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第8話 ガーゼルという男

「失礼します」


「おぉ、入れ」


 扉の奥からは野太く勢いのある声がした。

 マリーがゆっくりと扉を開き、正面の奥に大柄の体格の良い男性が力強い笑顔で迎えていた。


「長旅ご苦労だったな。ロウアンと───」


「リアナさんです」


 詰まらせた瞬間にマリーが名前を補足する。


「そうか、リアナか、ありがとう」


 近くにいると言うのに、明らかに声量がおかしい。

 その声に気圧される二人。


「ガーゼル隊長はお変わりないようで何よりです」


「そうか? オレも歳だからな。こう見えて色々気を遣ってるんだぞ」


「それで隣に居るのが新しく入団してきたリアナ・カーティスです」


「おう。そうか!」


 豪快に頷く。

 日常からずっとこの勢いのまま生きているのだとすれば、疲れないものだろうか。


 傍で見ていたマリーは首を横に振りながら、小さくため息をする。


「リアナさんはスルガ騎士団長の御息女さんです」


 ガーゼルは目や口をわざとらしく大きく広げて驚く。


「なに?! それならそうと早く言わんか」


「言ってました」



 呆れたように即答する。


 「……そうだったか?」


 とぼけたように首を傾げる。


 ガーゼルやマリーにも事前に入団してきた者達の情報は届いている。


 勿論、その中にはスルガ騎士団長の娘であるリアナ・カーティスが入団した事もちょっとした話題で挙がってきていた。


「しかし、団長に全然似とらんな。母親似か? 良かったな」


 無粋である。


 マリーは心底呆れ果てる。


 周囲にお構い無しに自分の言いたい事だけを口にする。

 ガーゼルは実力はあるが、こういった性格から出世が遅く遠退いている。


「あのスルガ団長のお話を伺いたいのですが……」


 恐る恐るとガーゼルの会話の間に入り込む。


「あ? 団長の事か? いいぞ、何でも聞いてくれ」


「隊長」


 マリーは、目を閉じて何かを止めるように首を振る。


「そうだな。今日は宿を取ってある。まずはそこで一息つくと良い。夕食の後に時間を作るからその時にでも団長の話でもするか」


 娘が聞きたい父の話、それをロウアンやマリーが居る場で話すのは配慮に欠ける。

 そういった気配りはマリーの役目となっている。


「承知致しました」


「御心遣いありがとうございます。それでは一旦失礼します」


 軽くお辞儀をして扉へと向かう。


「そうそう、ロウアンよ」


 背中を向けて立ち去ろうとした所をガーゼルは引き留める。


「強くなったな。相当な努力を積んでる。面ぁ見りゃあ分かる。だが、お前はもうちょい野心を持った方が良い」


「ありがとう、ございます」


 深々と頭を下げる。

 瞳は潤み、今にも溢れてしまいそうな所を必死に堪えている。


 ロウアンは真面目で実直故に目立った評価はされずにいた。

 自分の積み重ねてきている事が合っているのか不安になる事もある。


 普段の姿を見ている訳でもないガーゼルの言葉にどれ程の信憑性があるのかは分からない。


 それでも自分を、ロウアン・アグラスを認めてくれる、肯定してくれる者がいる。


 その言葉でロウアンの霧がかった不安は晴れていった。


「──何故最後に?」


 リアナとロウアンが去った部屋でマリーが静かに尋ねる。


「思った事を口にしただけだ。あいつは不器用な所があるからな。努力していても埋もれやすいヤツってのは、ちゃんと引き上げといてやらんとな」


「では、最初からですね」


「ん? なんの事だ」


「いえ、何も」


 リアナの名前も、スルガの娘という事も、リアナに対しての興味も、全て分からない振りをしていた。


 ロウアンが埋もれないように。


 ロウアン自身が特別な存在にはなり得ないと、投げ出さないように。


 ガーゼルにとっては、英雄の娘も、実直に努力し続ける若者も変わらない。


 共に国の為に剣を振るい、背中を預け合う仲間。


 ただそれだけで、肩を並べる同志なのだから。

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