第29話 親子らしく
スルガ達は夕陽が沈む頃、シーシャの街へと到着していた。
馬から降りて、宿を探しながら街の中を練り歩いていた。
「さて、どこの宿にするか」
「ここは何度か来た事があるんですか?」
スルガは他の団長とは違い、任務で各地を行き渡っている。
宿を探してはいるが、進む足取りに迷いがなかった為、リアナが質問を投げ掛ける。
「んー、ここへは一度だけかな。シーシャやククルの方向は、穏やかな土地が多いから、何かの任務で来る機会がそんなに無くてね」
そして、こんな機会で来る事を望んでいなかった。
スルガの口調は何処か悲しげに聞こえる。
「ここの宿にしよう」
英雄の騎士団長が泊まる宿にしては、あまりにも質素な雰囲気の宿。
ここまで来る途中でも、高級な宿も数軒はあったが一切目もくれなかった。
「何故ここなんですか?」
「不満か?」
「いえ、別に。もっと良い宿があったのではないかと……何かこの宿にあるのでしょうか?」
スルガは悪戯っぽく笑った。
「特に意味はないさ。ケチな訳でも、見栄を張るつもりもない。今日はここが良いって思っただけ」
スルガが戦っている時、そして何かを決断する時、一つ一つの言動に何か意味があるようにリアナには見えていた。
そしてスルガもそれを感じていた。
「俺だって一人の人間だ。意味のない行動だって沢山する。ただの気分なのか、好みなのか、面倒だっただけなのか。少なくとも俺には英雄を演じてなんて生きていけやしない」
そう言って肩を竦める姿は、帝国の英雄ではなく、どこにでもいる一人の男の姿だった。
「だとしたら、もう少し父親らしくは生きてください」
スルガからはリアナの表情は見えなかった。
リアナが敢えてスルガに背を向けた。
スルガは小さく息を吐き、頭を掻いた。
「……まったくだな」
リアナには聞こえないような声でぼそりと呟いた。
二人はそのまま黙って宿へと入っていった。
──翌日。
宿で朝食を済ませた二人は、朝から賑わう街の市場へと向かっていた。
「すぐに出発しないのですか?」
緊急の任務なだけに一刻を争うはず。
なのにスルガはリアナを連れて市場へと足を運んでいた。
「先はまだ長い。しっかりと準備を怠らないのも騎士の務めだよ」
その為の買い出しだと、辺りの店を物色していくスルガ。
一軒の店に興味がいったようで、一直線に向かう。
「いらっしゃい! 鮮度の良い果実を仕入れてるよ!」
威勢の良い声を掛ける果物屋の店主。
「なら最近仕入れた果物はどれかな?」
それを聞いた店主はスルガを覗き込むように見た。
「一番採れたてのが良いですかい?」
「あぁ、そうだな」
そこで店主は待ってました、と言わんばかりにおもむろに一つの葡萄を手に取り、スルガへと見せた。
「これなんかどうです? 昨日、入ったばかりで水々しくて色艶も最高ですよ」
「傷んでないか?」
「えぇ、まだ誰も手をつけちゃいませんよ」
スルガは出された葡萄を手に取り、静かに店主と目を合わせる。
「うん、これを二房貰おうか。いくらかな?」
「三千ゼルです」
「高いな……」
「いやぁ、これは良い葡萄ですからね。それに最近ここら辺も物騒になってきて仕入れも大変なんですよ」
「そうか……」
店主はそう言いながらも、手際良く葡萄を布の袋へと詰めて、スルガへと渡す。
スルガは三千ゼルを店主へと払う。
「また来るよ」
「はい、また良いのを仕入れてお待ちしております」
店を離れるとリアナが耐え兼ねて発言する。
「高すぎませんか?」
「まぁ、高いな」
「アップルパイが五個も買えますよ……」
頬を膨らませて不服そうにボヤく。
それを見てスルガは少しだけ嬉しそうに表情を緩める。
「なら、次はアップルパイを買いに行くとしよう」
パン屋を目指して歩きだした二人の足取りは、先程までよりも幾分軽くなっていた。




