第37話 償えないもの、許せないもの
「何故……殺さなかった?」
グエルの腹から滴り落ちる血で、既に足元に血溜まりが出来上がっていた。
後もう少し深く刃を通していたら、グエルは絶命していただろう。
そしてスルガにはその加減をする事が出来ていた。
カディとケディがグエルの元へと駆け寄り、カディが肩を支える。
「命を奪う事が仕事じゃないもんでね。罪はしっかりと償ってもらう」
グエルは笑った。
傷が深く掠れた笑い声が虚しく漂う。
「償うだぁ? 今更だぜ。今更過ぎて話にもならねぇ」
「遅い事はない」
スルガは静かに続ける。
「アンタの息子達もまだやり直せる。……もちろん、アンタ自身もだ」
スルガの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに表情を曇らせる。
グエルにとってその言葉は救いの言葉ではなかった。
「何がやり直せるだ。俺はな、後悔なんざしてねぇ。反省もしねぇ。生き方を間違ったも一度も思った事はねぇ」
決して強がりや負け惜しみの言葉ではなかった。
それがグエルという男の生きてきた軌跡であり、始末屋としての覚悟でもあった。
「アンタが始末屋として生きるのは勝手だ。だが、その生き方まで息子達に背負わせる必要はない」
「……青いねぇ」
グエルはゆっくりと視線を上へと向け、天を見つめる。
「手を差し伸べられたって、その手を掴めねぇ程に汚れちまってるんだよ」
スルガはグエルの言葉に何かを感じ取り、グエルの目を注意深く見つめた。
「俺の息子達もな」
グエルはゆっくりとカディの肩へ手を置く。
カディは父親が支えを求めたのだと思い、その手を受け入れる。
その時──グエルの瞳に強い決意の炎を宿した。
スルガはそれを察すると声を荒げた。
「やめろっ!」
グエルはカディのダガーを抜き取り、それを使いカディの心臓を貫く。
「お……やじ……なんで…………?」
「兄貴っ! 親父何をっ──」
すぐさまにケディの心臓も貫いた。
そこには一切の躊躇いもなく、ただ仕事を片付ける様に事務的な行動だった。
ケディが最期の力で精一杯グエルの腕を掴む。
そして、徐々に力は弱くなりゆっくりと崩れ落ちていった。
「悪ぃな。こんな事しかしてやれなくてよ」
剣からは血が伝い、雫となり地面へと落ちていく。
倒れた二人の姿を眺めているその姿は哀愁が漂っていた。
「なぜ……なぜ二人を殺したんですか?!」
リアナは怒りにも悲しみにも取れる声でグエルを問い詰める。
「……そりゃあよ」
ぽつりと呟く。
「このまま始末屋として生きるなら、何て事はないがよ。もし改心しちまったら、最初こそ罪を償う為に必死になるかも知れねぇ。けどよ、本当に償い続けてりゃあ、自分達が殺してきた数え切れねぇ死者の怨念に押し潰されちまう。コイツらにそんな苦しみを耐えて生き続けるなんざ、出来ねぇのよ」
始末屋として育て上げてしまった。
だからこそ父親として息子達へ最後にしてやれる救済。
「そんな……ことは……」
ないとは言い切れない。
事実、リアナ自身もこの村の惨劇を許した訳でもなく、今後それを許す事もないだろう。
「それでも俺は間違っちゃいねぇ。間違ってんのは、こんな生き方しか選ばせられねぇ世の中が間違ってんだよ」
「死ぬ事が美学とは思わない」
「救えねぇものまで救う必要なんてねぇよ。俺とアンタじゃあ、生きる価値が違う。人生なんて平等でもなければ、公平でもねぇ。そんな中で生きて、選んだ道を最後まで貫いて歩めりゃそれでいい。アンタだって同じだろ? 英雄さんよ」
「……」
スルガは答えない。
覚悟を決めた者の気持ちを理解しているからだ。
もうグエルの始末屋として、いや、人として歩んできたグエルの生き様は誰にも曲げる事は出来ない。
既にグエルの腹からは流れる血は、グエルが倒れるに値する量が流れ落ちていた。
グエルの額にも尋常ではない汗が滲み出ており、表情も歪んで目を開いているのも辛そうだった。
「さて、最期の幕引きだ。てめぇと戦って……初めて清々しい気持ちになったぜ。あばよ」
グエルは今度はダガーを自分の胸へと刺す。
スルガはもう驚かない。
物悲しげにただグエルの最期の生き様を目に焼き付けていた。
「シャルベリア帝国騎士団長……英雄スルガ・カーティスに一太刀浴びせた男……地獄への、良い自慢話が出来た……ぜ」
グエルの瞳から光は無くなり、そのまま前へと力なく倒れていく。
スルガはゆっくりと倒れている三人の所へと歩み寄り、三人を仰向けにして並べた。
グエルの死に顔にはまるで後悔はなく、満足気な表情であった。
スルガは静かに目を閉じた。
「グエル・アルバード──アンタの事は忘れないよ」
「お父様……」
リアナの言葉に振り返るとスルガは驚いた。
リアナの瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れ落ちていた。
「きっとこの人達のような境遇に育っていたら……私だって同じ道を歩んでいたかも知れません。……それでも私は……この人達の事を許す事が出来ません。どうしても許せないです」
その涙の理由にスルガは感嘆した。
村の惨劇。
グエルとカディ、ケディの今までの生い立ちと行い。
そして、始末屋として、父親としての選択。
それら全てを受け入れて、許そうと思い、それが出来ずに葛藤する姿にリアナの慈愛を感じた。
スルガはリアナの元へと向かい、優しくリアナを抱き締める。
「そういう所はお母さんに似てくれて良かったよ」
堪えていた声が漏れる。
留め切れていなかった涙腺は更に決壊し、スルガの胸で子供の様に泣きじゃくった。
「始末屋を許す役目は女神様に任せておくといい。リアナはその気持ちのままでいて良いんだよ」
空虚な廃村にリアナの泣き声だけが物悲しく、響き渡っていた。




