第7話 見慣れぬ景色
休憩を挟みながら一日が経ち、リアナ達はシグナ地方に入っていた。
シグナ地方は乾いた大地が広がり、川や湖等が少なく、そういった環境に適応していったモンスターが多く生息している。
「水分はしっかりと取っておくようにね」
ロウアンは馬から降りて、馬車の中へと入る。
馬車から竹で出来た水筒を三本取り出し、馬車の運転手とリアナへ手渡した。
「ありがとうございます」
素直に受け取って水分補給をする。
気温はそれ程高くない。
だからこそ、土地に慣れていない者は知らず知らずの内に脱水症状になってしまう事がよくある。
「後どれくらいでしょうか」
「思ったより進みが良いから後二、三時間って所かな。何とか昼までには着きそうだ」
ロウアンの経験上、初任務の付き添いは順調にいっても新人は常に気を張っているので、精神面を気遣って進みは遅くなる。
その点リアナは襲い来るモンスターに対しても
物怖じしない胆力があった。
「こういうのは嫌いかも知れないけど、君はやっぱりスルガ騎士団長の娘だね。筋が良い」
特段嫌そうな素振りをする事もなく、少し考えて呟くように言った。
「追いつけるでしょうか」
ロウアンはその問いに眉が上がる。
否定されるものだと思った。
「どうだろうな」
視線を上へと向け、暫く考え込む。
「……僕じゃあ団長の強さは計り兼ねるよ」
頭を掻きながら視線を外す。
自らも未熟、発展途上でありスルガの実力を見極めるには至ってなかった。
「僕では役には立てないけど、これから会うガーゼル隊長なら参考になる話が聞けるんじゃないかな。後他にはシュエル団長も。あぁー、ディオン魔導師長は駄目だね。あの人はそういった話は適当な感じでしか話してくれないから」
スルガの実力を知る者は意外にも少ない。
同じ騎士団長達全員が口を揃えて、『スルガ騎士団長が本気を出せば、自分達では足元にも及ばない』という。
ガーゼル隊長──スルガ騎士団長の部下であり副団長の候補にまで挙がった男。
スルガより歴は長く、騎士団長達以外なら最も信頼を置いている人物。
スルガも副団長にしたかったようだが、本人の希望で現在の地位に納まり、ナジーの街の警護をしている。
「ありがとうございます。一度お話を聞いてみます」
ロウアンは笑顔で返す。
(普通にしていればとても良い子なんだよなぁ)
父親が絡むと途端に物騒になる。
水分補給も終わり、リアナ達はナジー街に向けて最後の道程へと馬を走らせる。
ナジー街──規模はシャルベリアに比べると劣るが、活気溢れる交易の盛んな街だ。
行き交う商人達の声。
シグナ地方特有の薄手の全身を覆うような衣装を着た人々。
道端には見掛けない変わった果実や初めて嗅ぐ香辛料の香りも漂っている。
「思っていたより、賑やかな街なんですね」
街へと着くと街行く人は皆表情が明るく、リアナ達を見ると手を振ったり、お辞儀をしたりと快く迎えてくれる。
その光景を見ながら、リアナも静か会釈をして応える。
「ん? あぁ、乾燥地帯で食糧が必要だからって貧困な街を想像していた?」
「いや、そんな……」
リアナ自身悪気があった訳でもなく、先入観からロウアンの言うようなイメージを持ってしまっており、申し訳なさそうに俯く。
それを見て声を出して笑う。
「いやいや、仕方ないさ。僕も初めの時はそんな感じのを想像してた。ある程度は、駐屯騎士の食糧も街から出るんだけど、食糧自体が豊富な街ではないから、たまに国から輸送していくんだ」
説明を聞いて納得するように頷いて、再び街の様子を見渡す。
リアナは、故郷から出た後は殆どが騎士学校での鍛錬の日々を送り、その後も騎士となっても変わらずに鍛錬や雑務をこなす毎日。
実際、故郷以外の街の風景をじっくりと観察するのは初めてに近い。
「ここは交易も盛んでね。他国との取り引きもあるから、案外裕福な街なんだよね」
シグナ地方でしか採れない素材や乾燥地帯だからこそ出来る物も多く、幾つかの国も自らが希望して交易を行っている。
「案外は余計ではありませんか?ロウアンさん」
気付くと目の前に眼鏡を掛けた女性が立っていた。
背筋の伸びた凛とした立ち姿からは、真面目な性格が窺える。
年齢はロウアンより少し上だろうか。
冷たい印象を受ける美人だった。
「マリーさん、失礼しました。わざわざお出迎えを?」
ロウアンは苦笑いをしながら、馬から降りて挨拶をする。
普段とかわらない対応をしているつもりだが、表情が少し堅くなっている。
「えぇ。本日物資が輸送されてくると聞いておりましたので──予定より四時間程早かったですね」
事務処理を済ませるように淡々と話す。
「新人が優秀だったもので」
挨拶をするように視線を送る。
リアナも前へと出て、姿勢を正す。
「この度スルガ騎士団長の元へ入団致しました。リアナ・カーティスです。宜しくお願い致します」
「貴女が……」
僅かに眉が上がり、リアナを一瞥する。
「私はガーゼル隊の副隊長マリー・エンデル──副隊長と言ってもガーゼル隊長のお世話係みたいな事しかやってませんが」
何故か吐き捨てるようにいった。
ロウアンは愛想笑いでごまかす。
どうやらその原因はガーゼル隊長にあるらしい。
「それではお疲れでしょうし、駐屯所へ案内します。早く済ませて今日はゆっくりと休んで下さい」
淡々とした話し方だったが、どこかその声音からは気遣いのある優しさのようなものも感じ取られた。




