第18話 リアナの日常
「ひぃいぃぃっ!」
スルガの頼りない悲鳴が訓練場に響く。
悲鳴の元凶は間違いなくリアナだ。
他の騎士達も見慣れた光景に生温かい視線で見守っている。
そして、その太刀筋、足運びから窺えるリアナの成長ぶりに焦りを覚え、闘志を燃やしていた。
ただ一人、その空気に興味のない人物が居た。
「いつまでやってるんですか?」
リアナの剣を止め、二人の間に割って入る人物、ネフィ副団長だ。
気だるそうに言いながら、赤いクセ毛をかき上げる。
「いやぁ、悪いね。ん、ありがとうと言うべきか。とにかく助かったよ」
申し訳なさそうに言う。
団長として、英雄としての威厳はそこにはない。
「やり合うのは良いですが、ちょっと長すぎます。他の騎士達も居るんですから」
「私がやられるのは良いんだね」
スルガが悲しそうに呟く。
「団長なら平気でしょ」
スルガは落ち込んだ。
しかし、かれこれ二十分くらいはリアナとの追いかけっこをしている。
ネフィが痺れを切らすのは当然である。
リアナは唇を噛み、眉を寄せていた。
自身の剣があっさりとネフィに片手で止められてしまった。
「そう睨むんじゃないよ」
リアナの視線を感じて、横目で睨み返す。
「副団長……強いですね」
「ハッ、仮にも副団長務めてるんだから、弱い訳にはいかないだろ?」
口角を吊り上げて、勝ち誇るように笑う。
リアナの眉間の皺がより一層深くなった。
「アタシに剣を止められているようじゃあ、一生やってても団長の命は取れないよ。もっと腕上げてから出直しな」
「ま、まぁまぁ、ネフィ副団長。まだリアナは──」
スルガが間に入って取り持とうとした瞬間にリアナが押し退けた。
「それなら副団長を越えます」
「良い度胸だ。ま、口だけなら何とでも言えるさ」
お互いの視線の間に火花が散って見える。
スルガはあたふたと慌てふためいていた。
「さて、皆もボサッとしてないで訓練の続きだよ」
「はい!」
戸惑いながらもネフィの号令に騎士達は訓練を再開していった。
──訓練は終わり、夕方になっていた。
リアナはネフィに言われた事が忘れられず、気晴らしに街へと散歩しにやってきていた。
「あら、リアナちゃん。今日もお父さんと喧嘩してたのかい?」
「どうだった? スルガ団長には勝てたか?」
「駄目でした」
不機嫌そうに言うリアナを見て、周囲の人々は笑う。
スルガとやり合った後は、よく機嫌を悪くして街を歩き、その度に街の人達から温かく声を掛けて貰っている。
「お、リアナちゃん。今日もいつものアップルパイかい?」
そして甘い物を食べてストレス発散がリアナのルーティンなのである。
行きつけのパン屋【リンネル】の名物のアップルパイだ。
「はい。三つお願いします」
「おぉ、今日はなかなかにご立腹じゃないか。それじゃあ、六百ゼルの所をオマケして五百ゼルだ」
「ありがとうございます」
礼儀正しくお辞儀する。
口数は多くないが、こうした礼儀正しさが街の人達から気に入られているのだろう。
リアナは店員から買ったアップルパイを口へと運ぶ。
焼き立てのアップルパイはサクッと、気持ちの良い音を出した。
不機嫌そうだった顔が一気に緩む。
「いいねぇ。いつもそんなに美味しそうに食べてくれるんだから、こっちも商売のし甲斐があるってもんだよ」
口の中の物をよく味わって喉へと通し、
「ここのアップルパイは本当に美味しいです」
ちゃんと食べ終わってから答えた。
そしてすぐにアップルパイへと熱烈な視線を向けて、再び頬張る。
まるで初めて食べるかのように嬉しそうに唸る。
周りの人達もそれを見て、自然と微笑んでいた。
そんな平和な空間が突然破られる。
青年が息を切らしながら、街を走り回り、リアナ──騎士の姿を見付けると悲壮な顔で駆け寄ってきた。
「お願いします! 騎士様。ウチの父を……父を助けてください」
息も絶え絶えのその言葉に、リアナは食べかけのアップルパイをそっと店先の台に置いた。
「承りました。何があったのか、まずは落ち着いて、詳しく説明してください」
リアナが青年の肩に手を掛けて、落ち着かせるように優しく心強い視線を送る。
「ほら、お兄ちゃん水飲みな」
リンネルの店員が水を青年に渡す。
男は水を一気に飲み干し、乱れた息を整える。
「父とフシナの森へ狩りに行っていたのですが、盗賊に襲われ何とか身を隠せたものの、いつ見付かるかも分からずに、僕が助けを呼びに街に戻ってきて──」
「分かりました。では、時間が惜しいです。すぐに行きましょう」
状況が切迫しているのを察し、説明を止めてすぐに向かう準備をする。
「すみません。今、剣を持っていないのですが──」
「おう! ウチの剣を使いな!」
武器屋の店主がリアナの体格に合った剣を投げ渡す。
「ありがとうございます。……後、アップルパイは後で食べますので残して置いてください」
「お、おう」
軽くお辞儀して、青年を連れて走り出した。
二人の走る背中を見ながら心配になった街の住民。
「リアナちゃん大丈夫かしら……ちょっと騎士団の人に声掛けてくるわ」
「あぁ、その方が良いな。俺も行くよ」
平和でゆっくりと流れていた街の時間は、その一報を境に一気に慌ただしく変化していった。




