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第4話 そこには当然のように居る

「うん、その、なんというか、任務の為に挨拶が遅くなってしまったが、我が帝国シャルベリアの誉れ高き騎士団への入団おめでとう」


 娘リアナの夜襲から一夜が明けた翌日。

 新たに入団した騎士達は既に各騎士団へと配属されていた。

 スルガが任務で離れている間は、別の騎士団長が兼任でみていた。


 そして──当然のようにスルガの団にリアナ・カーティスが配属されていた。


 スルガはそっと瞳を閉じる。


 大きく息を吸う。


 溜めた息をゆっくりと吐く。


 再び開ける。


 リアナが居る。


 もう一度閉じる。


 開ける。


 まだリアナは居た。


 視線が鋭く刺さっている。


 容赦なく睨んでくる。


 なんか怖い。


 娘なのに怖い。


 物凄く怖い。


 (ディオンのヤツめ……)


 ひょっとしたら別の団に配属されているかも知れないと少しばかり期待をしていた。

 しかし、あの男がそんな面白味のない事をするはずもない。


 配属先に関してディオンが一枚噛んでいると予感していた。

 悪い予感というものは総じて当たるものだ。


「ここに配属されてきた時には毎回恒例でやっているんだが──」


 少し言葉を詰まらせる。

 ちらっとリアナへ視線をやる。


 入団してきた騎士にこれほど睨まれる経験は、後にも先にもないだろう。


「この私と手合わせしたい人は居るかな?」


 手が三本挙がる。


 今回はリアナを含め三人がスルガ騎士団長の元へと配属された。


 つまり全員が手を挙げている。


 リアナは言わずもがな、他二人の騎士は憧れの眼差しでスルガを見ている。

 帝国の英雄と手合わせが出来る機会など滅多にない。


(昨日、手合わせしてましたよね)


 まるでこのチャンスを逃すまいと言わんばかりに前のめりに挙手をしているリアナを見て呆れる。


「えっと──じゃあ、」


「はいっ!」


 食い気味──というよりかは、食って掛かってきている。


 勢いが凄い。


 自分を避けようとしている事を察したらしい。


 先程よりも前に来ており、挙げた手は更に伸びていた。

 

 嫌な汗がスルガの額を流れる。


 顔を逸らして軽く咳払いをする。


「そ、そうだな。じゃあ、今回は趣向を変えて、ユマ君がリアナ君の相手をしてくれないか」


 突然の指名に驚いき目が大きく開く。


 「私がですか?」


 年齢は二十前後、金髪のショートヘアの女性騎士。

 少し気弱そうな雰囲気があり、急な指名とはいえ周囲が心配する程までにオドオドとしている。


「おとう──騎士団長が相手ではなかったのですか」


 頬を膨らませ不貞腐れた表情で異議申し立てをする。


 英雄の娘の入団。

 周囲に伝わってはいるだろうが、公私は分けようとはしている。


 そういった礼儀は学んでいるらしい。

 ならばその容赦のない殺意の抑え方も学んで欲しい。


「ユマ君に勝てたらお相手しよう」


 即座にユマへと向かい合った。


 我が娘ながら現金なものだ。


「ユマ君、相手の動きをよく見ていれば大丈夫」


 肩を軽く叩きながら、囁くように耳打ちする。


「は、はいっ! 精一杯やりますっ!」


 ユマの眼差しから不安が消えていき、力強い光が宿り出した。

 スルガの言葉に応えようと彼女なりの誠意が伝わってくる。


 ただその声は上擦っていた。


(本当に大丈夫だろうか)


 後悔先に立たず。


 この先の展開に一抹の不安を覚えた。


「さて、それでは手合わせを始める」


 両者向かい合って、二人共に正面やや左寄りに剣を構えており、ユマの方が剣先がやや低めに相手に向けられている。


 周囲も静寂してスルガの合図を待つ。


 高く挙げられた右手。


 二人の呼吸を確認するように窺う。


 瞬間、何かを斬るかのように一気に手を振り下ろす。

 「始めっ!」


 合図と同時に駆けたのはリアナ。

 

 一瞬にして間合いが潰され、横薙ぎの一閃。


 金属音が響き渡る。

 

 辛うじて受け止める事が出来た。


 しかし重い一撃は、ユマを後ろへと退かさせる。


 腕が痺れる。


(──強いっ)


 スピード、勢い、力、剣筋、どれを取っても騎士学校を卒業したばかりのものとは思えない。


 周囲の騎士達もその一撃だけで呆気に取られている。


 間髪を入れずに再び間合いを詰め、二撃目。


 逆袈裟へと振り切る。


 「うぅっ」


 ユマは息を詰まらせつつも前屈みになりながら、それを避けた。

 予想以上の実力に動揺し、ペースを乱してしまい明らかに劣勢になっている。


 弱気な性格ではあるが、才能は十二分にある。

 騎士へと入団する事自体が容易ではなく、数多の候補者の中からのほんの一握りしか選ばれない。


 ユマも当然その中の一人に選ばれた人材だ。


「集中集中──」


 自分に言い聞かせるように呟き、心を落ち着かせる。

 リアナは構わずに次の太刀、その次の太刀と勢いを止める事なく攻め立てる。


「これって──」


 七、八撃目の攻撃を受け止めた頃、ユマはスルガに視線を軽くやる。

 スルガもその視線を見逃さず、柔らかな表情で頷く。


 何かに気付き、ユマは剣を強く握り直して深呼吸。


 リアナの唐竹割りを半身で避ける。


 即座に切り返し、薙ぎ払う。


 ユマはそれを完全に読み、剣で往なすと初めて反撃を試みた。


 自分に近しい歳の人物に完全に攻撃を読まれたのは初めてだった。

 リアナの瞳は大きく開き、身を捩りながら避けて後退する。

 眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。


 いくら自分より経験を積んでいる先輩騎士とはいえ、父親にではない人に自身の剣が軽くあしらわれたのはショックが大きかった。


 今度はユマが先制する。


 その一太刀は、浅く首筋を狙っていた。


 リアナは軽く体勢を後ろへ逸らして避け、空いたユマの左側へと剣を振り下ろす。


 しかし、そこにユマは既に居なかった。


 ユマは遠心力の勢いを活かし、回転しながら前進し、リアナの背後へと移動して剣を突き付けていた。


「勝負あり!」


 スルガの決着の合図が響く。


 リアナには遠くぼんやりと聞こえた。


 既に背中に向けられた剣は納められていたが、動けない。


 悔しかった。


 ユマに負けた事実以上にリアナの思考を独占しているのは。


 ──スルガ・カーティス


 漸く再会を果たした父の背中はまだ余りにも程遠い。

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