第12話 危険は突然に
翌朝、駐屯所前の開けた場所には、荷造りを終えた馬車と馬が用意されていた。
リアナ達も支度を整えており、その場にはマリーが見送りに来ていた。
「お勤めご苦労様です。大したお構いは出来ませんでしたが、帰りの道中は十分にお気を付けください」
事務的な挨拶だった。
表向きはまるで人に興味なく淡々と仕事をこなしているように見えるが、早朝の出発に合わせて不備がないように細やかな準備をしていた。
恙無く出発出来るのは、一重にマリーの気配りのお陰である。
「いえ、お気遣い感謝致します」
ロウアンが深々と頭を下げ、それに習うようにリアナも真似をする。
「昨日は隊長から手厳しい稽古をつけられたみたいですね」
リアナは頭を上げると昨日ガーゼルから受けた痛みを全身に感じ、苦笑いする。
「私からお願いした事なので」
「あの人は御自分の面倒は見れないくせに人の世話ばかり焼きたがりますから」
ため息混じりに心底迷惑そうに語る。
二人も納得するように顔を引き攣らせて笑う。
「だから、もし何か困った事があれば隊長の元へお越しください。必ず力になってくれますので」
気のせいかも知れないが、少しマリーの表情が緩んだように見えた。
マリーもまた同じ騎士団として、後輩達の行く末を心配し、また期待しているのだろう。
「それでガーゼル隊長はお仕事でしょうか? 最後に挨拶をしたかったのですが」
ロウアンのその言葉に眉間に皺を寄せる。
「寝てます」
「はい?」
聞き違えた。
そう思った。
だが、マリーはガーゼルが寝ているであろう方向を侮蔑するように睨みつけながら──。
「あの人は昨晩遅くまで飲んでおられたようですよ。元々朝は強くない方なので、起こしても全然起きませんよ」
頭が痛いように額を押さえて項垂れる。
どうやら自分の世話が出来ないのは間違いないらしい。
きっと起きたら起きたで二日酔いにでもなっているのだろう。
そしてマリーの気苦労に同情を感じた。
「は、はは……そうなんですね。では、お世話になりましたと宜しくお伝え下さい」
「承りました」
ロウアン達へ向き直り、軽くお辞儀する。
「それでは出発致します」
「はい、お気を付けて」
マリーに見送られながら馬車と共に二人も馬に乗り出発する。
馬が走り出した時に、リアナは何気なく振り返る。
駐屯所の屋上に昨日使った訓練用の剣が二本クロスする形で見えるように固定されていた。
(起きれないからって、わざわざ──)
マリーの言葉と重なってリアナはくすりと笑う。
「どうかした?」
「いえ、何でもありません」
「ただ、隊長は本当にだらしなくて、頼もしいお方ですね」
「ははっ、だな。僕もあの人みたいな歳のとり方をしたいものだよ」
何かあればきっとまたこの街を訪れるだろう。
その時もきっと、あのだらしなくて頼もしい隊長が豪快で賑やかな笑い声で迎えてくれるだろう。
そう思いながら、二人はナジー街を後にした。
──行きに通った同じ道、セス街道を通ってリアナを先頭に馬は走る。
三度目の休憩時に違和感を口にする。
「行きの時よりモンスターの数が少ないな」
「確かに余り見掛けませんが、何かあるんですか?」
リアナは馬にも水を与え、休ませながらロウアンの方へと顔を向く。
御者も降りてきて、少し心配そうに周りを警戒している。
「こういう時って凶暴なモンスターや魔物とかが近くに居て、モンスター達が警戒して隠れてたりするんですよ」
ロウアンの表情は険しくなり、辺りを観察しながら口元に手を当て、何かを考えている。
「それ程危険なモンスターがこの辺に居たりするんですか?」
リアナには土地勘や知識がない。
基本的には多くの人が通るような街道は、凶暴なモンスターや魔物が出現しない場所になっている。
なので、警戒すべきは山賊等の人間である。
ただ人間の場合は、獲物を襲う為に潜んで行動している為にモンスター達が警戒して現れない事等は起こらない。
「すぐに出発しよう」
ロウアンは何かに気付いたように先を急ぐ。
「は、はい!」
御者も慌てて馬車へと戻る。
「ここからは僕が前へ出る。もし後ろから何か感じたら、すぐに教えてくれ」
「ロウアンさん、一体どういう」
ロウアンの緊迫した雰囲気にリアナも心配になり、指示に従い馬へと乗りながらも状況を把握しようとする。
「ひょっとしたら竜が近くにいるかも知れない」
竜──分類で言えばモンスターではあるが、その強さ、危険度から別格として扱われる存在。
並のモンスターとは一線を画す恐ろしい怪物。
「竜……そんなに危険なんでしょうか?」
リアナは正直、どんなに強力なモンスターでも戦える自信はあった。
「竜は格別だよ。下級竜ですら、騎士を殺す。上級竜なら、団長クラスだって無傷じゃ済まない程さ」
「………」
その言葉にリアナは息を呑んだ。
父の姿が頭を過る。
スルガ騎士団長ですら、手に余るような凶暴な存在なのだろうか。
ロウアンは先頭へ移り走り出した。
色々と情報を聞いておきたかったが、隊列を乱す訳にもいかず、馬車の後ろで警戒しながら手綱を強く握る。
馬が突然耳を立てて、嘶きながら止まる。
ロウアンの顔色が変わった。
そして──
「グギァァァァァァッ」
「今すぐに馬から降りろっ!」
そう、悪い予感というものは総じて当たるものだ。




