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第3話 父と娘の距離

野次馬たちの歓声が飛び交う中、父と娘の攻防はなおも続いていた。


 リアナは何度も剣を振るう。


 上段からの斬り下ろし。


 鋭い突き。


 足を狙った薙ぎ払い。


 多種多様な攻撃を繰り出していく。


 しかし――。


 当たらない。


 一度たりとも、自身が磨いてきた技が通用しない。


 スルガは既に短剣をしまい使うこともなく、半歩ずつ身体をずらしながら全てを躱していく。


 その姿は余裕そのものだった。


 リアナは歯を食いしばる。


 剣を交えるたびに理解させられる。


 父と自分の間に横たわる絶望的な実力差を。


 騎士学校では誰にも負けなかった。


 同期の中でも頭一つ抜けていた。


 教官たちからも期待されていた。


 それでも――。


 目の前の男には届かない。


 届きそうで届かない。


 あと一歩。


 あと半歩。


 その距離が埋まらない。


「大人しく斬られてください」


 苛立ちを押し殺した声でリアナが言う。


「嫌です」


 スルガは即答した。


「全力で抵抗します」


「十分余裕そうに見えますが」


「気のせいです」


 まるで世間話でもするような口調だった。


 リアナの眉がぴくりと動く。


 父親は昔からそういう所があった。


 何を考えているのか分からない。


 飄々としていて掴みどころがない。


 だが今だけは分かる。


 自分はまったく相手にされていない。


 その事実が悔しかった。


 リアナは一度大きく距離を取った。


 深く息を吸う。


 肺いっぱいに空気を取り込む。


 ゆっくりと吐き出す。


 周囲の喧騒が遠のいていく。


 視界には父だけが映る。


 剣を握る手に力を込めた。


 これまで積み上げてきた全て。


 鍛錬も努力も執念も。


 その全てを込める。


(これで――!)


 地面を蹴った。


 空気が弾ける。


 リアナの身体が一直線に駆ける。


 小細工はない。


 虚も実もない。


 純粋な速度と威力だけを追求した渾身の一撃。


 恐らく今のリアナに放てる最速。


 最強の斬撃だった。


 その瞬間。


 スルガの表情が少しだけ変わった。


 初めて真面目な目になる。


(速いな)


 素直にそう思った。


 十年前、泣きながら自分の服の裾を掴んでいた少女はもういない。


 目の前にいるのは立派な騎士だ。


 そして――自分を超えようと足掻く娘だった。


 剣閃が迫る。


 紙一重。


 スルガは腰の短剣を抜いた。


 金属音が響く。


 受け止めるのではない。


 流す。


 剣の軌道をほんの僅かに逸らす。


 その動きはあまりにも自然だった。


 次の瞬間には勝負が終わっていた。


 リアナの剣は空を切る。


 そして気付けば。


 冷たい短剣の刃が首元へ添えられていた。


 リアナの身体が硬直する。


 完全な敗北だった。


 沈黙が落ちる。


 やがてスルガが苦笑した。


「勝負あり、で宜しいでしょうか?」


 リアナは唇を噛む。


 悔しい。


 悔しくて仕方がない。


 だが、この状況でなお剣を振るうほど子供でもなかった。


「……今日のところは」


 絞り出すように答える。


 その言葉を聞いた瞬間。


 スルガは未来を幻視した。


 明日も来る。


 きっと明後日も来る。


 来週も来月も。


 諦める気など微塵もないだろう。


 そう考えると頭が痛かった。


「かぁーっ! 惜しかったな嬢ちゃん!」


「次だ次!」


「次は仕留めろよ!」


「スルガ騎士団長! 大人気ねぇぞ!」


 観客たちは好き放題である。


 完全に娯楽になっていた。


「どっちの味方なんですかね、あの人たち……」


 スルガは遠い目をした。


 すると大げさな拍手が響く。


「素晴らしい!」


 ディオンだった。


「実に素晴らしい戦いでした! リアナ正騎士、私は貴女の将来に大いに期待していますよ!」


 その言葉に周囲も歓声を上げる。


 リアナを称賛する声が次々と飛んだ。


 そんな様子を見ながら、シュエルが呆れたように言う。


「ディオン殿。それくらいにしておいた方がいい」


「ん?」


「そうやって煽り続けると、貴方も命を狙われるぞ」


 ディオンは笑いながらスルガへ視線を向けた。


 そして凍りつく。


 スルガがこちらを見ていた。


 まるで仇敵でも発見したかのような目で。


「あ、ははは……」


 乾いた笑いが漏れる。


「少々悪ふざけが過ぎたかな?」


「自覚はあったんですね」


「それでは失礼!」


 ディオンは即座に酒場へ逃げ込んだ。


 まるで敵軍から撤退する兵士のような速さだった。


 スルガは深いため息を吐く。


 短剣を鞘へ納めた。


 ようやく騒動も終わりらしい。


「今日はこのくらいで帰ります。また明日」


 リアナも剣を納めながら言う。


 乱れた髪を整え、服の埃を払う。


 そうしている姿だけを見れば、どこにでもいる十八歳の少女だった。


 整った顔立ちに凛々しい雰囲気。


 黙っていれば可愛らしい娘だ。


 本当に黙っていれば。


「その『また明日』というのは」


 嫌な予感を覚えながらスルガが尋ねる。


「また明日も命を狙いに来るという意味ではありませんよね?」


 リアナは振り返った。


 そして不敵に微笑む。


「さあ、どうでしょう」


 答えになっていない。


「では、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 リアナは夜の街へ消えていく。


 その背中を見送りながら、スルガは再びため息を吐いた。


 頭が痛い。


 間違いなく明日も平穏ではないだろう。


 だが――。


 不思議と嫌な気分ではなかった。


 十年間会えなかった娘が自身と同じ国に仕える事となった。


 その再会が命を狙われる形だったとしても。


 それでも。


 ようやく父娘としての時間が動き始めた気がした。

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