らせるように受け流す。


 ガーゼルの剣はそのまま地面を叩く。


 リアナはその千載一遇の瞬間を逃さず、縦に振り下ろした。


「くっ……」


 リアナは噛みしめるように悔しがる。

 決まったと思った。

 だが、ガーゼルは鍛え抜かれた逞しい左腕で剣を止めていた。


 間髪入れずにガーゼルは正面へ蹴り抜いた。


 リアナは後ろへ転げながら下がる。

 が、すぐさまに起き上がりガーゼルの右手へと回り込む。


 ガーゼルが横薙ぎを払う。


「なにっ!?」


 リアナは後一歩を踏み込まなかった。

 今までの自分なら、踏み込み斬り掛かっていた。

 ガーゼルも当然そう考えて斬り払ってくると確信していた。


「せぇあああぁぁぁっ!」


 リアナがガーゼルの頭上目掛けて振り下ろした。


 ガーゼルは辛うじて首を傾けて肩で剣を受ける。


 肩に鈍い痛みが走る。

 だが、それでもガーゼルの口角を吊り上げていた。


「上出来だぜっ!」


 ガーゼルは怯む事なく、左で拳を突き上げる。

 さっきの一撃に全身全霊を使い果たしたリアナは、まともにそれをくらい上空を舞う。


 そのまま地面へと倒れ込み、動く事は出来なかった。


「──参りました」


 素直に負けを認める。

 不思議と悔しさはなかった。

 むしろ清々しささえあった。


 最後の一撃は最初から誘いではなかった。


 本気で斬るつもりだった。


 だが、ガーゼルの動きを見て咄嗟に軌道を変えた。


 それは初めて、自分の攻撃ではなく相手を見て戦えた一撃だった。


 「なんだ、嬢ちゃん。ちゃんと団長にも似てるじゃねぇか。これからが楽しみだぜ」


 先程までの激闘を感じさせないくらいに、豪快に笑う。

 地面に倒れて夜空を見上げながら、笑い声を耳にする。


 少し、ほんの少しだけ、父に近付けた気がした。

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