第23話 守る者達
「ネフィ副団長……」
リアナは驚いていた。
ガリュバスの時のようにスルガが助けに来るような奇跡は起きないと思っていた。
「街の人からアンタがここに親子を助けに行ったって聞いてね。森ん中だから探すのに時間が掛かったけど、ご丁寧な目印を見付けてさ」
そう言って、ザンを見る。
ザンもその可能性は少なからずあると考えていたが、それでも返り討ちにすれば済む、程度の認識だった。
「で、今度はてめぇが俺の相手って事で良いんだな?」
ザンはリアナの時のような隙は見せる事はなかった。
投げられたナイフ、放たれる闘気、そして歩く姿だけでも、十分にザンの実力に匹敵する程の強さを感じ取っていたからだ。
「いいや」
ネフィはとぼけるように首を振る。
「アタシがアンタらの相手をしてやるよ」
「大きく出やがったな。いいぜ、全員の相手が出来るかやってみろよ」
地面を蹴り、大剣の間合いギリギリまで詰める。
動きは最小限、大きな獲物を扱いながらも洗練された一閃をネフィに放つ。
ネフィはそれを躱して、剣を振り抜く。
ザンもそれを見切り、大剣で受け止め鍔迫り合いへと持ち込む。
当然、体格、武器共にネフィに勝っているザンが競り勝ち、ネフィは数歩後退させられた。
「やるじゃんか」
「てめぇの相手は俺一人で十分なんだよ」
ネフィも本気ではないだろうが、今の攻防である程度の実力を見極めたザン。
そのザンの見立ての精度はかなり高く、正確だった。
ただ一点を除いては──。
「いいや、全員纏めて戦ってもらうよ」
ネフィは後ろへ勢いよく飛ぶ。
魔法で作られた腕輪から光と共に四本のナイフを取り出し、左手でグロウ、バズラ、ドズル、ヤバンの足元へと投げる。
「お前ら避けろ!」
ザンはすぐさまにグロウ達に注意を促す。
「あっぶね」
「どこ狙ってるんだな」
「アタッテネェゾ」
「いや、これはひょっとして」
バズラが何かに気付いた瞬間。
「チェイン・ヴォルテクス」
ネフィが詠唱すると掌から強力な電撃が、投げられたナイフ目掛けて走る。
「ぐぁぁぁぁ」
ナイフの近くに居た四人に激しい雷が襲う。
電撃に焼かれ、全身から煙を発し、今にも倒れそうになっていた。
「お前ら、大丈夫かっ?!」
ザンは舌打ちをしながらグロウ達の前へと出る。
ネフィへと間合いを詰め、グロウ達を庇うようにネフィの正面に立つ。
「生憎、アタシは剣より魔法が得意でね」
「あり得ねぇ……魔法のが得意で、そこまで剣を極められるかよ」
剣も魔法も極めようとした者は器用貧乏に終わる。
それがこの世界の常識だった。
ネフィはその常識を覆していた。
「やべぇな」
ザンは悟っていた。
剣同士の戦いなら、自分が前線に居ればどうにかなる。
しかし、魔法も扱えるとなるとグロウ達を庇い切る事が一気に難しくなる。
「ならとっとと終わらせるしかねぇかっ!」
大剣の速度が数段階上がる。
大剣とは思えない程の猛攻。
ネフィは、捌く事がやっとで反撃へと移る余裕さえ与えてもらえない。
ネフィは剣で捌きながらも左手を翳す。
「エルフレア」
左手から小さな光熱エネルギーの球を作り出して、ザンへと放つ。
これにはザンも仰け反るように躱し、猛攻が途切れる。
放たれた球体は木へと命中すると、轟音と共に爆炎が弾けた。
周囲の草木は焼け焦げ、当たっていればひとたまりもない事は想像出来る。
ザンは爆風で運ばれてくる熱を背中に感じながら、ネフィの魔法の威力を実感していた。
「リアナさん、大丈夫ですか?」
親子がリアナの元へと駆け寄り、狩りの時に持ち歩いている薬草の塗り薬と包帯で応急処置をする。
「はい、ありがとうございます」
『アタシに剣を止められているようじゃあ、一生やってても団長の命は取れないよ。もっと腕上げてから出直しな』
ネフィの言っていた言葉は、副団長としてではなく、剣が本職ではないネフィ。
そのネフィにすら及ばないなら、スルガは遥か遠いと理解する。
唇を噛み締め、二人の戦いを目に焼き付ける。
重症のはずなのに、悔しさで痛みすら忘れてしまっている。
「ありがとうございます。もしリアナさんが居なければ、僕達は……」
リアナは視線はそのままに、スランの言葉に少し考え込む。
「いえ、きっと私が来なくても──」
次の瞬間、数多の電撃の鞭が周囲をうねるように走る。
グロウ達も傷付いた身体で必死に避け、より中心部に近いザンはネフィから遠ざかる事を余儀なくされる。
計算はされているだろうが、リアナ達の目の前まで電撃は走り、リアナと親子の顔色は少し青ざめていた。
「も、もう少し離れましょうか」
父親が提案する。
スランとリアナが小さく頷く。
ザンは辺りを見渡す。
グロウ達は上手く躱し切っていたが、先程のダメージもあり、膝を着いていたり、木にもたれ掛かっていた。
そして草木が焼き払われ、景色が変わり果てている。
「もう少し自然は大切にした方が良いんじゃねぇのか?」
「はんっ、盗賊に環境保護を説かれるとはね。それじゃあ、被害が増える前に終わらせようか」
そう言うとネフィは左手を翳す。
しかしその方向はザンではなく、木にもたれ掛かっているグロウ。
いや、より正確に言えば──。
「クソッ! グロウそこから離れろっ!!」
狙いは最初に放っていたナイフだった。
「チェイン・ヴォルテクス」
ザンは大剣を捨て、グロウの前へと駆け寄る。
動けないグロウの前へと立ちはだかり、ネフィの電撃を受け止める。
「か……はぁ…………」
今度の電撃は一本に集中していた為、グロウ達が受けた時より数段強力だった。
「頭ぁぁぁっ!」
グロウ達が叫ぶ。
ネフィは全てを終わらせようと剣を構えて、立ち尽くす事でやっとのザンへと駆ける。
今度はグロウがザンを庇うように前へと出る。
「や、めろ……」
ザンは動けず、声で止める事で精一杯だった。
ネフィの剣は容赦なく振り下ろされる。
しかし、甲高い金属音と共にネフィの刃は止まっていた。
「リアナ、どういうつもり?」
ネフィの剣を止めたのはリアナだった。
「もうこれ以上は必要ないです」
リアナの言葉に訝しげに眉をひそめる。
ネフィにはリアナの言う意味は理解出来なかった。
「コイツらは、盗賊で多くの人の命を奪ってきた奴等だよ。どう必要ないんだ」
「この人達、人を殺した事はないと思います。実際に私は生きてます」
突拍子もない答えにネフィは間の抜けた顔になる。
「そうじゃないですか、ヤバンさん」
リアナは一番正直そうなヤバンを選んだ。
「オ、オデ? ……オデタチハヒトカラモノトルダケデコロシタコトナイ」
ヤバンは予想通りに素直に答えた。
「この人達は、私達を殺すような発言をしていました。ですが、命を奪うタイミングが幾らでもあったのに、私達はネフィ副団長が来るまで殺されませんでした」
そう、リアナとザンの実力の差は明確で何度も殺される隙はあった。
だが、生きている。
「だからって、コイツらは盗賊で人から物を略奪するんだ。ほっとけば被害はまた出る」
「やり方はどうであれ、この四人を守りたかっただけだと思います。仲間を大切に出来る人達なんで、何か他にこの人達が生きていける術を考えて──」
「かっ、お情けなんていらねぇよ」
ザンがボロボロの身体でリアナの言葉を突き放す。
その会話を聞いてネフィは昔の、スルガと出会った時の事を思い出す──。
ネフィは貧民街ではみ出し者として扱われていた者達が集まり、そのリーダーとして人々から食糧等を奪って食いつないでいた。
その強さは街の警備隊では手に負えず、被害が大きくなり、とうとう騎士に依頼が入った。
さすがに強いとは言っても、騎士には歯も立たずにネフィは膝を着いていた。
『この荒くれ者達はどう処分する?』
『ん? そうだな……君は騎士に入らないか?』
スルガの言葉に勢いよく顔を上げて、ネフィは怒鳴るように言い返す。
『はぁ? アンタ何言ってんだ?』
『そうですよ! スルガさん、こんな粗暴な奴を騎士に入れるなんて──』
『そうか? 確かにやり方は問題だけど、とても仲間想いの良い子じゃないか。ちゃんとした環境さえ整えてあげたら、きっと芯のある騎士になってくれるよ』
ネフィの才能もそうだが、それ以上にネフィの仲間を想える信念に希望を見出していた。
『しかし……』
『どうだい? もし君が騎士になってくれるなら、他の皆もちゃんと暮らしていけるように私が何とかするからさ』
『何で……そこまで』
『身体を張って、仲間を守れる君だから良いんだよ』
ネフィにとって初めて自分と言う人間の価値を認められた事に自然と涙が溢れた。
──ネフィはリアナの瞳にスルガを重ねた。
ネフィは静かに目を閉じる。
小さく息をついて、剣をゆっくりと下ろした。
「盗賊から足を洗うなら、見逃してやる。そうでなければ、ここで全員殺す」
「仮にそれを約束したとして、守る保証はねぇぞ」
ザンが力なく言う。
「それを口にするって事は、大丈夫だね。本当にそいつらが大事なら、約束を破ったりしない。……アタシはそうだった」
「…………すまねぇ」
ネフィと目が合い、何かを感じ取ったザンは短く答えた。
「頭ぁ」
グロウ達がザンの元へ駆け寄り、全員でザンを支える。
巨漢達に埋もれてザンの姿は見えなくなった。
「リアナ」
不意にネフィがリアナを呼ぶ。
「はい?」
「今度稽古つけてやるよ。信念だけじゃ、守れないからね」
「はい! ありがとうございます」
リアナは深く頭を下げる。
「おい、お前」
グロウ達を掻き分けながら、ザンがリアナの前へ出る。
「お前は俺と同じで目が良い。実戦も良いが、もっと色んなものを見て学んでみろ」
「…………?」
まさかの助言にリアナは言葉を失ってしまう。
「貸しだけ作るのは性に合わねぇんだよ」
ザンは少し照れるように目を逸らした。
「ありがとうございます。参考にさせて頂きます」
ようやく理解したリアナはザンにもお辞儀した。
「ちっ。おっさんも手ぇ、悪かったな」
スランの父親にも傷を負わせた事を律儀に謝る。
本当に根は悪くないのであろう。
「い、いえ、あなた達もどうかお元気で」
数刻前の状況と打って変わり、拍子抜けしたようにスランと目を合わせる。
「おい、お前ら、いつまでも俺にくっついてねぇで、行くぞ。これから盗賊以外でどう暮らすのか考えなきゃいけねぇんだ。さっさとしろ」
「へいっ!」
言葉は粗暴ではあるが、その言葉には仲間への想いがしっかりと込められていた。
「じゃあな。縁があったらまた会おうや」
背中を向けたままザンと四人の巨漢達が手を振る。
それを見つめながら、ネフィが──。
「さぁ、帰るよ。アンタの傷も浅くないんだ」
「はい」
「騎士様、ありがとうございました」
目まぐるしかった死闘は終わり、それぞれが守るものを胸に帰路へと歩みだした。
森には再び静けさが戻り、彼らの日常がゆっくりと動き始めた。
「早くアップルパイが食べたいな……」
リアナが静かに呟いた。




