第16話 帰り道
ガリュバスとの激闘を終え、先に行かせた馬車とも合流して、一夜が明けた。
昨日の一件がなければ昼には帝国へと戻れるはずだったが、既にその昼は過ぎていた。
「もう直に帝国が見えてきそうですね」
見慣れた土地へと戻ってきた。
既にシグナ地方からは出ており、帝国のあるカーヴィン地方に入っていた。
「あぁ、後数時間。最後まで気を抜かないようにね」
「はい」
今は、馬車の前方をリアナが。
後方をロウアンとスルガが警護している。
スルガが加わるだけで何が起ころうとどうにかなる。
ロウアンも気を抜くつもりはなくとも、心の何処かで安心してしまっている。
「そう言えば、スルガ団長の方の任務は如何でしたか?」
何の任務かも聞かされておらず、団長自らが出向くような内容。
必然とスルガの任務が気になって興味本意で質問を投げ掛ける。
「大した任務ではなかったよ。やった事と言えばモンスターの討伐だ」
それとなく濁される。
ロウアンも勿論それは分かっていた。
大した任務でなければ騎士団長に任せたりはしないだろう。
「それは団長だからですよ」
「まぁね」
二人は笑う。
昨日を生き残れたからこそ、この日常があるのだとロウアンは噛み締めている。
馬車の車輪が揺れる度に、昨日の戦いが脳裏に過る。
(僕はもっと強くならなければ……あの程度の困難で阻まれていたらシャルベリアの騎士として務まらない)
思い詰めたその瞳は前の馬車を目的もなく見つめていた。
「焦らなくていい」
「え?」
「今はやっている事を続けていけば、強くなる」
スルガがロウアンの心の内を察して笑顔を投げ掛ける。
「後はきっかけさ。何かを掴んだ瞬間、飛躍的に強くなる。それだけのポテンシャルをロウアン君は既に持っているのだから」
「何かを掴む……」
「その何かは人によって違うものだから、私では分からない」
ロウアンの握られた手綱の力が強くなる。
期待に応えるように頷き、強張っていた表情を緩ませる。
──突然馬車が止まる。
正確にはその前を走っていたリアナが止まっていた。
「どうかしたのか?」
特に危険な気配も無さそうだったので、スルガは馬車の横をすり抜けてリアナの元へ向かう。
「あれは何ですか?」
リアナの瞳が今までに見たこともない程に輝いており、頬は緩みまくっていた。
スルガはそんな表情をするリアナに戸惑いながらも指の先に目を向ける。
そこには小さくコロコロとした緑色の可愛いらしい生物がいた。
「これは珍しいな。ファンシーゴブリンだ」
「初めて見ました。可愛らしいですね」
ゴブリンの中でも無害でペットとして飼われていたり、人形として商品化される程に人気がある。
普段は森の奥に生息しており、人目のある所に現れるのは非常に珍しい。
「か、飼いたいですっ!」
「駄目です」
リアナのこんな表情を見てしまうと断るのが心苦しく、血の涙を流しながら団長として答えた。
リアナはスルガを恨めしそうに睨みつけ、その手は無意識に剣を抜こうとしていた。
「待て待て待て! 落ち着きなさい。今は任務中だからね! ね!」
我に返ったように口惜しそうに剣を納める。
「カプゥ」
ファンシーゴブリンが鳴く。
「きゃぁぁぁぁぁーっ!!!」
リアナが可愛さの余り悲鳴を上げる。
「リアナ君。そんな声を出したら逃げて──」
「カププゥ」
スルガが心配した矢先に、ファンシーゴブリンは声に驚いて跳ね上がり、トコトコと走って茂みへと姿を消した。
「あ」
スルガとロウアンが思わず声を出す。
暫くの静寂。
「リアナ君……?」
「逃げました」
「は、はい。逃げてしまいま──」
リアナは納めた剣を抜いてスルガに斬り掛かる。
情けない声を上げながらその剣を受け止めた。
「私のせいじゃないですよね!」
「何となくです」
「何となくで襲い掛かってくるのやめません?!」
「やめません」
ガリュバスを撃退する事が出来ようとも、娘の癇癪には一向に太刀打ち出来なかった。
「分かった! 機会があれば飼う事を検討するんで剣を納めてください!」
暫く硬直状態が続いたが、諦めるように剣を再び納めた。
「……約束ですよ」
その視線はいつも以上に鋭かった。
「は、はい」
恐怖の余り返事をするのでやっとだった。
「絶対にですよ」
「も、勿論です」
「約束を違えた時は──」
剣を抜く素振りを見せる。
「必ず守りますので、勘弁してください!」
ガリュバスを相手にしていた時ですら出さなかった情けない声を上げる。
「ま、まぁ、ファンシーゴブリンなんて珍しいものを見れただけでも良かったじゃないですか。気を取り直して帰りましょう!」
ロウアンが気を遣って出発を促す。
本当に最後まで気を抜く事はできなかった。
どうやら帝国までの帰り道、一番恐ろしい存在はすぐ傍に居たようだ。




