第32話 偉大なる王を継ぐ者
瓦礫の隙間から現れた小さな影。
それにリアナは見覚えがあった。
「あ、あなたは、確か……ネクレスだったかしら?」
「ほほう、我輩を見知る者がおったか。 苦しゅうない。楽にするがよい」
オークに吹き飛ばされたはずだが、意外にも元気そうだった。
子供とはいえ、さすがは魔族である。
「あなたはどうしてここに?」
「我輩はオークとの激闘に勝利を収めたのだが、最後に油断してしまってな。この近くまで吹き飛ばされてしまったのじゃ」
「……そうですか。それは大変でしたね」
明らかに話を盛っていたが、それでもリアナは否定する事なく、小さく微笑みながら耳を傾けていた。
「お主は何故このような廃村に住んでおるのじゃ?」
あまり細かい状況の判断はしないらしい。
「住んでいる訳ではありません。この村が焼かれた原因を調べる為にここに居ます」
「物好きじゃな」
リアナは返す言葉を失った。
価値観も違うらしい。
会話は終始、噛み合う気配がなかった。
「ところで我輩は空腹なのじゃ。何か食う物はないか?」
「えっと……この中に……これ食べれる?」
シーシャの街の市場で購入した日持ちのするパンをネクレスへと渡した。
「おぉ! 食べたい!」
(か、可愛い)
手を伸ばして食べ物を求める姿に心を射抜かれた。
パンを少しずつ齧る姿は、小動物のようでリアナは少女を抱きかかえたまま、その可愛らしい姿に見惚れていた。
「他に生存者は居なかったが、どうだ? 女の子の様子……何してるんだ?」
スルガが捜索から戻ってきた。
ネクレスがパンを齧り、それに見惚れているリアナを見て、呆然とする。
「あ、これは、その、違うんです!……えぇとネクレスが急に出てきて、お腹が空いたって言うので、その……パンを」
「あ、あぁ、そうか。お腹が空いているなら、仕方ない……よな?うん」
ネクレスは構わずに食べ続ける。
二人はそれをただ静かに眺めていた。
不思議な沈黙が流れる。
「……うん、可愛いな」
「はい、可愛いです」
スルガは食べている様子を見て、ネクレスへとそっと水筒を渡す。
ちらりと横目でネクレスが確認するとすぐさまに水筒を手に取り、パンで奪われた口の中の水分を補給する。
「ぷはぁ、かたじけない! 我輩は満足したぞ!」
二人も満足したように頷いた。
「ネクレス君、君はネクロマンサーの末裔だよね?」
「うむ、そうである! 我輩は偉大なるネクロスの意志を受け継ぐ者なり!」
先程までは小動物のように食事をしていたが、態度の大きさは健在でふんぞり返る。
「ネクロマンサーなら死者を蘇生出来るんじゃないか?」
スルガの言葉にネクレスは固まる。
バツの悪そうな表情をして目を逸らす。
「我輩は偉大ではあるが、まだ幼いので死者を操る術を使えんのじゃ」
「そうか……まぁ、魔法で蘇らせるのも自然の理から外れているし、仕方ないな」
スルガは少女を見ながら、静かに呟いた。
「だが、死者との対話をする術なら出来るぞ!」
ネクレスの発言に何かを考え込み、スルガはネクレスを見据えた。
「なら、この子の両親に、この村に何があったのか聞く事は出来るかい?」
「容易い事だ。食事の礼に聞いてやろうぞ」
スルガはリアナと目を合わせて頷いた。
「それは助かる。お願い出来るかな?」
「うむ、では静かに頼む」
ネクレスは静かに目を閉じて、身体から微量の魔力が漏れ出ている。
暫くの沈黙が続き、ネクレスは不意に目を開けた。
「お主達に聞きたい事がある……うむ、そんな事は別に良い………まずは我輩の話を聞け………………分かった、分かったから聞いてくれんか?」
独り言のようにネクレスは何もない空間に話掛ける。
リアナとスルガは半信半疑にその姿を眺めていた。
「よし、伝えてやるから、こっちの話だ。この村で何があったのじゃ? ……ほぉ、そうか。……ならば、何故逃げなかったのだ? 物好きじゃな」
リアナはきっと話が噛み合っていないのだろうと想像する。
「分かったぞ……ではな」
漏れ出していた魔力は静かに収まっていき、ネクレスはスルガの方へと向き直す。
「分かったぞ」
「何て言ってましたか?」
リアナも一歩前へと出て、ネクレスの次の言葉に耳を傾ける。
「二人組の男にこの村は焼き払われたようだ。シュエルというヤツに恨みがあるらしく。誘き出す為とか何とか言っておったらしい。逃げれば良かったのに、そこの子供を守ろうとして瓦礫の下敷きになり動けなくなったと言っておったぞ」
「…………」
やはり価値観が違っていた。
可愛く見えても、根は魔族であり、人の命を別に何とも思っていないのだろう。
「ネクレス君ありがとう。ところでネクレス君は例えば、先代のネクロスの意志を馬鹿にしてくる者が居たらどう思う?」
「む、それは看過できんな。許せん!」
「それと一緒さ。その子の両親にとってその子を見捨てて逃げる事は許せない事なのさ。大事にしているものを軽く言わないであげて欲しい」
「……そうか。何となく分かったぞ。お主達は良いヤツだから、その助言は聞いておこう」
スルガは優しく微笑む。
「ありがとう」
スルガはリアナの方へと向き、真剣な表情で伝える。
「誘き出す為なら、ここに居れば、その二人組は戻ってくる。リアナはその子を連れて村から離れていてくれ」
リアナは歯を食いしばり、葛藤する。
「……嫌です」
頭では少女の安全の為にも、ここを離れてスルガに全てを任せれば解決するだろう。
だけど、この少女の両親の無念の為にも首謀者を自分の力で懲らしめてやりたいと思ってしまっている。
「じゃあ、その子はどうする?」
静かに、諭すようにスルガは言う。
スルガもまたリアナの気持ちが痛い程理解出来ていた。
「それは……」
少しの沈黙。
ネクレスは二人を交互に見た後にリアナが抱える少女へと歩み寄る。
「ならば我輩が預かろう」
二人は目を見開いて、同時にネクレスを見る。
「世話になった恩は返すのが偉大なる我輩の器なのじゃ。それに大事にしているものは大事にしてやらねばならんだろう」
「確かにそうだね。ネクレス君なら本当に偉大なる王になれそうだな」
スルガが膝を着いてネクレスと目線を合わせて、優しく頭を撫でる。
「これから戦いが起きるから、巻き込まれないように少し遠くに離れていてくれるかい?」
「うむ、容易い」
「もし、その子が目を覚ましたら、この水と食事をあげて欲しい」
そう言って食糧の入った袋と水筒を手渡す。
その袋を見ながらネクレスは聞き返す。
「我輩も少し食べていいか?」
「はは、勿論だ。だけどその子の為にちゃんと残して置いてくれよ」
「うむ」
リアナは自分が断ったとはいえ、本当に大丈夫なのか不安になり、スルガを見る。
スルガはリアナと目が合うとそっと頷いた。
「……この子をお願い致します」
ネクレスと同じくらいの大きさで慎重に少女渡す。
魔族という事もあり、そこは危なげもなく少女を抱えた。
「任せておくのじゃ!」
ネクレスは少女をしっかりと抱えながら、瓦礫を避けてその場を離れていく。
しかし、すぐに足を止める。
リアナとスルガはそれを見て不思議そうに目を合わせる。
「そうじゃ、この子供の両親が、セリナの事を頼むと、辛い事も多くあるだろうけど、どうか元気に生きていて欲しいと伝えてくれと言っておったぞ」
「……分かった」
確かに村で何が起きたかを聞く事を頼んだので、両親の願いは、後回しのついででしかなかった。
リアナは胸の奥が熱くなるのを感じながら、小さく頷く。
ネクレスの価値観はやはりズレていた。




